私の平凡な人生に幸運なことが一つあるとしたら、仕事終わりに行きつけのバーがあることだ。
雰囲気よし、お酒もおいしくて。
何より――
「今日も一日、お疲れさん」
ナマエさん――バーテンダーのカミュさんがイケメンなこと。(今日も目の保養)
「いつもので」そう言って、これまたいつもの端っこのカウンター席に座る。
落ち着いた店内に、今日はやけに女の子が多いのにはすぐに察した。
なんてたって今日はバレンタインデーだ。
みんなカミュさんが目的だろう。
どの子も着飾っていて可愛い。
それとは反対に、私は仕事疲れでくたびれているだけでなく、心も沈んでいる。
今日のバレンタインデーは、私にとっても他人事ではなかった。
「ナマエさん。本命の彼に、チョコ渡せた?」
そう聞いて、カミュさんはすっとカクテルを差し出す。
「それがっ、聞いてくださいよ〜」
私は情けない声を出して、カクテルを一口飲んでからカミュさんに話した。
カミュさんは苦笑いを浮かべながら話を聞いてくれる。
「可もなくも不可もなかったんです」
「それは……モヤるな」
「そうなんですっ」
はっきり本命とか告白をしたわけではないけれど、この年齢になれば、相手もどんな意味合いか分かるはず。
返って来たのは良くも悪くもない反応で。(そんなところでも普通にならなくても…)
「私もフラれるのが怖くて、曖昧な態度で渡したせいもあるかも知れないけど……脈ありなら脈ありでもうちょっと態度見せても良いと思いません?」
言ってから気づいた。
その反応がすべてなんだと――そしてさらに落ち込んだ。
「それなら、いっそのことフラれた方が良いよな」
「そうですね…。それはそれでショックですけど…」
はあ…とため息を吐く。
どっちにしろ成就しない恋に意味はない。
「まあ、これでも飲んで元気出してくれ。俺のおごり――」
そうカミュさんに差し出されたグラス。
「アレキサンダーっていうチョコのカクテルなんだが、ちょっと俺流にアレンジしてある」
「チョコレートのカクテルなんて初めて!ありがとう、カミュさん」
甘い香りを堪能して、一口。
甘ったるくなく、飲みやすい。
「とってもおいしいです」
私の言葉に「そりゃあ良かった」と嬉しそうに笑ったカミュさんは、
「俺流にアレンジしたって言ったが…、それ、惚れ薬入ってんだ」
続いたその言葉に「へ?」と声が出た。
ええと……冗談かな。
カミュさんの表情からは何も読めないけど。きっと。
困惑していると、彼はカウンターから身を乗りだし、周りに聞こえないような小声で。
「俺のこと、好きになってくれたらすぐに両想いになれるから……、考えといてくれ――」