世界は不思議に溢れている

「おお…!旅の方!見るからに頼りになりそうな方々だ……!ぜひ私の実験に協力して頂きたい」

 とある町にたどり着いた勇者一行を引き留めた声の持ち主は、いかにも学者という風貌をした老人だった。

「実験……?」

 イレブンが首を傾げて聞くと、学者の老人は町の隅にあるそれを指差す。

「私が実験をしているのはあれなのです」
「あれって……ただのタルとツボじゃない」
 不思議そうに口を開いたのはベロニカだ。
「いやいや、ただのタルとツボじゃないですよ!壊しても気がついたら元に戻っている不思議なタルとツボですよ!」

 ああ…と納得してる勇者たちとは反対に「気がついたら元に戻ってる…!?」と、ナマエは驚いている。

 ――そうだ、彼女は記憶喪失だった。

 生まれた時からその現象に慣れしたしんでいるので、イレブンたちは当たり前のようにそんなものと思っていたが。

「…確かに。言われてみれば……」
「ああ、よく考えてみりゃあ不思議だよな」
「ええ、そうね。今まで考えてもみなかったわ」
「魔法のタルとツボなんでしょうか」
「でも、セーニャ。魔力を感じないわよ」

 イレブン、カミュ、シルビア、セーニャ、ベロニカたちがうーんと頭を悩ます姿に、学者の老人は素晴らしい!と感激する。

「やはりあなたたちは私が見込んだ通りです!研究とは常識を疑うことが第一歩なのです。どうかこの謎を解き明かすのに私の実験に協力していただきませんか?」

 熱意溢れる学者の老人の言葉に、勇者たちは頷いた。
 一度疑問に思うと気になって仕方がない。

 まずは「本当に元に戻るの?」と不思議そうなナマエの為に実証してみることにした。

「まずは普通にタルとツボを壊す――」
 イレブンが地面に叩きつけるようにして壊した。

「そしたらちょっとこの場から離れる」
 全員でちょっとその場から離れる。

「で、戻って来るとタルとツボが復活してるんだ」
「…!?」

 驚愕しているナマエの予想通りの反応に、皆は満足した。

「本当に元通りになってるね…!」

 ナマエはタルやツボを触って確認するが、ヒビも傷も、壊した形跡がまるでない。

「お嬢さんは先入観にとらわれない見方をする方のようですね」
「たぶん…私は記憶喪失だからと思います」
「なるほど…!それはおいたわしいことですが……よろしかったらお嬢さんの見解をお聞かせくださいませんか?」

 学者の老人の言葉に、しばしナマエは考える。
 もしかしたら常識に囚われない彼女の言葉が、解明のきっかけになるかも知れない。

「妖精の仕業とか」

 ずいぶんメルヘンな答えが出てきた。

「妖精の仕業ねぇ……」

 カミュが怪訝そうに呟く。話には聞くが、彼は基本的に自分の目で見たこと以外信じない。

「私、なんか…変な妖精に会ったことがあるような……」
「変な妖精?」
「普通の人間には妖精の姿は見えないんだけどね」

 うーんと思い出そうとするナマエに「まあヨッチみたいな存在もいるしね」とイレブンが言った。

「いやいや、妖精とは面白い見解です!誰も違うと否定できないのですから」

 そう言って再び学者の老人は素晴らしい!と頷き、肝心の実験の内容を彼らに説明した。

 魔法で壊した場合はどうなるかや、誰かが遠くで観測していた場合はどうなるかなど…。

 結果的には魔法で壊しても元に戻るし、誰か一人でも観測していると元に戻らないという摩訶不思議な結果になった。

「むむ…明らかになったのは観測されてる時は元に戻らないということでしょうか……」

 謎の解明にはたどり着けなかったが、新たな実験結果を知れて、学者の老人は満足したようだ。

 勇者たちはお礼の品に『さとりそう』を受け取った。


「う〜ん、謎のままだと分かるとますます気になってくるわ!あたしも研究してみようかしら?」
「あの学者さま、いつか真相にたどり着くといいですわね」
「まあ、妖精の仕業じゃねえのは確かだな」
「もうっ、そんなに笑わなくても…」
「はは、僕は壊れたタルやツボを元に戻す妖精がいても良いと思うけどな」

 それぞれが言うなか「常識だと思ってたことが、よーく考えてみると実は不思議ってことよね」そうシルビアは口にし、続いて「ねえ、ナマエちゃん。他に不思議に思ったことはあるかしら?」と、彼女に聞いた。

「えっと…一番最初に不思議に思ったことは、宝箱って誰が置いてるんだろうって」

 にこやかに言ったナマエの言葉に、イレブンとカミュ以外の三人が再び頭を悩ませる。

 以前に自分たちが聞かれた時と同じ反応をする彼らに、二人は苦笑いを浮かべた。
 旅に出てずいぶん時が経ったが、イレブンは改めて思う。

 やっぱりこの世界は、不思議に溢れている――と。



←back
top←