「あ、暑過ぎる……」
最高気温、37度。コンクリートジャングルでは、体感温度は40度ぐらいありそうに感じる。
真夏の日本は地獄だ――。
射すような陽射しに、コンクリートからの照り返し。
風が吹いてももわっとした熱風。
円安で増えた外国人観光客も、裸足で逃げていくと思う。
歩いていれば何人かすれ違うのに、今日は誰ともすれ違わない。むしろ、歩いている人が少ない。
(水分取らなきゃ……コンビニ寄ろう……)
少し歩いただけで火照った体も涼みたい。すぐにコンビニを見つけ、そちらを目指して歩くと、何故か景色が揺らいで見える。
暑すぎてついに蜃気楼が……。
「……?」
……違う。揺らいでいるのは、私の視界――?
「あ……れ……」
視界が回る、足元がふらつく。これやばいかも、と思った瞬間には、世界が暗転した。
***
「…………ん」
……なんだか、涼しい。さっきまでの暑さが嘘みたいに、清涼な空気を肌に感じる。
(私、どうしたんだっけ……)
目を開けると、白い天井が朧気に映った。
そして、自分が仰向けに寝ているのだと気づく。……ああ、そうか。きっと熱中症で倒れて、親切な誰かが救急車を呼んでくれて、病院に運ばれたんだ――。
「……お。やっと目が覚めたか。たく、おれに風を扇がせて、この借りは高くつくぜ?」
「……あ、はい」
反射的に返事はしたけど、違和感を覚える。
首を動かした先には、青い髪の女の子がいた。男の子のような口調で、服装は異国風の格好だ。
胡座をかいている彼女は、頬杖をついた手とは反対の手で、羽団扇でそよ風を扇いでいてくれた。
「えっと、ありがとう。あなたが助けてくれたんだね」
「おれっていうか、正確に言えば、おれの兄貴だな。てか、アンタ。あんな砂漠のど真ん中で倒れてなにがあったんだ?」
「……砂漠?」
その単語に眉を潜めた。もしかして、彼女は顔立ちからしても外国の少女だろうか。それならあの猛暑の都会を「砂漠」と形容してもおかしくない……かも知れない。(コンクリートジャングルって言うぐらいだし)
日本語はすごく流暢だけど。
「それに、暑そうな変な格好してるしさー。髪色も顔立ちもこの辺りじゃ見ないものだし、どっから来たんだよ?」
「どっからって……そもそもここどこ……ですか?」
ぐるりと周囲を見回して、ここが病院でも、普通の室内でもないことにようやく気づいた。どうやら、円形状のテントの中のようだ。
「ここはサマディー砂漠の端にある、盗賊団『青の狼』のアジトさ!」
「盗賊団……?」
はっきり聞こえたと思うけど、聞き間違い……だよね?
「名前ぐらいは知ってんだろ?え、知らない?マジ?」
少女は「うーん、おれたちの活躍もまだまだってことか……?」と、悩ましげな顔をしている。
「あの、私……」
「とりあえず、目ぇ覚めたんだから兄貴に会ってきなよ。立てる?」
「あ、うん。大丈夫みたい」
色々と聞きたいことはあったが、少女に促され、ゆっくり立ち上がった。……うん。ふらつきもないし、大丈夫そうだ。
「よし。あ、自己紹介まだだったな。おれはマヤ!アンタは……ナマエ?ふぅん。名前も変わってんな。あ、兄貴の名前はカミュだぜ」
「はあ……」
あれやこれやと話を進められ、最後にはテントから出されるように背中を押される。
「アンタをどうするかはボスである兄貴が決めるからさ。兄貴、気まぐれな所あるからせいぜい頑張れよー!」
「せいぜい頑張れって……」
!?
どことなく不穏に聞こえた言葉に気を止める暇もなく、目に飛び込んだ景色に固まった。
本当に……ここ、どこ。
明らかに私がいた日本じゃない。遠くに見えるのは砂の山のみで、今いる場所は緑が美しいオアシスのようだ。
キャラバンのようにテントが立っており、異国の人たちがたくさんいる。
いったい、私は……
(なにがどうしてどうなったのーー!?)
