ロトゼタシアの一部の地域で、冬の祝祭がある。
それは『クリスマス』
シルビアはこの祝祭が大好きだった。
キラキラの飾り付け、華やかな料理にケーキ、わくわくするプレゼント。
「ねえ、アリスちゃん。この船でクリスマスパーティーをしたいと思うの」
ちょうどロウとマルティナが仲間になった歓迎会も兼ねて。
それに、なにかと追われる身として辛い思いをしているイレブンや、仲間たちを楽しませてあげたい。
「さすが姉さん!ナイスアイデアでげすね!」
「でしょ〜!それでね、こっそり準備してみんなにサプライズしたいと思うんだけど、アリスちゃんにも手伝ってほしいの」
「姉さんの仲間を思う頼みに断る理由なんてないでげすよ!最高のクリスマスパーティーにしやしょう!」
「ありがとう、アリスちゃん!そうと決まれば、うかうかしていられないわ!クリスマスに間に合うように、さっそく準備を始めましょう!」
……こうして。シルビアとアリスによる、クリスマスパーティーの準備が始まった。
「当日は思いっきりキラキラにしちゃうわよ!」
まずはクリスマスの飾り付けだ。シルビアの持ち物のサーカスの装飾や、町で立ち寄って買った雑貨などを作って、華やかな飾り付けを作る。
飾り付けで一番重要なものといえば、クリスマスのシンボルともいえるクリスマスツリーだ。
「じゃあアリスさん、行ってきます!」
「アリスちゃん、お留守番よろしくね♪」
「合点承知でがす!」
これは皆が船を降りて冒険をしている間に、こっそりアリスが木を切って船に運び込む計画だ。
ちょうどここ、ユグノア地方には、ツリーに適した木が生えている。
「木こ〜り〜は木を切る〜♪」
そう歌いながら斧でツリーに手頃な木を切るアリス。気分はすっかり木こりだ。
「さて、これをシルビア号に……ふんっっ」
アリスは気合いを入れて、その木を肩に背負って船へと持ち帰る。皆の目に触れないよう、隠し場所は倉庫だ。
「あらアリスちゃん、立派ないい木じゃな〜い!これなら素敵なクリスマスツリーになるわね!」
「へへっ!姉さんが用意してくれたオーナメントを飾り付けしやしょう!」
「シルビアさん。最近忙しそうだけど、なにかあった……」
「「!」」
閉め忘れたドアの隙間から、ナマエがひょっこり顔を覗かせて声をかけた。
―ツリーに夢中でうっかりドアを閉め忘れていたわ!
―早々にバレてしまったでげす、姉さん!
「これって……もしかしてクリスマスツリー?」
倉庫に行くシルビアが気になって追いかけて来たナマエは、ばっちり目撃してしまった。
ちょうど最近、クリスマスの童話の絵本をシルビアに借りて読んだので、その知識は記憶喪失のナマエにとって新しい。
「本当はナマエちゃんにもサプライズしたかったけど……知られてしまったからには手伝ってもらうわよ!」
「サプライズ?」
シルビアにクリスマスパーティーのことを聞いて、ナマエは「ぜひ、手伝わせて!」と、目を輝かせて答えた。
「お祭りは準備も楽しいって聞いたことがあるよ」
「人数も増えれば、さらに準備も進みやす!」
「じゃあ、さっそくツリーをステキに飾るわよ!」
三人でツリーの飾り付けに取りかかる。
(白い天使のオーナメント……)
ナマエは天使の飾り付けが妙に気になりながらも、ツリーの葉に引っかけた。
最後に、シルビアがツリーのてっぺんに大きなお星さまを付けて完成だ。
「素敵なクリスマスツリーになったねっ」
「絵に描いたようなツリーでがす!」
「あとは部屋に飾る装飾ね!」
今後はシルビアの部屋にて作業を行う。
途中の作りかけの飾りを見て、かなり本格的なパーティーになりそうだと、ナマエも手伝った。
「当日はプレゼントも用意するつもりなの♪楽しみにしててね!」
「ふふ、すごく楽しみ。あ、シルビアさんの分は……」
「ちゃんとあるから大丈夫よ♪そこはアタシとアリスちゃんで交換こしようって、ね?」
「へい!精一杯姉さんへのプレゼントを選ばせていただきやした!」
「アリスさんがこの間、町に買い物に行ってきたのはそれだったのね」
そんな和やかな会話をしながら、着々と準備を進める。彼女は食卓を飾りつけ担当だ。テーブルに飾る小さなツリーを作っていた。
必然的にシルビアの部屋を訪れることが多くなり、それを不思議に思う男がいた――
(……あいつ。最近妙にシルビアと仲良いよなぁ)
カミュだ。皆が気がつかないちょっとした変化に気づいたのは、元々鋭いからか、ナマエのことだからか。両方かもしれない。
「なんじゃカミュ。難しい顔をしおって」
「あ、いや……最近あいつがよくシルビアの部屋へ訪れる気がしてな」
「ふむ。彼女はよくシルビアに本を借りていると言っておったから、それでじゃないかのう」
ロウはそう言ったが、カミュはまだ納得いかないという顔をしている。(そんなに本って頻繁に借りるもんなのか?)
