凪とぼのぼの

 凪くんはふしぎだ
 凪くんはふしぎだ
 ボクは凪くんを知らない
 凪くんはボクを知っている
 凪くんがどこから来たのかボクは知らない
 凪くんはどうやって来たのかを知らない
 凪くんはふしぎがいっぱいだ
 凪くんはふしぎがいっぱいなんだってば


 ***


(――……あれ、ここどこだ)

 気がついたら寝ていた。青い空が見える。白い雲も見える。なんか、磯くさい。
 ……耳からは波の音が聞こえる。どうやらここは、海らしい。

 そして、俺はワカメに巻かれていた。磯くさいのはこれだったらしい。なぜ、ワカメに巻かれているのか。

 ワカメに巻かれたまま、起き上がった。

 目の前には青い海だ。おかしい。めんどくさがり屋の俺が海なんて行くはずがない。(……いや、そこじゃないな)

 思い出してみよう。

 俺はいつものように、玲王にサッカーをさせられて……それで……ボールをトラップしようとして……

「キミ、大丈夫?ケガはない?」
「………………」

 声をかけられた方へ向いたら、そこにはぼのぼのがいた。

 "ぼのぼの"とは漫画のタイトルで、主人公のラッコの名前でもある。
 独特な空気感の漫画で、好きな漫画は?と聞かれたら、俺は『ぼのぼの』を挙げている。哲学的な要素もあり、名言も多くて名作だと思う。
 
 その"ぼのぼの"が、目の前にいた。

「………………」
「……っっっ」

(めっちゃ汗吹き出して困ってる)

 ……あ、そうか。

 わかった。俺、トラップじゃなくて、トリップしちゃったんだ――


「ぼのぼのが助けてくれたの?」
「う、うん」
「……やっぱり、君はぼのぼのなんだね」
「う、うん」
「ワカメもキミが巻いてくれたの?」
「う、うん。……あ」
「?」
「ワカメは、お父さんが巻いてあげるといいよって……」

 なんで巻いてあげるといいんだろう。……あ、布団代わり?

「キミはこの辺りでは見かけない顔だけど、どこから来たの?」
「うん……。俺、違う世界から来たみたいなんだよね」

 ………………。

 海を指差すぼのぼの。

「海からじゃないよ」

 森を指差すぼのぼの。

「森からでもないよ」

 空を指差すぼのぼの。

「空からでもないってば」
「……っっっ」

 あ、また困って汗吹き出している。
 違う世界からって言っても、ぼのぼのには難しいか。

「じゃあキミの名前は?」
「俺は凪」
「…………」
「……?」
「凪くんはどうしてボクの名前を知ってたの〜?」
「……気づくの遅かったね」

 やっぱりぼのぼのだ。どこからどう見ても漫画『ぼのぼの』の、ぼのぼのだ。

「じつはある事情で、俺は君のことを知ってたんだ」
「じゃあ、ボクもキミのことを知ってる?」
「いや、ぼのぼのは俺のことを知らないと思う」

 漫画の住人だし。……とりあえず、ワカメを取ろう。ワカメを取って、立ってみた。別にどこか痛いとかはないし、気分が悪いとかもない。砂を払うと、服はジャージのままだと気づいた。
 サッカーの練習中にきたから、スマホもない。……なんてこった。

「凪くんってすごく大きいんだね〜」
「うん、みんなから言われるよ」
「みんなから言われるぐらいすごく大きいんだね〜」

 ……次に、俺はどうしたらいいんだろう。どうしたらいいか、考えてみる。いま考えるべきは、帰り方だろう。

「凪くん、どうかしたの〜?」
「……考えるのめんどくさくなった」

 ぼのぼのの世界へ来ても、俺のめんどくさがり屋は変わらないらしい。きっと、俺はどこへいってもこんな感じだ。

「ねえ、ぼのぼの。よかったらこの辺りを案内してくれない?」
「うん。いいよ〜」

 どうせなら、この世界をもっと見てみたいと思ったし、ほかのキャラたちにも会ってみたい。
 こんな機会、二度とないだろうから。

「凪くん、凪くん」
「ん?」
「ここ、ボクが転んだ砂浜」
「うん」
「ここ、ボクがカニに足をはさまれたところ」
「うん」
「ここも、ボクが足をとられて転けたところ」
「うん……砂浜は大体わかったから森に行ってみたいな」

 ぼのぼのは丁寧に案内してくれた。

 砂浜から森へと歩く。ふと、後ろを見ると、ぼのぼのは遥か遠くにいた。

(俺とぼのぼのは歩幅が違うし、歩く速度が違うのを忘れていた)