心の中で叫ぶ。その間も「アニキはあっちの遺跡にいるぜ」と、マヤちゃんに言われて、彼女が指を差している方を見た。
遺跡……確かにあれは遺跡だ。
わけがわからないまま、とりあえずそちらに行ってみる。
歩く最中、物珍しそうな視線を一身に受けて、体が縮こまりそうだった。
「お姉さん、元気になったのね!」
遺跡の前まで来たものの、中に入るのに躊躇していると、そう声をかけられた。
振り向くと、そこにら人の良さそうな笑顔を浮かべる男の人がいた。
よかったよかった、と笑うその人は、話しやすそうでちょっとホッとする。
「あの、私を助けてくれたカミュさん?という方に会いに来たんですが……」
「カミュのアニキならこっちね!ワタシ、案内するよ!」
見た目通り、親切な人だった。彼の後に続いて遺跡に入ると、中はひんやりと涼しい。
「アニキー!倒れていたお姉さんが目を覚まして連れてきたのね!」
遺跡の通路を進み、奥にあった扉を男の人はノックの後にドアの向こうへ声をかけた。
先に彼が入り、促されて中に入ると……
机に広げた地図を見ていた視線が、私を捉えた。
先程のマヤちゃんのお兄さんらしく、彼女と同じ青い瞳と同色の髪だ。
「……」
挨拶を忘れて言葉を失ったのは、あまりにも彼がかっこよかったから。
「よぉ、気分はどうだ?」
「はっ、はい、おかげさまで元気です!」
美形に耐性のない私は、緊張のあまり上擦った声で答えてしまった。恥ずかしい。それはそうと、イケメンは声もイケメンなのか。
「はは、そんな緊張すんなって。取って食ったりしねぇから」
「あ、あはは……」
笑った顔もかっこいい。対して私は笑ってごまかすしかできない。
アラビアンに出てきそうな服装も似合っているし、ちらりと見える腹筋もやばいし、完全に頭がのぼせている。
「アンタ、この辺りの人間じゃねえだろ。なんであんな砂漠のど真ん中に倒れてたんだ?オレが見つけてなきゃ、ウィングスネークの腹の中か、干上がってミイラになってたぜ?」
ミイラはともかく、ウィングスネークってなに!?
「あの、助けてくれて本当にありがとうございます。私にもよくわからないんですが……」
違う場所で倒れたはずが、気づいたら砂漠で倒れていたらしいと話す。
「違う場所で?」
「えぇと日本という国の……」
「ニホン?」
そして、彼からも話を聞いてわかったこと。
ここはロトゼタシアという世界で、今いる地域はサマディー地方の砂漠地帯だという。
ロトゼタシア?サマディー地方?聞いたことがなく、ますますここがどこなのかわからない……。
「ふぅん。どうやら話を聞いた限りだと、もしかしたら別の世界から来ちまったのかもな。そんなおとぎ話を聞いたことあるぜ」
そう彼は笑って言ったけど、私にとっては笑い事ではない。
本当に──いわゆる異世界トリップしたとして──どうやって元の世界に帰ればいいのか見当もつかないからだ。
「まあ、そんなに落ち込むなって。これもなにかの縁だ。元の世界に帰れるまで面倒見てやるよ」
「え、本当ですか?」
それは心強い。本当にここが異世界だって正直まだ信じられないけど、頼れるものも何もないのは事実だ。
「まずは自己紹介しようぜ。オレの名はカミュ。この青の狼盗賊団のボスをやってる。よろしくな」
マヤちゃんも同じことを言っていて、その時はスルーしてしまったけど、盗賊って悪い人たちなんじゃ……
「おっと、盗賊っつーても悪い盗賊じゃねえから安心しな」
私の心情を察ししたのか、顔に出ていたのか、カミュさんはにやっと笑ってつけ加えた。自分で悪い盗賊じゃないって言うのも怪しいような……。とりあえず、私も自分の名前を名乗る。
「ナマエ、か。名前もここらじゃ聞いたことねえ響きだな。目の色も珍しい漆黒で、キレイだと思うぜ」
「え?キレイな瞳で吸い込まれそうだなんて、そんな……えへへ」
「いや、そこまでは言ってねえ」
近づいてきたカミュさんが、じぃっと眺めてくるから照れてしまう。
……でも、どちらかというと観察するような視線だ。
「……いけるかもな……」
「へ?」
「いや?ナマエ、さっき面倒見てやるとは言ったが、タダでというわけにはいかねぇ。『働かざる者食うべからず』って言葉があるんだが……」
「あ、その言葉、私の世界にもあります……」
「なら、話は早いな」
浮かべる不敵な笑みは、色っぽくも感じる。……が。
「体で払ってもらうぜ?」
…………!
