sequel

「父上!ただいま、訓練から戻りました!」
「騎士たる者!」
「信念を決して曲げず、国に忠節を尽くす!弱さを助け、強きをくじく!どんな逆境にあっても正々堂々と立ち向かう!」

 ――いつぞやのやり取りをするサマディー国王とファーリス王子。
 以前と違うのは、ファーリスは真面目に剣の訓練を受けているということだ。

「うむ、よろしい。今日も騎士道精神を忘れていないようだな」
「はい!騎士の信念、常にこの胸に……。では、これから馬術の稽古をしてまいります!」
「この様子じゃ、お前のウマレースデビューも間近だな!」

 わっはっはっは!と豪快にサマディー王は笑う。
 その横で王妃は、淑やかに微笑み、我が息子の成長ぶりを喜んでいた。

 あの一件――砂漠の魔物と呼ばれたデスコピオンとの戦った以来、ファーリスは変わった。

 それは、あの旅人たちのおかげだろう。

 初めての友達ができ、目標となる人も出来たらしい。
 そして。どうやら、実らぬ片想いもしているようだが、それは気づかなかったことにしましょう――王妃はそっと胸の内にしまう。

 彼らの活躍によってデスコピオンは倒され、サマディーは元の平和な国に戻った。


 そんなサマディー王国に、一つの不穏な知らせが届く――。


「エルシスさんが悪魔の子で……逃亡犯……?それに、共犯の娘と手引きした盗賊って、まさかユリさんとカミュさんのことか?」

 デルカダール王国から届いた通達。
 そこに書かれていた内容は、とても信じられないものだった。

「バカバカしい!あの人たちが、犯罪者なワケあるか!そもそも悪魔の子ってなんなんだ?」
「デルカダール王国が言うには、悪魔の子とは災いを呼ぶ者のことらしいです。そういえば、手配書が届いていましたが、まさかエルシスさんたちのことを指していたとは……」
「おい!お前はエルシスさんたちがその逃亡犯だと信じるのか!?」

 怒るファーリスに「そんなこと言ってませんよ〜。デルカダール側の事実を言ったまでですってばー」やれやれと首を横に振り、答えるユルい側近。

 小バカにするようなその態度にファーリスはカチンと来たが、彼の不躾な態度は今に始まったことではない。
 目を瞑り、話を聞いてやる。自分は大人になったのだ。

「この国を変えてくれたあの方々が凶悪犯だなんて普通信じませんよ。ただ、デルカダール王国がどういう意図でエルシスさんたちを凶悪犯にしてるかが分からないんですよねえ」
「?濡れ衣とか勘違いとかじゃないのか?」
「そんな単純な話じゃなさそうなんですよ、王子」

 ユルい側近の言葉に、どういう意味だ?とファーリスは問う。

「悪魔の子がサマディー王国に訪れたという噂に――ホメロス将軍自ら、情報を求めて近日中に我が国に訪れるそうです」
「!?ホ、ホメロス将軍が!?」

 ファーリスにも事の重大さが分かった。

 デルカダール将軍、ホメロス。

 彼の目標の一人のグレイグと共に双頭の鷲と呼ばれる騎士で、軍師としても名高い男。

 そんな彼自らが噂ごときで他国を訪れるなど、国に関わる重大な事態の他ならない。

(一体何をしたんだ……エルシスさん)

 きっと、何か深い事情が――……

『顔を上げてくれ、ファーリス王子。僕たち友達じゃないか』


 あの笑顔を信じずに、何を信じると言うのだ。


「……父上はなんと」
「エルシスさんたちのことを問われたら、包み隠さず話をする所存のようです」
「……………………」
「王子。ホメロス将軍が赴く以上。事によっては、国と国との関係性にも関わることです」

 いつになく真面目なユルい側近の言葉に「わかってるさ」と同じように答えるファーリス。

「父上の所に行くぞ――」 
「はっ!」


 颯爽と歩くファーリスの後を、ユルい側近は口許に笑みを浮かべてついて行く。


「ファーリス。彼らを信じたい気持ちは分かるが、デルカダール王国から情報提供の申し出をされたら話せねばならん。これは国と国との取り決めだとお前もわかるだろう」
「しかし、父上……それでは我が国の恩人を売ることにはなりませんか?」
「確かにエルシス殿たちの活躍により、砂漠の殺し屋は倒され、脅威はなくなった。だが、彼らが真っ当な善人とも限らん……。デルカダール王国にとっては悪人かも知れぬのだぞ」
「…………」

