うちの島には勇者がいる

 東京から飛行機で1時間、フェリーで2時間の離島が私の故郷だ。
 都心の救急病棟で働く医師に連休というものはないに等しく、数年ぶりの帰省である。
 波に揺られ、青々とした島が見えてくると、懐かしさと共に不安が込み上げてきた。

 この島に戻ってきた理由――。

 島唯一の診療所を一人で切り盛りしていた祖父が倒れた。
 その祖父の代わりを、私に務まるのだろうか。
 私より優秀な兄が引き継けばよかったのに……

『俺は医療の最先端を行く医師だ。ド田舎の診療所だなんて行かん』

 ああ、今思い出しても腹が立ってきた。


 フェリーは港に到着したが、降りる客は私含めて数人の物好きな観光客しかいない。
 海や山。自然は豊かだが、言い代えれば自然しかない島だ。

「やあ、ナマエちゃん!よう帰ってきたなぁ!先生も安心して休めるってもんよ」
「おじさん、ご無沙汰してます」

 すれ違う懐かしい顔見知りの人たちと挨拶を交わし、まっすぐ実家へ向かう。舗装されていない道にカートの車輪が引っ掛かりながも、しばらく歩くと我が家が見えてきた。

 海を見据える、ちょっとオンボロの日本家屋だ。

「ただいまー」

 引戸を横に引けば、ガラガラと音を立てて扉は開く。都会では考えられないが、ここの住民たちは基本玄関に鍵はかけない。

 ……ん?

 家に入ってすぐ、玄関にある見知らぬブーツが目に飛び込んだ。誰の?お客さん?季節は初夏なのにブーツ?様々な疑問が頭に浮かびながら、私もその隣に靴を揃えて、家に上がる。

「お母さーん、いるー?帰ってきたよー」

 声をかけながら居間を覗くと……縁側越しに、庭で洗濯物を干していた少年と目が合った。
 都会でも滅多に見かけない金髪蒼眼の美少年だ。

 ……洗濯物……?

「お世話に、なってます」
「あ、はい。……こちらこそ」

 少年はペコリと軽く頭を下げて静かな声で私に挨拶して、私も同じように頭を下げて答えた。

 …………。

 その場に沈黙が訪れる。なにより私の目は彼に釘付けだ。
 その空色の意思の強そうな瞳。海から届く風に吹かれ、サラサラと靡く肩上に切り揃えられた髪。背丈もその寡黙な姿もなにもかも――

 ドラクエ11の主人公にそっくり過ぎる。

 イメージそのまま過ぎて、ゲームの世界から飛び出してきたとしか思えない。この少年なら実写の勇者役をやっても誰も文句は言わないだろう。

(……え、彼は何者?なんで家の洗濯物を干してるの?)

「あの、君は……」
「おお、ナマエ。帰ってきてたか」

 ちょうどその時、しゃがれた声が割って入った。

「おじいちゃん?倒れたって聞いたけど、大丈夫なの?」

 現れたおじいちゃんは顔色はいいし、思ったより元気そうな足取りだ。

「ああ、心配かけたな。だいぶ回復して歩くぐらいは平気だよ」
「まあ、元気ならよかったけど……。ところでおじいちゃん、こちらの男の子は……?」
「フフ、驚くなよ。この少年はただの少年ではないぞ……」

 おじいちゃんは洗濯物を干し終えた少年を目にしながら、何故かドヤ顔をして。

「なんとこの少年は、魔王を倒した勇者だ!」

 …………

「おじいちゃん、ボケたの?それとも帰ってきたサプライズのドッキリ?」
「ボケてもサプライズのドッキリでもないわ!話は最後まで聞きなさい」

 ……なんでも。おじいちゃんと少年の出会いは、道端でギックリ腰をやって動けなくなった所を彼が助けてくれたという。

「まず、彼の名はイレブンくんだ」

 その名にドキリとした。私がゲームをプレイした時につけた、ドラクエ11の主人公の名前と一緒だったから。

「魔王を倒したあと、旅に出たイレブンくんは旅立ちのほこらというものからこの世界にやってきたそうだ。帰る方法がわからんということで、わかるまで家に居てもらうことにしてな」

