【相合い傘】
6月といえば、梅雨の季節。沖縄から始まり、ついに関東も梅雨入りした。
(げえ。めちゃくちゃ雨降ってんじゃん)
天気予報で午後から雨の予報をしてたにも関わらず、少年は傘を忘れた。
さすがにこの量の雨では、走って帰るのにもずぶ濡れだ。少年の足は二の足を踏む。
誰かの傘に入れてもらうにも、それはいわゆる相合い傘。年頃の小学生男子にとって、同性でも異性でも恥ずかしい。
ずぶ濡れ覚悟を決めて、少年が走って帰る決意をした時――ぐいっと一本の傘を差し出された。
オカッパ頭の変なヤツこと、蜂楽廻から。
「はい」
「な、なんだよ」
「傘、忘れたんでしょ」
あろうことか、自分がバカにしていたヤツから傘を差し出されて、少年は戸惑う。
「なにか企んでないだろうな!」
「なんも企んでないし!」
「……じゃあ、おまえはどうやって帰るんだよ」
「おれはもう一本傘あるから」
「んっ」と再度差し出されて「……礼は言わねえからな」少年はしぶしぶ傘を受け取る。
「その傘気に入ってんから、後でちゃんと返してよ!」
駆けていくその背中を見つめる少年。
(あいつ……)
オカッパ頭で、笑いながら一人でサッカーしてる、キモいヤツだと思ってたけど……。
案外、良いヤツ……――
「なまえ〜!いっしょに傘いーれて!相合い傘して帰ろ♪」
「あれ、廻。傘持ってきてなかった?」
「忘れたヤツにかしてあげた」
「廻、やさしい♡」
………………。
少年は前言撤回した。
あいつ、名字と相合い傘したかっただけかよ――!?
(あのオカッパをちょっとでも信じたおれがバカだったぜ!名字はちょろすぎだろ!)
少年は傘を折ってやろうかと思ったが、そしたら自分がずぶ濡れで帰ることになるので、今は止めた。
不本意に思いながらも、黄色い傘を差して歩き始める。
(やっぱアイツ、キモっ)
ちなみに翌日、少年はちゃんと廻に傘を返した。
【雨って何味?】
なまえは小さい頃から雨が嫌いだ。じめじめしてるし、どんよりしているし、何より濡れるのが嫌。
小学校に上がり、雨の日の登校は憂鬱だ。
対して廻は、濡れるのが気にならないどころか、これぐらいの小雨なら、平気でサッカーをしている。
放課後。今日はずっと曇りだったが、ぽつぽつと降ってきた雨に、なまえは廻を迎えにきていた。
「廻ーいっしょに帰ろう?カゼひいちゃうよー」
「もうちょっと!」
そう言いながら、廻は誰もいないその空間にフェイントをかけた。
なまえには見えないが、きっとそこに、"かいぶつ"がいるのだろう。
「ねーなまえ。雨って、何味か知ってる?」
「あめって、この雨?」
「うん」
濡れている廻を傘に入れて、一緒に家まで帰る途中。
廻の質問になまえはうーんと考える。
「味しないんじゃないかな?」
「雨って、雨の味がちゃんとするんだよ♪」
「雨の味……?」
廻の感性は独特なので、不思議に思うも気には止めない。だが、この時は別の部分が気になった。
「なんでわかるの?」
「飲めばわかるよ」
さらりと言った廻に、なまえは驚いた。
「雨はきたないから飲んじゃだめだよ!?」と、心配そうに言うも「お腹壊したこと一度もない」と、廻はけろりと答える。
廻にとって雨は、水分補給代わりだと知った日。
【雨の日の図書室】
中学に入学して、なまえは図書委員になった。
雨の日には――……
「もう廻。図書室は寝る場所じゃないからね」
「だって、数行読んだだけで睡魔が襲ってくるんだもーん」
廻がこうして図書室(なまえに会いに)にやってくるのは、決まって雨でサッカーができない日だ。
雨でもサッカー部はあるけど、サッカーの代わりに室内トレーニングを行う。
サッカーができないなら、部活に参加することへの意味を、廻は持てなかった。
筋トレや走り込みなら一人でできる。
自分のペースで好きな時に。
「廻、本読まないならしまうの手伝って」
「あーい」
机にうつ伏せの状態から、廻はうーんと腕を伸ばしながら立ち上がった。
たぶん、これが先生や他の人からだったら「えー」としぶしぶになるのに、なまえからのお願いだと、腰が軽くなるから不思議だ。
「高い所の本棚は俺にまかせて♪」
「ありがとう。じゃあこれ全部お願い」
「これ全部!?マジ?多くない?」
「廻、図書室ではお静かに、ね?」
唇に人差し指を立てて、しぃーとするなまえの仕草が可愛いくて、廻はきゅんとする。
……きゅんとするのも束の間。