 サマディー王が言ってることは正しいと、ファーリスにだって分かっている。
 王族にはこの国を統べる者としての責任があり、一個人の感情など邪魔でしかない。
 けれど、ファーリスは口を開く。

「ボクは……彼らの戦いを見てました」

 恐ろしくて見ることしか……いや、目にすることさえ最初は拒否していた。

「エルシスさんたちが命を懸けて戦ってくれた姿を見て――ボクは…私は、彼らのことを疑うことなどできません」

 ――あの方たちは私の大切な友人です。

「ファーリス……」

 真っ直ぐと視線を向けて話すファーリスに、サマディー王は驚いた。
 息子のこんなに強い信念を宿した目は、初めて見たからだ。

「父上、どうかこの件は私にまかせてもらえないでしょうか」
「しかし……」
「サマディー王!!」

 そう王の間に駆け込んできたのは、兵士たちである。「お前たち……」彼らはデスコピオン討伐に共に向かった三人だ。

「僭越ながら申します!我々もファーリス王子と同意件です!あの方々が悪人にはとても見えません……!」
「彼らは傷ついた私たちにも傷の手当てもしてくれました!」
「あの方たちがいなければ、私たちは魔物の餌食になってましたでしょう」

 兵士たちの言葉に王は「ううむ」と考える。
「あなた……」
 王妃も横から訴えるような眼差しと共に王に呟いた。

「えぇい!わかった!わしとて恩人を売るような真似はしたくない!この件はファーリス、お前にまかせよう」
「父上……!」
「何かあったらわしが責任を取る!ファーリスよ、お前はとことん自分の信念を貫くのだ!」
「ありがとうございます!」

 兵士たちも顔を見合わせ喜び、王妃も「あなた、素敵よ」と柔軟に決断した王を褒める。

 楽天家だったり、国宝を簡単に売り飛ばす無茶苦茶な人でも、いざという時には頼りになる――それが、この国の王だ。

「…王子。相手はあのホメロス将軍です。下手な芝居は見抜かれますのでお気をつけくださいね」
「芝居なんてしないさ。生憎、ウソをつくのは得意だからね」

 伊達に十数年、両親や国民を騙して来たわけじゃない――。ファーリスの冗談にも本気とも取れる言葉に、ユルい側近はふっと笑う。

 開き直った王子は何とも頼もしい限りだ。


 その夜、バルコニーから砂漠の夜空を見て、ファーリスは誓う。

 エルシスさん……ユリさん。今度は、ボクがあなたたちを守ります。

 ボクなりのやり方で――ファーリスは決意を胸に、来るホメロスが訪れる日を待った。


 ――砂漠の王国に、不釣り合いな馬車が到着した。

「まったく……この国の暑さは慣れんな」

 馬車から長い足が伸び、砂の上に降り立った。――ホメロスはふぅと疲労の短いため息を吐き、長い前髪をかきあげる。
 熱を感じさせない金目が、サマディー王国を見上げた。

「手早く済ませよう――」

 兵士を従い、颯爽と城下町を歩くホメロスに、羨望の眼差しが集まる。

「まあっ、素敵なお方……」
「あの方は……もしや……」
「デルカダール王国のホメロス将軍じゃないか」

 噂話も気にも止めず、ホメロスが真っ先に向かう先はサマディー城だ。

「デルカダール王国から参上いたした、将軍ホメロスと申す。先日通達した通り、サマディー王にお目にかかりたい」
「ホメロス将軍!お話は伺っております!遠い所からお疲れサマディー!」

 ……………………。

「なんちっ…て…すみませんでしたァァ!!」

 見張りの兵士のジョークに、人を殺せそうな視線を向けたホメロス。

 暑い気候に関わらず、その場は凍りついた。

 慌てて頭を深く下げ、謝った兵士。別の兵士が「ホ…ホメロス将軍、どうぞこちらへ…」と、冷や汗をかきながら案内する。あのホメロス将軍にジョークを言うなんて命知らずめ!