 彼はこくりと頷く。続いておじいちゃんは「世界を救った勇者様なら、大歓迎だろう?」なんて、笑っているけど……。

(え、なんでそんなナチュラルに受け入れてるの)

 なんか二人仲良いし。まさか異世界からやってきたなんて……いや、この場合はゲームからか?
 理解が追い付かないまま、考え込んでいると、彼と目が合う。

 こちらをまっすぐ見る純真さを秘めた瞳は、嘘をついているように見えない。
 その表情もゲームで何度も見た、主人公そのものだ。

 彼は紛れもなく勇者、イレブンだ。そう自然と腑に落ちた。

「……私も、信じるよ」

 そう答えると、イレブンは嬉しそうに微笑した。
 今までの人生で一度も使ったことのない言葉が脳裏に浮かぶ。


 その笑顔、尊い……!


 ***


「……気がついたら、この世界の砂浜に倒れていたんです」

 縁側に座って麦茶を飲みながら、イレブンはぽつり、ぽつりと、詳しくことの経緯を話してくれた。

 それはプレイヤーが知ることのなかった、エンディングのあとの世界だ。
 平和になったロトゼタシアの世界で、彼は一人、旅に出たという。

「えぇと、ご存じかも知れませんが、トレジャーハンターだったテオおじいちゃんに憧れて、僕は新たな旅に出たんです」
「ご存じかも知れませんがって……」
「僕はこちらの世界でいうゲームの中の存在なんですよね」

 その言葉に驚いていると「僕のことを知っているお巡りさんという方に教えてくれました」イレブンは笑いながら答えた。お巡りさん……?

「私もそういうことになると思うけど……その、イレブンはその話を信じられたの?」
「ヨッチ族の本の世界みたいなものと考えれば納得です」

 ……なるほど。しかし、こう冷静に受け入れている姿を見ると、性格は聡明のように感じる。
 主人公はゲームをしているプレイヤーというイメージだったので、普通に考え、話す彼の姿は不思議に感じた。いや、ゲームの世界から飛び出して目の前にいること自体が摩訶不思議なんだけど。

「旅立ちのほこらからこっちに来たって言ってたよね」
「はい。確かにあれは旅立ちのほこらでした」

 ゲームなら旅立ちのほこらは同じようにどこかの旅立ちのほこらに通じているけど、漫画とかによくあるような、時空の歪みに巻き込まれたとかだろうか。
 見知らぬ世界で途方に暮れていたところ、倒れていたおじいちゃんを見つけ、おじいちゃんを背負って駆け込んだ先が偶然にも交番だったという。

 さっき言っていた「お巡りさんに教えてもらった」は、この時かと納得した。
 ゲーム好きの"あいつ"なら、ドラクエ11をプレイして、イレブンのことを気づいてもおかしくない。

「この世界では剣は持ち歩いてはいけないみたいで、危うく逮捕されそうになりました」

 ドラクエ11の勇者だと気づいてもらえたが、勇者の剣は没収されたらしい。

「そのお巡りさんと旧友だから、返して貰うよう言っとくね」

 聞くと剣だけでなく、盾も没収されたらしい。(盾は没収しなくて良くない?)イレブンにとってその二つは大事なものだ。必ず返してもらおう。

「……どうやって……どうしてイレブンがこの世界に来てしまったかはわからないけど、こっちに来れたってことは、帰る方法もきっと見つかるよ」
「ありがとうございます。でも、僕、違う世界に来て、知らないものばかりでわくわくしているんです」

 そう言って空のように透き通った瞳を輝かせるイレブンは、根っからの冒険者だった。

 ……私も、新しいこの島の生活が楽しみになってきた。

「これから、しばらくの間よろしくお願いします。ナマエさん」
「こちらこそよろしくね、イレブン」


 ゲームの世界からやってきた、勇者と過ごす夏が始まる。



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