再会の果て

 日が落ちる前に、勇者一はとある町にたどり着いた。

 "今日はここで宿を取ろう"

 ――と、イレブンが言葉に出さずとも(普段からイレブンは寡黙で「はい」か「いいえ」ぐらいしか言わないが)皆の意見は一致していた。
 旅の最中で野宿は当たり前だが、やはりどんなに簡素な宿屋でも、壁も天井もあるベッドで眠るのが一番身体を休められる。

「この町は変わってないのう」
「ええ、懐かしいですね」

 町を見渡しながら言ったロウに、マルティナが同様に町並みを目にしながら頷いた。

「あら、おじいちゃんとマルティナはこの町に来たことがある?」
「もう数年前になるが……マルティナと共に旅をしてた時に、たまたまこの町に立ち寄ったのじゃよ」
「少しの間だけど、この町に住む人々も穏やかでゆっくり休めたわ」

 ベロニカの問いに、ロウとマルティナが続けて笑顔で答えた。

「キレイな町並みだけでなく、なんとなくゆったりしている気がしますね」
「そうね。あたしたちも久々にゆっくりして羽を伸ばしましょう」

 セーニャに続いてシルビアが言い、二人は意気投合する。そんな二人を見て、イレブンもわずかに口角を上げて頷いた。

「オレはせっかくオーブのありかもわかったんだし、寄り道してねえで早く先に行きたいんだがね」

 チクリ、と、そしてイレブンの耳にもよく聞こえるようにカミュは言った。
 目的地へのルートから外れているのも、この勇者サマがほいほいとクエストを引き受けたからだ。
 その当人は聞こえたにもかかわらず、のほほんとしているが。

「まあまあカミュよ。焦りは禁物じゃぞ。……それに、この町の酒場にはセクシーな踊り子がおってのう」

 最後の方はカミュにしか聞こえない声でロウは言った。だが、にやけ顔は隠しきれておらず、察したマルティナは困ったように首を横に振る。きっと二人で訪れた際も、その踊り子に夢中だったのだろう。

「……イレブンも誘って遊びに行くぞ、カミュ。今夜はお楽しみじゃ」

 歩くロウの足がうきうきと跳ねる。どうしようもねぇじいさんだな……カミュはその羽根が生えたような後ろ姿を呆れて眺めた。
 隣を歩くイレブンを見ると、こちらの視線に気づいたのか目が合う。

「?」

 相変わらず無表情に近いとぼけたカオだ。まあ、この勇者サマがロウのムフフが似ても困るので、見張りもかねてついていくことにした。


 ――夜になって。その踊り子がいるという酒場に一歩足を踏み込めば、そこは静かな町とは正反対の賑やかな場所だ。

「お客さん、いらっしゃい!」

 はつらつとした声が三人を出迎える。この酒場を切り盛りしている女将に案内されて、テーブル席へとイレブンたちは通された。

「もうすぐうちの踊り子のステージが始まるから、ゆっくり楽しんでいってね!」
「ほっほ!久々にクラリスちゃんの躍りが見れるとは楽しみじゃの〜」
「おや、お客さん。クラリスなら結婚して町を出るって数年前に引退したよ」

 その女将の言葉に、目に見えてわかるぐらいロウはガーンとショックを受けた。

「でも、新しい踊り子もクラリスに負けず劣らずべっぴんで踊りも上手だからさ、楽しんでおくれ!」

 ロウの代わりにカミュが女将に答え、三人は円形テーブルに座る。
 すぐに店員が注ぎ立てのエールを持ってきて、それぞれの前に置いた。
 乾杯もそこそこに、イレブンとカミュはぐびっと飲んで、エールの爽快感を喉で楽しむが……

「クラリスちゃんがどこぞの男と結婚……」

 ロウは酒に手をつけず、しょんぼりした。

「……ロウのじいさん。結婚ならよかったじゃねえか。その子の幸せを願ってやれよ」

 その横でイレブンがコクコクと頷く。そして、届いたお通しの豆をポリポリ食べる。このマイペースっぷりも見慣れたものだ。

「相手がどこの馬の骨かもわからんのじゃぞ!心配すると言うのがファン心というもの……」
「どこの馬の骨って……あ、ほら!ステージが始まるみたいだぞ」

 急に歓声が湧き起こり、三人はステージの方へ目を向けた。前方の席を陣取っている男たちから、同じ名前が飛び交う。

「ナマエちゃーん!」
「ナマエちゃん、待ってました!」

 その名前を耳にして、カミュの心臓がどくりと跳ねた。次に懐かしい感情が、鍵を開くように込み上げる。
 その名は、偶然にも故郷の幼馴染みと同じ名前だったからだ。

『ねえ、カミュ。今日、教会で結婚式が行われるんだって。見に行かない?じゃあ、いつもの場所で待ち合わせね。約束!』

 思い出さないように、記憶の彼方に、心の奥底に閉まっていたのに。
 
『花嫁さん、きれいだったな。私もいつか、誰かのお嫁さんになりたいな』
『……誰かって誰だよ?』
『誰かは誰かよ』

 その名前を聞いただけで、こうも簡単にあの日々を思い出してしまうなんて。ただ、同じ名前というだけで。

(あいつがここにいるはずが……)