 他の観光客と同様に、サマディー城独特の洗礼を受けたホメロスは王の間へ――

「ホメロス将軍、遠い所からよくぞ参った。まあまあ、お主がこの国に訪れた理由は分かっておるが、せっかくだ。うちの息子にぜひ軍略でも教えてやってくれんか?」
「将軍の地位といえ、一兵士の私などがファーリス王子にお教えするなどおそれ多くございます。剣術や馬術にも精通する素晴らしい王子と、我が国でも評判は届いてますよ」
「おぉ、さすが我が息子だな!」

 ――親馬鹿国王め。

 ホメロスは口ではそう誉めたが、微塵もそう思っていなかった。だが、それを態度に出すことは一切ない。
 他国の王族に対しての無礼は、国家間の摩擦や主君の名にも傷がつく。
 ホメロスは完璧な振る舞いをしてみせた。

「私などまだまだ未熟な者です。時にホメロス将軍。悪魔の子が我が国に訪れたという話ですが、悪魔の子とは一体何なのでしょう?「災いを呼ぶ者」とのことですが……」

 ファーリスもまた、王子としての堂々とした佇まいを心がけ、ホメロスに尋ねる。

「それについては、サマディー国王もよく記憶にございましょう」
「わし?」
「16年前にユグノア国を滅ぼしたのはあの者なのですから……」

 ホメロスの言葉にその場にいた全員が息を呑んだ。

「なんだと……!?」
「そんな馬鹿な……!」
「おや、その反応は悪魔の子のことを何かご存じなのでしょうか?」

 ファーリスの信じられないという反応に、目敏く気づいたホメロスがわざとらしく問いかける。

「いえ、悪魔の子が我が国に来たということ自体知りませんでした。ただ、手配書には若い男とあったので……」
「何もおかしな点はございませんよ。あの者がこの世に生まれたからこそ、ユグノアは滅びたのです――」

 それはどういう……?次の言葉を待つ彼らに、演説をするようにホメロスは声高らかに話す。

「ユグノアの王子こそ、悪魔の子なのです!」

 そんな――小さな悲鳴のような声を上げたのは王妃だった。
 彼女は当時のユグノアの王妃、エレノアから赤子を見せてもらったことがある。
 清々しい空のような瞳はエレノアにそっくりで、赤子ながらまっすぐとした眼差しは、父であるアーウィンに似ていると思った。
 確かに思い返せば、どこかあの旅人にその面影を感じる。

「悲劇の王子ではなく、やつは悪魔の子。再び災いをもたらさす前に捕まえなければなりません……」

 真摯な口調と共にホメロスは目を閉じた。そして、再び目を開け、打って変わって鋭く視線を向け、彼らに問う。

「やつらの行方を知っているなら教えていただきたい。共犯者の娘と手引きした盗賊の男も一緒に行動をしているはずです。心当たりはございませんか?」

 その場に沈黙が訪れた。
 動揺する国王たちに、彼らが何か知っているのは明白だった。

「――まさか……」
 最初に口を開いたのは、ファーリスだ。
「そのような事実が……」

 何か知っていることがあるなら吐け。さあ、吐くのだ。
 勇者やつは我が王の敵。野放しには出来ぬ――。

 ホメロスはファーリスの次の言葉を、期待と共に待つ。

「残念ですが、我が国に心当たりはございません。ちょうど大きなウマレースも開催されて、観光客も多かったので人混みに紛れたのかもしれませんね」

 ゆるゆると首を横に振って答えるファーリスに、ホメロスは内心舌打ちをした。(やつを庇っているのか?だが、嘘をついているにしては堂々としている……)

 探るような目付きでホメロスはファーリスはじっと見るが、やがてふっと視線を逸らした。…まあいい。

「では、この国で調査をすることを許可をいただけますでしょうか」
「もちろんです。…ですよね、父上」
「う、うむ。自由に行うがよい」

 礼を口にし、早々にマントを翻しながら玉の間を後にするホメロス。(この手でやつの行方を掴むまで!)