「……カミュよ」
「なんだよ、じいさん。……ニヤニヤして」
「嫉妬深い男はモテぬぞ?」
ふぉふぉっと笑うロウに「はぁ!?そんなんじゃねえよ」と、強く否定するカミュ。
「またまた〜お主もまだまだ青いのぉ」
「オレが青いのは髪だけだ!」
「シルビアはハンサムじゃからのう〜」
ニヤニヤと面白がって言うロウに、カミュは冷ややかな目で見ながら。
「……この間、町でこっそりムフフ本買ってたことをイレブンとマルティナに教えるからな」
「なっ、何故それを……!」
――形勢逆転。ロウの戯言はともかく。
(今日もシルビアの所にいってたな……)
これは、ロウが言っていた嫉妬ではない。ただ疑問に思っただけだ。相手はあの乙女のシルビアだし。だが、ロウが言うとおり、シルビアがモテるのは確かだ。理解不能だけど。(いや、あいつに限ってまさかな……)
…………。
気になって仕方ないカミュは、直接彼女に聞くことにした。
――ドンッ!
「!?」
「最近、シルビアとこそこそしてんよな?」
聞くというか問い詰める。その瞬間、ナマエの口から「ひえっ」と小さく悲鳴がもれた。
――これって……あれだ……!
最近、セーニャにおすすめされた恋愛小説で出てきた『壁ドン』というやつだ。
小説の中の壁ドンは、キュンってなったけど……
「なにしてんだ?」
まるで尋問である。(目がこわいよ、カミュ!)
カミュの鋭い視線と問いに、ナマエは視線を泳がす。別の意味で心臓がドキドキしている。
「え、えぇと……」
素直なナマエがごまかすことはできず、やがてクリスマスパーティーの計画のことをカミュに話した。
「――ごめんなさい。カミュにバレてしまいました」
「まさか、シルビアたちとこっそりクリスマスパーティーの準備をしていたとはな……」
「鋭いカミュちゃんだもの。びっくりさせられなくて残念だけど、しかたないわ。こうなったらカミュちゃんにも準備を手伝ってもらうわよ!」
「無理やり聞いちまって悪かったと思ってんし……俺も手伝うぜ」
こうして、カミュも加わった。逆にパーティーの豪勢な料理を用意するのに、強力な助っ人だと皆は喜ぶ。
「なにより、カミュちゃんにぴったりな役があるの!」
「役?なんかすげぇ嫌な予感がするんだが……」
シルビアはごそごそと袋からなにかを取り出して言う。
「サンタクロースの役よ!!」
「いや、サンタかよ!」
すかさずカミュはつっこんだ。その手には、真っ赤な服と帽子とご丁寧に白いつけ髭まである。
「おかしいだろ!?どう見たってアリスのおっさんの方が適任だろ!」
「最初はアリスちゃんに仮装をしてもらおうと思ってたけど、元盗賊のカミュちゃんなら、忍び足で夜中にこっそりみんなにプレゼントを届けられるでしょ?」
なんだその理由は。呆れるカミュとは反対に、ああー!とナマエとアリスは納得する。
「この間絵本で読んだけど、サンタクロースは寝ている間に煙突から入って、プレゼントを届けてくれるって……」
「そうでがす!カミュの旦那なら適任ですな!」
「だとしても、サンタの格好をする理由はねえだろう」
「カミュちゃん。サンタじゃなかったら不法侵入になっちゃうわよ」
……。そうなるのか……?
