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 ホメロスさまの横顔はとても美しい。まるで、名のある芸術家が描いた絵画のようだ。
 持ってきた紅茶をテーブルに置くと、そのまま見惚れてしまう。

 文字をなぞる指先を追う、切れ長の瞳がとくに好きだ。
 長い睫毛が影を落とし、真剣な表情は、いつもこの国の未来のことを考えている。

 こんなに美しくて、立派な人が私の婚約者など、未だに実感が湧かない。

「……ナマエ。そのように見つめていても、私に穴はあきはしないし、なにも出ないぞ」

 報告書に目を落としたままホメロスさまは言った。その言葉に私ははっと我に返る。

「あ、いえ……申し訳ございません。そうではなくて……」
「……そうではなくて?」
「その、……ホメロスさまの横顔を見惚れていました」
「…………」

 正直に打ち明けると、静かな沈黙が流れた。気持ち悪く思われたかしら?そう不安に思っていると、ホメロスさまは顔を上げる。

 そして、私の方に体を向け、何故か顔をぐいっと近づける。近い……とても近い。

「何故、目を逸らす」
「ち、近いからです……」
「では、この距離からではどうだ?」
「えぇと……」

 横に泳いでいた視線を前に向けると、真っ正面からホメロスさまと視線が交わった。

「この距離でもだめなのか」
「い、いえ、……恥ずかしくて……」

 最後の方の声はなんとも情けなく小さくなってしまった。顔も熱くて、きっと、林檎のように赤いはず。頭の上から呆れたため息が聞こえてきて……心臓が軋んだ。
 昔から自分に自信のない私は、ことあるごとに「婚約破棄」という四文字がちらついてしまう。

「おまえは私を一方的に見つめるのが得意なようだが……」
「う……」
「いい加減、目を合わせることに慣れてもらわないと困る。……私の、婚約者なのだから」

 その言葉に思わず顔を上げると、ホメロスさまと目が合った。不思議と今度は外せない。ホメロスさまの頬がほんのり赤く染まっていて、窓から射し込む西日のせいだけではないと……信じたい。

 その間も、ホメロスさまはじっと私を見つめている。

「おまえだけ見つめてくるのも不公平だからな」
「……ホメロスさま……」
「……なんだ?」
「穴が、あきそうです……」


 私がホメロスさまの視線に慣れるのは、まだまだ時間がかかりそうだ。



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