 彼がいなくなると、その場の張り詰めていた空気が緩む。
「王子、大丈夫ですか!?」力が抜けたように床に座り込んだファーリスに慌ててユルい側近が彼に駆け寄った。

「お、恐ろしい人だった……!」

 今頃になって震えだすファーリス。
 どうやら、腰が抜けたようだ。

「いやぁ〜王子よく頑張りましたね!見てるこっちがハラハラしましたよー」
「しかし、あの旅人がユグノアの王子だったとはな……。まさか、生きておって悪魔の子と呼ばれておるとは……」

 そこでサマディー王はファーリスを見る。

「ファーリス。本当にホメロス将軍に彼らの行き先を教えずによかったのか?悪魔の子という話が本当なら……」
「父上。それは根拠のない話です。エルシスさんが本当に悪魔の子なら、我が国を救うどころか滅ぼしているはず。それに……」

 ホメロス将軍の方がよっぽど嫌な感じがしたと――あの熱のない瞳を思い出して、再びファーリスは身震いする。


 城下町に戻ってきたホメロスは、兵士に聞き込み調査を指示するが、彼はすでにうんざりしていた。

 皆そろって口にするのは、ウマレースで優勝したエルシスの称賛ばかりだ。
 逃亡の身でありながら、ウマレースを楽しむなど、まるでこちらを嘲笑っているように感じ「もっと有力な情報を掴んで来い!」そうホメロスは苛立ちを兵士に当たる。

(この国の者は暑さにやられて、全員阿呆なのか)

「ホ、ホメロス将軍……あの…よかったら氷水ですっ」

 気づくと、幼い少女がおずおずとコップをホメロスに差し出していた。彼は見下すような目と共にフンッと鼻を鳴らす。

「いらぬ。毒が入ってるやも知れぬからな」
「そんな…!わたし、毒なんて……っ」
「さっさとあっちに行け!私は忙しいのだ」

 まるで小虫を振り払うようなホメロスの手は、コップを掠め「あっ」幼い少女の手から地面に落ちる。
 カランと音と共に、乾いた地面を溢れた水が濡らした。

「……っ!」
 コップだけ拾い、慌てて走り去る幼い少女。少女の涙もホメロスが気に止めることはない。


 その後も、悪魔の子たちの行き先を知る者はおろか、出てくるのは彼らを褒める証言ばかりだ。


「え?悪魔の子?あんたら何言ってんだ。あのお客さんたちはクエストも引き受けてくれたし、あんなにうちの料理をおいしいって食べてくれたやつらが逃亡犯なんて何かの間違いじゃないか?」

「真っ直ぐな矢を放つあの者が、邪悪な存在の仲間だとはとても思えぬ。ボウガンとは愛。そして彼女はボウガンガール。ボウッ!ガンッ!」

「ガクッと来たね。ボクはね、才能溢れる画家だからねえ。彼が悪魔の子じゃないなんてお見通しだよね。それより、キミたちの上官の方を気をつけた方がいいね」


 ――兵士たちの報告を聞いて、やはりこの国の者たちは暑さで頭がやられていると、ホメロスは結論づけた。

「……もう、よい。地図を出せ。付近の町を捜索する」

 この近くの大きな町だと、港町のダーハルーネか。世界有数の大きな貿易都市にして、各地への船の定期便も出ている。
 海を渡って逃亡する可能性は高いだろう。それに。

「おい、ダーハルーネはこの時期は祭りが開催されると言ってたな」
「は、はい!なんでも海の男コンテストとかいう……」

 今回のウマレースと同様に、祭りは格好の隠れ蓑になる――

「全軍、ダーハルーネに向かわせろ」
「他の町の捜索は……」
「いらぬ。悪魔の子たちの次の行き先はダーハルーネだ」

 ホメロスは彼らの居場所をダーハルーネと定めて、兵士の指揮を取る。

(私の手中から逃れられると思うなよ。悪魔の子――エルシスよ)

 ホメロスはその整った顔立ちに、歪んだ笑みを浮かばせた。


(エルシスさんたち、気を付けてくれ――)

 デルカダール兵たちが全軍引き上げたと耳にしたファーリス。もしかしたら、彼らの行く先に目星を付けたのかも知れない。

 今、自分に出来ることは、彼らの旅の武運を祈ることだけだ。



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