「ねえ、カミュ。とりあえず、サンタの衣装を着てみたら?」
三人からとりあえず着てみて!と言われて、カミュはしぶしぶと着てみることにした。
「さすがカミュちゃん!よく似合っているわ〜!」
「さすがカミュの旦那でげす!」
「帽子と髭を着けてもイケメンが隠しきれてなくてさすが!」
「……お前らぜってー適当に言ってんだろ」
それでもなんだかんだ結局は引き受けるのが、カミュである。
サンタクロースの役も決まって、料理の材料も揃った。
「これで、あとは当日を迎えるだけね!」
みんなの笑顔を想像して、胸を躍らせるシルビア。
そして当日に、その想像通りの笑顔を目にする。
「え、これって……」
「みんな!メリークリスマース!!」
直前にシルビア主催のパーティーをすると彼女から知らされて、談話室へとやってきたイレブンたち。
トナカイの角と耳を着けたシルビアが、ショーの開催のように皆を出迎えた。
「まあっ、クリスマスですね!」
「パーティーってクリスマスパーティーだったのね!」
「なんというサプライズパーティーじゃのう」
「ええ……いつの間にこんな準備を……クリスマスツリーもあるわ」
ナマエも手伝ったの?とマルティナから聞かれ、ことの成り行きをナマエは話した。
「カミュにバレちゃって……でも、おかげでおいしい料理が用意できたよ」
「今日は腕によりをかけてみたぜ」
「すごいや!」
華やかな飾り付けもそうだが、おいしそうで豪勢な料理もテーブルにたくさん並んでいる。
クリスマスパーティーに負けないキラキラした目をしてイレブンは口を開く。
「僕、話には知っていたけど、クリスマスパーティーは初めてなんだ!」
「ウフッ、じゃあ今夜はとことん楽しんでね、イレブンちゃん!」
「うん!」
「皆さん!シャンパンを開けるでがすよ!」
ポーンと軽快な音を立て、コルクが宙を飛んだ。
しゅわしゅわの琥珀色の液体が、全員分のグラスに注がれると、シルビアはグラスをかかげる。
「じゃあ、ロウちゃんとマルティナちゃんの歓迎も祝して……」
「あら」
「ほっほ、嬉しいのぅ」
カンパーイ――!!
グラスとグラスが重なる音。全員の声が揃って、シルビア号の船内に響いた。
「なにから食べましょう?お姉さま」
「セーニャ、あのオードブルを取ってちょうだい!」
「イレブンのためにシチューもあるよ」
「シチューまであるなんて、最高のクリスマスパーティーだよ!」
料理だけでなく、ケーキまで!