 ――踊り子が登場して、盛り上がる歓声とは反対に、カミュの世界は無音になる。

「なん…で……」
「……?」

 周囲の音にかき消されそうな呟きを拾ったイレブンは、不思議そうにカミュの横顔を見た。その驚きに見開いた目が見つめる先を辿るように、もう一度ステージを目にする。

 そこにあるのは、曲に合わせ、客の歓声に応えるように楽しげに踊っている踊り子の姿だ。

「ほほっ!クラリスちゃんを引き継ぐようなよい踊りじゃ。次はあの子のファンになろうかの〜!」

 変わり身の早いロウの言葉に、いつもならつっこむカミュだが、その声は耳に届かなかったようだ。

 彼女の踊りが、笑顔が、目に眩しく映る。

 ――間違いない。何故ここにいるのかわからないが、彼女は自分の幼馴染みのナマエだ。
 成長して化粧をしているが、変わらない面影がある。自分があの国から"逃げた"あと、ナマエはこの町にやって来たのだろう。

(きれいになっちまったな……)

 あの頃はそんな素振りがまったくなかったのに踊り子になったのか。
 誰かの花嫁になりたいって夢見がちに言っていたのが懐かしい。

(あの時、オレは誰かじゃなくて……)

 思い出す。誰かじゃなくて、自分の名前を言って欲しかったんだ。軽い冗談でもよかった。子供じみた願望。今となっては馬鹿馬鹿しくて自分に笑えてくる。

「やや、彼女が席を回っておるぞ!イレブンよ、お近づきになるチャンスじゃ!」

 サービスの一環で、ステージから降りて客に笑顔を振り撒くのだ。
 まだ遠くにいる彼女を目にして、カミュは椅子から立ち上がった。ガタ、という音に気づいたイレブンはそちらに顔を向ける。

「……わりィ。ゆっくり飲みたくなってな。そっちのカウンターに座ってるぜ」
「……」

 イレブンは物言いたげな目をしたが、口を開くことはなく、カミュの背中を見送った。ロウは気づくことなくご機嫌に酒を飲んで、踊り子が自分たちの席に来るのを今か今かと待っている。

 ――今、ナマエと再会することはできない。

 何故、なにも言わず国を出たのか聞かれるだろう。話して、ナマエに軽蔑されるのが怖い。そんな情けない理由だった。なにより合わせる顔がない。

 一目、見れただけでもよかった。

 元気そうでなによりだ。もしかしたら、恋人だっているのかも知れない。恋をすると女は綺麗になると聞く。

 きっと、自分のことも忘れているさ――そうカミュは結論付け、酒を煽った。

 コト、とコップをテーブルに置いたと同時だった。

「――お客さん、変わってるね」

 そう隣から声をかけられ、今しがた飲んだ酒をカミュは吹き出しそうになった。……人気の踊り子が、こんな奥のカウンターの隅で一人酒を飲んでる客にまで声をかけるとは、目が行き届いている。

 しかも、フードを被った怪しげな男に、だ。

「変わってる……?」

 声でバレぬよう、なるべくカミュは地声を低くして話す。

「ええ。この町名物の踊り子のステージも見ないでお酒を飲んでるなんて」
「……ああ、さっき見たさ。いいステージだった」

 そして、フードの隙間から顔が見えぬよう、俯くようにグラスを見ながらカミュは答えた。

「本当に見てたの?」
「見てたって。こんな嘘つかねえよ」
「……私の踊り、どうだった?」

 彼女の表情は見えないが、その声は不安を帯びているように聞こえた。

「……きれいだった。つい見惚れちまうほどにな」

 そう答えると、気のせいだろうか。ナマエから息を呑んだような声が聞こえた気がした。定かではないのは……

「女将さん!私にもお酒をちょうだい」

 打って変わって明るい声が響いたからだ。(……おいおい、隣で飲む気かよ)と、カミュは内心動揺する。

「人気の踊り子がこんなところで油売ってていいのか?」
「安心して。サービス料は取らないわ」

 女将から出されたエールをナマエは受けとると、ゴクゴクと喉が鳴る音が聞こえた。
「はーっ!踊ったあとはおいしい」
 いい飲みっぷりである。

「……あなたはどうしてこの町に?」
「旅の途中で、たまたまだ」
「そう……旅人さんなのね」

 彼女が答えてそこで会話は止まる。

「あんたは……この町出身か?」

 今度はカミュがナマエに尋ねた。

「ううん。北の方にあるクレイモランという国に住んでいたんだけど、すごく寒い国でね。父が病気で倒れて、身体を冷やすのはよくないって、親戚の伝でこの町に引っ越してきたの」