 一生懸命、走ってくるぼのぼのに駆け寄る。

「ごめん、ぼのぼの」
「凪くんはっ……一歩で……すごぉく……っ遠くへ……いけるねっ」
「ごめん、無理してしゃべらなくていいから」

 ぜえぜえと息を切らすぼのぼの。……そうだ。

「ぼのぼの、俺の肩の上に乗る?」
「凪くんの肩の上?」
「うん、肩車」

 ぼのぼのはよじよじと俺の足から肩へと向かって、木登りのように登っていく。
 肩にたどり着いた。……ぼのぼのは降りていく。そしてまた登っていく。

「木登り遊びはそれぐらいで」

 再び降りようとするぼのぼのに言った。

「あっちの方はね、シマリスくんがいる方だよ〜」
「俺、シマリスくんに会いたい。行こう」

 ぼのぼのを肩に乗せて、森を歩いていく。
 シマリスくんは、ぼのぼのの友達だ。

「……あ、お〜い、シマリスく〜ん!」
(お、本当にシマリスくんだ。ちゃんとクルミ持ってる)
「ぼのぼのちゃん!?そんなに高くなってなにがあったのでぃす!?」
「凪くんだよ〜」

 ぼのぼのは俺のことを、シマリスくんに紹介してくれた。

「シマリスくん。凪くんは〜海からでも森からでも空からでもないところからやって来たんだよォ」
「海からでも森からでも空からでもないところからでぃすか?」

 ……これで伝わっただろうか。シマリスくんはこてんと首を横に倒す。

「いぢめる?」
「いぢめないよォ」

 これはシマリスくんの口癖で、ぼのぼのと定番のやりとりだ。
 シマリスくんは再びこてんと首を横に倒す。

「いぢめる?」
「いじめないよ」
「シマリスもぼのぼのちゃんみたいに高くなりたいでぃす!」
「じゃあ君も乗るといいよ」
「いぢめる?」
「いじめないよ」

 再びそう答えると、シマリスくんは俺に飛び乗って、駆け上がった。

「シマリスがぼのぼのちゃんより高いのでぃす!」

 どうやら、ぼのぼのの頭の上に乗っているらしい。

「それより、ぼのぼのちゃんと凪ちゃんはこれからどこに行くの?」
(凪ちゃん……初めてそんな風に呼ばれた)
「凪くんに森を案内してるんだ」
「では、シマリスも手伝いましょう!さあ、行くのです!」
「どこ行けばいい?」
「とにかく歩くのでぇす!」

 宛もなく、とにかく歩くことにした。やがて、どこかにたどり着くのだろうか。
 それより俺が、めんどくさくなる方が先かも。

「あ」
「凪ちゃん、どうしたの」
「あれ、アライグマくんじゃない?」
「ホントだ。アライグマく〜〜〜ん!」

 ぼのぼのが呼ぶと、アライグマくんはこっちを向いて、ぎょっとした。

「な、なんだこいつ!?やる気か!?」
「やらないよ」

 アライグマくんはぼのぼのの友達だけど、ちょっと乱暴ものだ。

「アライグマくん。凪くんは〜海からでも森からでも空からでもないところからやって来たんだよォ」
「どっからやって来たんだよ!?」

 異世界からやって来ました。

「海からでも森からでも空からでもないなら、土の中からか!」

 いや、異世界から来たんだってば。

「アライグマちゃん、アライグマちゃん。この高みの見物をしているシマリスを見るのでぃす!」
「ぐぬぬ……」

 アライグマくんはくやしそうに見上げている。

「オレにも乗らせろ!」
「いいよ」
「よーし、そこまで言うなら乗ってやってもいいぜ!」

 そこまでは言っていないけど……。よじよじと登るアライグマくん。

「ぼのぼの、どけ!」
「ちょっと待ってよォ、アライグマくん」
「……ぼのぼの、前が見えないんだけど」
「………っっっ」

 顔の前にしがみつかれると。

 二人には、それぞれ左右の肩に掴まってもらった。うん、バランスは取れている。
 シマリスくんは俺の頭の上が気に入ったらしい。

「凪ちゃんの頭は綿毛みたいにフワフワなのでぃす」
「うん、髪の毛ね」
「凪って言ったな。てめぇ何者なんだよ?」
「何者って言われてもなぁ。人間ってわかる?」
「ニンゲン?なんだソレ」
「凪くんはそのニンゲンなの?」
「そうだよ」
「もしかしたらスナドリネコさんなら、凪くんのことを知ってるかも」
「……それだ、ぼのぼの!」