「ななっ、なななななに言ってるんですか!?」
思わずばっと両手で身を守り、慌ててカミュさんから離れた。
なにそのレディコミ辺りでありそうな展開は!?
「おいおい、そんな逃げなくてもいいだろ?なにか勘違いしてるみてぇだが……仕事だよ、仕事」
「……仕事?」
「まあオレは、アンタが考えてる体で支払ってもらうってのでも構わねえけど……」
「助けた弱味に漬け込むなんて盗賊以上に最低ですよ!?」
「……ジョーダンだよ」
"突然のことでまだ戸惑っているだろうから、この話はまた明日しようぜ"
──と、この話はここでお開きになった。
仕事と言っても、異世界からきた(と思われる)右も左もわからないのだ。雑用か何かだろうと考える。
自由に行動していいと言われたけど……
『ただし、遠くには行くなよ?砂漠の方には魔物が出るからな』
魔物という単語に、ここが私のいた世界とは違う世界だと改めて思わされた。
散策と言っても、本当に今いる場所から目の届く範囲で見て回る。
服装が異国なのを除けば、テントを張り、生活している光景は私のいた世界のものとそう変わらないようだ。
「お前、新しい武器にしたのか?」
「へへ!奮発してはがねのつるぎよ!」
武器とかあるんだ……。戦争がある世界なのかな……。いや、魔物と戦うものなのかも知れない。
次においしそうな匂いがして、誘われるようにそのテントをそっと覗き込む。
昔ながらの釜戸が置いてあり、その上に置いたフライパンが焼いているのは……
(サボテン……!?)
サボテンって食べられるんだ……。テーブルにはトマトっぽいものや、きゅうりっぽい野菜も置かれていて、食文化もそれほど変わりなさそうで安堵する。
「……ん?アンタ、砂漠で倒れていた嬢ちゃんか。腹が空いてんのかい?」
「あ、いや……」
「特製サボテンステーキだ。ほれ、味見してみな」
「あ、ありがとうございます」
お腹はそこまで空いてなかったけど、おいしそうな匂いに、ちょっと食べてみたかった。
「……あ、おいしい!」
「だろ?」
サボテンってこんな味なんだ。男性は私の言葉に嬉しそうに笑って、見た目はイカついけど、いい人そうだ。
悪い盗賊団じゃないっていうカミュさんの言葉が、ちょっと信憑性を帯びてきた。
(この世界にトリップして……私を拾ってくれたのが彼らで、不幸中の幸いだったのかも……)
「おーナマエ、いたいた」
再び外に出て歩いていると、マヤちゃんに呼び止められる。
「どうだった?」
カミュさんとのことを話すと、マヤちゃんは……
「あー、さてはアニキ……。確かにナマエの見た目なら適任そうだけど……。まあ、頑張れ」
という何やら意味深な言葉と共に、哀れみの目を向けて言った。
「え、なんですか。私、なにさせられるんですか」
「まあまあ、今日はゆっくりしなよ。これからのアンタの寝床に案内するから、ついてきな」
──……不安だ。
おいしい食事も頂き、水浴びもさせてもらい、衣服も寝床も用意してもらった。
普通に考えて、突然現れた異世界人にしてはこの上ない破格な扱いだろう。
だが逆に、これからさせられることへの布石にしか思えなくなってきた。
『こんだけ良くしてやったんだから、恩を返してもらうぜ』
……あぁ、なんか言いそうかも。嫌だなぁ、お家に帰りたい……。
(いや、待って。そもそも……)
私、元の世界に帰れるの──!?
翌朝。目が覚めると、昨日のことは夢ではなかったことを素直に実感した。
テントの天井、乾いた空気、異国の匂い。
(本当に異世界に来ちゃったんだ……)
頭がまだぼんやりしている中、昨日のカミュさんとの会話を思い出す。
(結局、なにさせられるんだろう……)
そこを考えると朝から憂鬱になるので、今は考えないようにした。
次に気合いを入れて起き上がり、テントを出る。
砂漠の朝は思ったより清々しい。ここがオアシスだからだろうか。
パンとスープという一般的な朝食をいただき、さっそくカミュさんの所へ行ってみる。
「おう。おはよう、ナマエ。昨日は寝られたか?」
「おかげさまで……」
テントの中は快適なこともあって、ぐっすり眠れた。意外に自分は神経が図太いのかも知れない。
「それで、仕事って……」
「潜入捜査だ」
……さっそく切り出すと、返ってきた言葉に、一瞬フリーズした。昨日今日来たばかりのトリップ者になにをさせるの!?