(つまんなーい)
結局はそれぞれ、本を本棚に戻す黙々とした作業。廻はしょんぼりした。
【雨上がり】
大体廻が図書室に来るとこんな感じだが、その日は違った――
「ねえっ廻どこに行くの!?」
「着いてからのお楽しみ!」
いつものように雨の日、図書室に廻がやって来たと思えば。
「ちょっとなまえ借りるね!」
同じ図書委員の子にそう告げ、いきなりなまえの手を引いて、廻は図書室を飛び出した。
廊下を走ってはいけないが、廻は急ぐようになまえを連れて走る。
階段を上がって向かったのは、――屋上。
「よかった、まだ見えて!」
廻の視線の先には、雨が止んだ空にかかる――大きな虹。
「すごい……!虹!」
水溜まりを避けながら、二人はもっとよく見ようと屋上に出る。
「なまえと一緒に見たくて、急いで連れて来たんだ♪」
へへっと歯を見せて笑う廻に、なまえは嬉しそうに目を細めて笑う。
「連れてきてくれて、ありがとう。廻」
繋いだ手はそのままに、二人はしばし屋上で虹を眺めた。
【雨宿り】
曇りの予定だった天気は、ぽつぽつと雨が降り始め、あっという間にザーザー降りになった。
見頃ということもあり、千葉の紫陽花公園に、花見と散歩に来ていた二人。
紫陽花は雨に映えるけど、この大降りはさすがに……。
屋根つきの休憩スペースで、二人は雨宿りをしていた。
向かい合わせに座って、なまえは廻にスマホを見せる。
「雨雲レーダーで見ると、この大雨は一過性みたい」
「のんびり弱まるのを待ちますか」
口調ものんびりした廻の言葉に「そうだね」となまえも答え、雨の景色を眺めた。
東京の高校に通い始めて、最近は都会的な雰囲気に囲まれているので、こうした緑の景色は癒される。
「……っくしゅん」
「なまえ、寒そうだね」
「雨で冷えたかも」
じめじめして、暑いのか寒いのかよくわからない梅雨の気候。
廻は自身が着ているパーカーを脱ぐと、なまえの肩にかけた。
「なまえは俺と違って、風邪ひきやすいから気をつけないと」
「ありがとう、廻」
「脱ぎたてほやほやだよ♪」
「その言い方はちょっと……」
苦笑いするなまえ。確かにパーカーには廻のぬくもりが残っているけど。
「着てていいよ。俺、一枚でへーきだし!」
じゃあ……と、パーカーの袖に腕を通した。
なまえには大きめで、袖が少しあまる。
「うんっ、あったかい」
それに……廻のにおい。頬を微かに染めて、はにかむなまえを――。
そんな様子を、廻はじーと見つめていた。
「……ねえ、なまえ」
「ん?」
「「雨後の筍」って言葉あるじゃん?最近、国語の授業で聞いたんだけど」
「うん、ことわざだよね」
「俺のパーカー着てるなまえがヤバすぎて、筍ぽんぽん生えてきそう」
………………?
「ちょっとよくわからないんだけど、それは褒められてる……?」
「うん!」
満面の笑顔で廻は頷いた。本来の雨後の筍の意味は「似たような物事が次々と現れ出ることの例え」だが、完全に筍が地面からぽんぽん生えてくるイメージで廻は言った。
たぶん、ニュアンス的には「可愛いが渋滞している」に近い。
「かわいくて、キュンキュンするってこと♪」
今度は直球過ぎる言葉に、なまえは照れた。
照れて、パーカーのフードを被って顔を隠した。
……さらにかわいいんだけど。
【相合い傘その二】
「――お。雨弱まってきたね。行こっか」
「今がチャンスだね」
傘を開こうとしたなまえに「あ、待って」と、廻は制止する。
「相合い傘しようよ!久しぶりに♪」
うんっとなまえも笑顔で頷き、ぴょんっと跳ねるように、廻の傘に入った。
お互いに歩き始める。
今日のなまえは、レインブーツを履いてるから、水溜まりもへっちゃらだ。
「ほら、なまえもっとこっち寄って。ちゃんと自己主張しなきゃ」
「自己主張なの?」
小さく笑いながら、もう一歩、廻に寄り添った。
二人の間に距離はない。
一つの傘の下は狭いけど、二人がくっつく分にはちょうどいいかもしれない。
「……私。廻と一緒だと嫌いなものがなくなりそう」
「嫌いなもの?」
「寒いのとか、雨とか」
そんななまえの言葉に、綻ぶように廻は笑う。
「じゃあ、なまえが嫌いなものはもずくぐらいか〜」
「もずくも食わず嫌いだから、今度食べてみる」
「鼻水食べるの?」
「もうっそんな風に言わない!」
「にゃは、メンゴメンゴ♪」
紫陽花が咲く、静かな雨道。
一つの傘の下、仲睦まじく歩く二人の姿があった。