 スナドリネコさんは物知りだ。もしかしたら帰る方法や、なにかわかるかもしれない。

「よし!スナドリネコさんところへ行ってみようぜ!」

 そうと決まれば、スナドリネコさんの所へ案内してもらう。

 ……あ、左右にきっちり分かれ道だ。

 どっちに行けばいいの?って聞いたら、ぼのぼのとアライグマくんがそれぞれ反対の道を指差した。

「スナドリネコさんの家はこっちの道だろ」
「あそこに、見たことないものが落ちてる」
「見たことないもの?」
「見に行ってみようか」

 気になっているぼのぼのに、そっちの道を行ってみる。

「ほら!あれだよ〜」

 そこにあったものは……

「見たことねえ形をしたただの石じゃねえか!」

 ぼのぼのは、アライグマくんに蹴飛ばされた。


 ***


「オレもニンゲンという生き物は初めて見たよ」
「スナドリネコさんでも凪くんは初めて見たんだ〜」

 だって、この漫画に"ニンゲン"は出てこないもんね。――スナドリネコさんの家に着いて、座りながら話をする。

「スナドリネコさん。俺、違う世界からこの世界に来ちゃったんだ。俺の言ってること、わかる?」

 スナドリネコさんは俺を見つめたまま、しばし沈黙し……

「わかる」
「おー」

 さすがスナドリネコさん。

「なぜならオレも、別の世界からやって来たスナドリネコだからだ」

 ……マジで?スナドリネコさんにそんな裏設定があったの?こことは違う場所から来たっていうのは知っているけど。

「えっ、ええ〜!」
「別の世界ってどういうことだ!?」
「それは本当なのでぃすか!?」
「もちろん、嘘だ」
「……嘘かよ!」

 …………そうだ。スナドリネコさんはそういうキャラだった。

「しかし、そういうこともあるだろうな」
「俺、どうやって元の世界に帰ればいいかわかんないんだ。スナドリネコさん、なんかわかんない?」
「なんだ、凪は迷子かよ」
「迷子の凪ちゃんだったのね」

 迷子とは違うけど……。まぁ、迷子でもいいか。

「簡単な話だ。この世界に来た道を戻ればいい」
「いや、来た道もよくわかんないんだけど……」
「凪が帰りたいと思えば、帰れるさ」
「そんな単純なものなの?」
「なぜなら……」

 なぜなら……?

「誰しも帰巣本能があるからな」

 ……俺にもあるかなぁ。帰巣本能。

 とりあえず「世の中うまくできている」というスナドリネコさんの言葉を信じて、俺が最初にいた砂浜に戻ってみることにした。

「あ〜!」
「いったいあれは……!?」
「変なモヤみたいなものがあるぞ!」

 あれは……SF漫画などでよく見る、ワープゲートだ。たぶん。
 きっと、あれに入れば帰れると思う。
 そんな気がするのは、これが帰巣本能というヤツだろうか。

「じゃあ……ぼのぼの、アライグマくん、シマリスくん」

 それぞれ、砂浜に下ろす。しゃがんで、なるべくぼのぼのたちと視線を合わせた。

「俺、元の世界に帰るよ」
「うん……凪くん、元気でね。また会える?」
「んーわかんない」

 ぼのぼのの表情は変わらないけど、さびしそうに、俺には見えた。

「でも、俺、ぼのぼのに会えたことは一生忘れないよ」

 ぎゅっとぼのぼのを抱き締めると、フワフワしてぬいぐるみみたいだ。

「シマリスのことも忘れないで!ね!?」
「オレもだろ!?」
「うん、二人のことも忘れない」


 違う生き物でも、違う世界でも、そんなの関係ないのが、きっと友達だ。


「じゃあ……、俺いくね」

 立ち上がった。そろそろ帰らないと、玲王が心配しているかもしれない。

「――あれ、凪?お前、急に消えるから心配して、ばぁやとめちゃくちゃ探したんだぞ!」

 …………えっ。

「てか、ここどこだ?……はは、なんでお前、動物に囲まれてんだ?いや、動物が二足で立ってる……?」
「玲王……?」

 逆にワープゲートからやって来たのは、玲王だった。

「また新しいのが来たぞ!」
「凪くんのお友だち〜?」
「いぢめる?」
「な、な……!凪、こいつらしゃべってるぞ!?」
「……うん。玲王は『ぼのぼの』知らないか。今度、読んでみるといいよ」


 ていうか、玲王。


「俺たちどうなってんだ!?夢でも見てるのか……!?」


 感動のお別れが台無しだよ――。


「え?ここ漫画の世界?トラップじゃなくてトリップ?……面白ぇ!凪、探検してみようぜ!」
「玲王、適応能力高くない?」



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