「最近、この辺りで邪神教って奴らが悪さをしていてな。オレたちも仕事がやりにく……迷惑してんだ」
仕事がやりにくいを言い直したのが気になるけど、それよりも。
「あの、邪神教って名前だけですごく物騒なんですが……」
カルト教団かなにかだろうか。絶対に関わりたくない!
「話は最後まで聞けって」
目で訴えると、カミュさんは軽く笑いながら言った。
「奴らのアジトのおおよその場所はわかってんだが、なかなか尻尾を出さずに入り口が掴めなくてな」
そこで、アンタだ――。カミュさんは私を見つめる。
「……なんでそこで私なんですか?」
「珍しい瞳の色に、異世界からやってきただけあって不思議な雰囲気も感じる。アンタを神の使いに仕立てて、潜入されるってわけだ」
神の使いに仕立てて、潜入捜査……?
「む、無理ですよ!神の使いもだし、そんな恐ろしいこと!逆に洗脳されてミイラがミイラ取りになったらどうするんですか」
「ミイラがミイラ取り?はは、面白いこと言うな」
どうやら「ミイラがミイラ取り」という言葉はこの世界にはなかったらしい。
「逆に神の使いだから安全なんだ。アジトに侵入して、入り口を手引きしてくれりゃあいい。あとはオレたちが制圧する」
最後に、きりっと顔を引き締めてカミュさんは言葉を放った。その顔はとてもかっこよかったけど……
「危険な目には絶対に合わせねぇ。それは約束する。だから、ナマエ。オレたちにチカラを貸してくれ」
続いて真剣な眼差しに言われ、自然に私は頷いていた。
「……わかりました」
見知らぬ世界に来て、右も左もわからない。そこで出会ったこの人を、信用してみようと思った。……と、言えば聞こえがいいけど。
単純に私は、昔から押しに弱いのを自覚している。
「これが終わったら、ちゃんとナマエの世界へ帰れる道を一緒に探してやる。頑張ろうぜ」
それはありがたい。今度こそ私はちゃんと頷いた。
「さっそく衣装を渡しておくぜ。まずは形からだ」
どこからか取り出した衣装を、カミュさんから受け取る。
「なんですか、このセクシーな服は!」
これを着ろと……?確かに涼しそうだけど!
「おっと、間違えた。こっちな。それは踊り子の服。今の服装は暑そうだからそれは普段着に着るといいぜ」
「いや、ちょっと、もう少し露出が少ないものをくれませんか……」
嫌そうに言ったらカミュさんから「わがまま言うな」と返された。わがままって、ちょっと理不尽。
***
「やっぱり、アニキ。ナマエに潜入捜査を頼んだんだな。手頃な人材探してたもんなー」
マヤちゃんに報告がてら話すと、知られざる裏側を聞いて、安請け合いをしたことにちょっと後悔する。
完璧、その場の雰囲気に呑まれてしまった。
「成功するか否かはナマエの演技力次第ってことだな」
「……ですよねー」
「まあ、なんとかなるって!あいつら邪神サマにご執心だから、その使いが現れたら絶対飛び付くよ」
マヤちゃんにニッと眩しい笑顔で励まされると、少し前向きな気持ちになってくる。
なにはともあれ、やるしかない。
「やばくなったらおれも助けに入るしさ」
「……うん!マヤちゃん、ありがとう。自分なりに頑張ってみるよ」
今は――カミュさんの言葉も、マヤちゃんの言葉も信じよう。
「じゃあ、ナマエ。さっそく演技の練習してみようぜ!」
「えぇと…………我は、邪神の使いなり!」
「……。だめだな、こりゃ」
「えぇ、そんなぁ」
……――そして。
「邪神さまの使いの御子が、我々の前に現れてくださるとは……!」
「私の言葉は神の言葉。来る終末のため、神の教えをその心に刻みなさい」
「は、ははー!」
信者の彼らが一斉に私へ頭を下げる。……ちょっと気持ちいいかも知れない。
現実世界でこんな敬われることないし。(って、こらこら。変なこと考えてないでちゃんと目的を果たさなくちゃ)
マヤちゃんのスパルタな演技指導とカミュさんたちによる情報戦によって、邪神教の信者たちに私を"邪神の御子"と思わせ、無事アジトに侵入を果たせた。
アジトは地下の神殿のような場所だった。
ただ入り口は仕掛けが施されてあって、それを解かないとカミュさんたちは入って来られないだろう。
――その仕掛けを解除するのが、私の役目!