 ……そういうことだったのか。

「私、最初はここで接客として働いていたんだけど、ここで踊っていたクラリスさんに踊り子になってみないかって誘われて……今に至るってわけね」

 一息でナマエは話して、またエールを喉に流す。

「仕事は楽しいか?」
「そうね。最初は全然踊れなくて、お客さんにも認めてもらえなくて、つらい時もあったけど、今は楽しい……かな」

 この数年間、自分が盗賊になったり、その中でデクと組んだり、牢屋に閉じ込められたりと色々あったように、ナマエも同じだったのだろう。そんな滲みのある声だった。

 そうか……と頷いて、カミュはエールを一口飲む。そして、本題に入るように切り出した。

「今は……幸せか?」

 一呼吸置いて、ナマエは答える。

「父も元気になって、居場所もあって幸せと言えるわ。……でも、幼い頃に描いていた幸せはまだ掴めてないの」

 そこで話を区切り、ナマエは秘密を打ち明けるように言った。

「私、お嫁さんになることが夢だった」
「…………」
「小さい頃、結婚式があるって教会に見に行ったら、その花嫁さんがとびっきりきれいで……世界で一番幸せそうに見えたから」

 もしも、あの時。もっと早く異変に気づいていれば……いや、あんなペンダントをプレゼントしなければ、そんな未来もあったのだろうか。

 未練がましく想像してしまった自分に嫌気が差した。

「……あんたなら、すぐに素敵な誰かが見初めてくれるさ」

 カミュの口から出たのは心と裏腹の言葉だ。いつしか、自分に嘘をつくのが得意になっていた。
 
「……そうね。その誰かを、ずっと探していたの」

 その言葉が耳に残る。カミュは一気に酒を飲み干すと、席を立った。

「もう、いくの?」
「連れがもう寝る時間なんだ。帰らねえとな」
「……ねえ、私からも聞かせて。――旅人さんは今、幸せ?」

 その問いに、今度はカミュが一呼吸置いて答える。

「オレは……幸せになるより、やらなきゃいけねえことがあるんだ」

 贖罪の旅。今のカミュにはそれがすべてだ。むしろ、幸せになってはいけない。自分だけ幸せになろうなんて許されない。自分が許さない。

 ナマエはなにも答えなかった。

「私……」

 しばしの沈黙から切り出した声は、わずかに震えて。

「ずっと……ずっと、ここで踊ってるから……また見に来てね!旅人さん」

 最後は明るい声をカミュの背中にかけた。
 カミュはさよならの代わりに片手を上げ、イレブンとロウの席へと戻る。

「ナマエちゃん!俺たちの方にも顔を出してくれぇ!」

 その背中を見送る暇なく、待ってましたとばかりにナマエは別の客に声をかけられた。
 作った笑顔を向け、彼女もカミュとは反対の席へ向かう――。


「……なんじゃ、カミュ。フードなんぞ被りおって。もしや、おぬし流のモテテクニックかのう?」

 空気を読めないロウの言葉に、イレブンはいつもの真顔で首を横に振った。カミュも呆れた顔をする。

「そんなんじゃねえよ。ほら、そろそろ帰るぞ。あんまり遅くなってマルティナにこってり絞られるのは困るだろ?」
「むう……。わしも踊り子ちゃんと話をしたかったのじゃが、仕方ない」

 店に飲食の代金を払い、酒場を出た三人は宿屋へと来た道を戻る。

「今なら気持ちよく寝れそうじゃ」

 ほどよくお酒が入って、気分よくロウは二人の前を歩いていた。

「……"目は口ほどに物を言う"と聞くが、それはお前のことだな、イレブン」

 歩きながら、心配そうにじっとこちらの横顔を見つめてくるイレブンに、カミュは苦笑いを浮かべて言った。

「別になんにもねえよ。……オレは大丈夫だ。明日には予定通りここを出発しようぜ」

 イレブンは頷きも否定もしない。もちろん、口にも出さない。だが、射るような空色の目は「それでいいのかい?カミュ」と、問うているようだった。

 ……いいんだ、これで。

 カミュは夜空を見上げる。空は繋がっているのに、見える星空は故郷のものとは違う。

 あいつは、きっと気づいていた。気づいていて、気づかないフリをしてくれた。

 最後の言葉に「また、見に来る」と言えなかったのは、その言葉に責任を持てるかわからなかったからだ。

 自分たちの旅は危険な旅でもある。
 簡単に口約束なんてできない。

「……それでも」

 カミュは驚いて振り返る。その声は自身の口から出たものではなく、イレブンからだった。
 立ち止まったイレブンを、カミュも同様に足を止めて彼を見る。

「また……ここに来よう」

 珍しく発せられた言葉に、カミュは希望を見てしまう。

「……そうだな」

 少しだけ、自分に正直になっていいのなら。

「この旅が終わったら――……」

 もう、待っていてはくれていないかも知れない。
 それでも、今度は本当の自分で、ちゃんとナマエと会いたい。……話がしたい。


 そんなささやかな願いも、世界の崩壊が叶うことを許さない――。



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