「このクッキーはアリスさんが焼いたの」
「え、かわいい」
クリスマスをモチーフにしたデコレーションクッキーだ。さすがシルビアを姉さんと慕うだけあって、乙女。
「で、ナマエはなにを手伝ったの?」
「私は食卓の飾りつけ担当で、この小さなツリーとか作ったんだ」
「とっても可愛いですわ」
「あら、なかなかいいじゃない!」
「うん、すごいよ!」
セーニャ、ベロニカ、イレブン。三人に褒められて、彼女は嬉しそうに笑う。
「さあ、みんな!どんどん食べて!」
大きな鶏の丸焼きを切り分け、皆に配るシルビア。
「とってもおいしいわ。シルビアもカミュも料理が得意なのね」
「得意ってほどでもねえけど、押しつけられてる」
「またまたカミュちゃんってば、そんな謙遜しちゃって♡」
マルティナとカミュとシルビアが話す横で、お酒を楽しむのはこの二人だ。
「ささ、アリス殿……」
「やや、かたじけないでがす」
ロウはアリスのグラスにぶどう酒を注ぐ。
食べて飲んでおしゃべりして、クリスマスパーティーは夜更けまで行われた。
「めんどうなことは全部オレなんだよなぁ……」
皆が寝静まったあと、サンタクロースの衣装に身を包んだカミュは、プレゼントが入った袋を肩に背負って船内を歩いていた。
文句を言いつつ、言われた通りにサンタの格好をしてサンタの役をするのがカミュである。
盗賊時代に役に立った忍び足で、皆の部屋へと訪れる。さすがに女性陣の部屋にがっつり入るのは気が引けたので、入ってすぐの場所にプレゼントを置いた。
シルビアにはわざと音を立てて、プレゼントを枕元に置いたが、彼はスヤスヤと寝ていた。(……熟睡かよ)
アリスの部屋、ロウの部屋、最後にイレブンの部屋だ。同じように音を立てずに部屋へと入って……
「やっぱり!サンタさんって本当にいたんだ!」
「!?」
まさかの、それもあの寝坊助のイレブンが起きているとは思わず、カミュは口から心臓が飛び出しそうなほど驚いた。
「シルビアが『今夜、サンタちゃんが来るかも知れないわね』って言ってたから、僕ずっと起きて待ってたんです!」
会えて光栄だというように、握手を求められた。
――こいつ、オレのことを本物のサンタクロースだと思ってる……!?
いくら薄暗くて帽子に白い髭をつけているとはいえ。
そんなキラキラした目で見んな……!良心が痛むと、カミュは胸を押さえた。
「あ、あの、遅くまでお勤めご苦労さまです」
「お……」
おう――と、返事をしようとして慌てて口を閉じる。こうなったらサンタクロースになりきるしかない。
純朴青年の夢を壊さないために。
カミュはんっ…んと喉の調子を整えたあと。
「……ありがとう」
老人の声を真似て返事をした。いや、さすがにこれは厳しかったか……!?
「でも、サンタさんって本当に赤い服を着ているんですね!」
いや、ちょっとは疑えよ!!
カミュはずっこけそうになった。おとぼけイレブンに心配になりつつ、プレゼントを渡すと「うわぁ、ありがとうございます!」子供のように彼は無邪気に喜ぶ。(……こいつ、ずっと皆の期待に応えようとしてたもんな)
サンタクロースの前ぐらい、子供になってもいいじゃないか。きっと、誰しもがサンタクロースの前では子供だ。
(オレはいつからサンタクロースを信じなくなったかな……)
いや、自分は最初から信じていなかった。
「良い夢を……」
最後にそう告げて、カミュはイレブンの部屋を立ち去る。幼い自分は信じられなかったが、イレブンが喜んでくれたなら何よりだと、カミュはそう素直に思えた。
――翌朝。
「まさか、プレゼントまでもらえるなんてね」
「皆さまと色違いのお揃いのマフラー!ふふふ、とても素敵ですわ」
「これもシルビアたちが……?」
「サンタちゃんよ!サンタクロース!」
マルティナの言葉に、茶目っ気たっぷりにシルビアは答えた。
「うむ。シルビアの言う通り、サンタクロースじゃな。のう、姫」
「ええ、そうですわね」
シルビアの思いを汲んで、笑い合う二人。
「僕、昨日サンタさんに会ったんだ!」
そこに興奮気味の声が響いた。
「イレブンさま、ずっと起きていらしたのですか?」
「どーせ、寝ぼけてたんでしょ!」
「本当だよ!握手もしたし、いいおじいさんだったよ!」
必死に訴えるイレブンに、笑いを堪えるのは事情を知っている三人。
「カミュちゃん。サンタちゃんになりきったのね」
「カミュ、優しいよね」
「姉さんの言った通りに、やはりカミュの旦那がサンタクロースで正解でしたげすね」
「オレはもうやらないからな」
三人の会話にやれやれと答えるも……
「でも、サンタさん。想像していたより背が低かったな!」
「おい」
そのイレブンの言葉には、聞き捨てられないカミュであった。