長いスカートを引きずりながら、人目を盗んで通路を進む。緊張か、心拍数は早くなっている。見つかったらなんて言い訳をしようかと頭の中で考えた。
……あった。
「確かこのスイッチをこうして……」
薄目で見ていたやり方を思い出しながら、スイッチを順番に押す。この世界の文明レベルがイマイチわからないけど、ファンタジーの世界ということでここは割り切る。
ゴゴゴ……と、遠くでなにかが動く音がした。うん、これできっと大丈夫。
「……おや、御子さま。どうかされましたか?」
ギクッ!
「……結界を張っておりました。よからぬ者が入って来ないとも限りません」
「おお!さすが御子さまだ!」
無表情と落ち着いた口調を心がけて言うと、信者の男は納得したようで内心ほっとする。
あとはカミュさんたちがやって来て、ここを制圧するだけ。
来た道を戻りながら、通路に飾られている像を横目に見る。邪神を象ったと思われるおどろおどろしい像だ。彼らが唱える終末論からしても、私の中でも彼らは倒されるべき存在だ。
――……だけど。
あちこちから聞こえる怒声や武器がぶつかる音。それに混じる悲鳴。
宙に飛び散る血飛沫がスローモーションのように見えた。
強い鉄の匂いに吐き気がして口元を押さえる。全然わかっていなかった。ここは"そういう"世界なんだ、と。
生と死が隣り合わせにある――殺し合いが目の前で繰り広げられている世界。
「この女!俺たちを騙したのか!?」
「ッ!?」
剣を向けられ、恐怖と共に目を瞑る。
――このとき、初めて、死を覚悟した。
「ナマエ!大丈夫か!?」
「……ぁ……」
その声に目を開けると、心配そうなカミュさんの顔が映る。足に力が入らない。指先から凍りつくように寒い。視界が揺らぐ。カミュさんの姿がぼやけて……「あ、おい!」
***
「…………」
目が覚めて、あまりにもショッキングな光景に、私は気絶したのだと気づいた。
仰向けにぼーと見つめていたそれは、天井ではなく天蓋だと気づく。柔らかなスプリングはベッドの上だ。ここは……?
「ナマエ……悪かった」
真横から声が聞こえて、そちらに振り向く。
「怖い思いをさせちまって」
カミュさんの顔がすぐ近くにあった。違和感に気がついたときには、小さな悲鳴を上げて彼を突き飛ばしていた。
「おまっ……なにすんだよ……」
「なな、なんで一緒のベッドに寝てるんですか!」
服は……大丈夫、ちゃんと着てる。私の考えていることがわかったのか「なにもしてねえよ」カミュさんは不服そうな目をして言った。
「慰めようとして添い寝してやっただけだ」
続いてベッドから降りながら。どんな慰め方だよ、と心の中でつっこむ。
「本当に悪かった。アンタの心を、傷つけた」
口に出さなかったのは、カミュさんが心底申し訳ないと思っていることがわかったから。
「……私の世界、というより私の国は、比較的に平和なんです。人が殺し合うことなんて滅多になくて……」
「……そうか。なおさら、怖かったよな」
今でも思い出すだけで、体が震えて吐き気がする。脳裏にあの恐ろしい光景がこびりついて消えないんだ。
「ナマエ、忘れろ……全部。……いや、オレが忘れさせてやる。血なまぐさい嫌なところを見せちまったが、この世界はそれだけじゃねえ。綺麗なものも、すげえ景色だって、楽しいことだってたくさんある」
「…………」
「……決めたぜ。全部知って、忘れてからじゃねえとアンタを元の世界に帰さねえ」
…………へ!?
その予想外の言葉に、俯いていた顔を上げる。
「なんなら、オレに惚れさせてってのもいいかもな」
……は!?
「えっと、どちらかと言うと……私は早く元の世界に帰りたいなーなんて」
正直、カミュさんとのロマンスを想像しちゃったけど、向こうの世界の家族や、友達とかも心配しているだろうし……。
「まあ、そうつれないこと言うなって。最後には帰りたくねえってその口から言わせてやるよ」
不敵に笑うカミュさんに、対して私は危機感を覚える。そんなむちゃくちゃな……!
「これからもよろしくな!」
私はまだまだこの世界から帰れない。