かりんとうまんじゅうの君

(……お。シュメール人さん、今日はいつものコーヒーじゃないんだ)

 ――コンビニ店員あるある。よく来る客に、あだ名をつける。

 このコンビニでバイトを初めて早数ヵ月。

 最初は覚えることがたくさんあって大変だったけど、最近はこんな風に、常連さんの顔を覚えるぐらいの余裕ができた。

「いらっしゃいませー……」

 自動ドアが開いて、反射的に声をかける。
 入ってきたのは、黒い学ラン姿に赤い髪の男の子。彼の顔は一目で覚えた。
 中性的な綺麗な顔立ち。いつも涼しげな表情。今まで、こんなかっこいい高校生を見たことがなかったから。

 私はその彼を「かりんとうまんじゅうの君」と呼んでいる。

 何故なら彼は、まっすぐと和菓子の棚に向かい、かりんとうまんじゅうを手にするからだ。
 若いのに渋い好み……。ちなみに彼の影響で、初めて私もかりんとうまんじゅうを食べてみたけど、甘くてカリッとおいしかった。
 ただ、袋に大きく書かれた「244kcal」の文字に、リピートする手は止まっている。

 対して、"かりんとうまんじゅうの君"は背も高く、体型もスラリとしていた。(なにかスポーツでもやってるのかな……)

 今日もかりんとうまんじゅうと、ペットボトル飲料をお買い上げだ。

「425円です」
「支払いはこれで」

 "かりんとうまんじゅうの君"の支払いは、いつも電子マネーでスマート。

「ども」

 軽い会釈に、颯爽と立ち去る姿。
 今日もかっこいい。

「ありがとうございました!」

 また、明日も来てくれるといいな。コンビニここで働いている、ちょっとした私の楽しみ。


 *


 コンビニで働いていて大変なこと。
 それは……

「おい、姉ちゃーん!俺がいつも買ってるメロンパンがないってどういうことだよ!?」
「スミマセン……売り切れてしまったようで……」
「切らすんじゃねーよ!俺はお客様だぞ?すぐに用意しろよぉ」

 こういった些細なクレーム対応だ。

 未だに『お客様は神様』だというカビが生えた言葉を盲信している客は多い。
 申し訳ないという表情を浮かべて、ひたすら平謝りしながら、じつは心の中でこう思っている。

(神様なんてこの世にいねーわ!てめえは貧乏神じゃあああ!!)

 決して顔には出してはいけない。

 相手の気がすむまで、ひたすら耐えるのみ。(あー……この新曲かっこいいなぁ)

「――おい」

 耐えるのみが、この日は違った。

「いい加減にしろよ、おっさん」
「な、なんだよ、お前……」

 そこには、"かりんとうまんじゅうの君"がいた。

「さっきから見苦しいんだよ。いい大人がパンひとつで怒鳴り散らして」
「お、お前には関係ないだろ!?」
「関係あるね。俺、このお姉さんから買うって決めてんから」

 ……きっと今のは方便だけど、それでも嬉しくなってしまうのは仕方ない。

「さっさと退いてくんない?」

 凄みを効かせると、さすが美形。迫力がある。クレーマーはなにやらモゴモゴと捨て台詞を吐きながら、店を出ていった。

「あの……、ありがとうございます」

 いつものように会計をしながら、彼にささやかなお礼の言葉を言った。

「いいって。見苦しかったのは本当だったから。アンタも災難だったな」

 いつものように彼は「これで」と電子マネーで支払う。

「じゃ」
「あ……ありがとうございました!」


 この日から、少しだけ会話を交わすようになった。

 って言っても「雨降ってきたんですね」のような、本当に他愛ないこと。
 名前は知らない。単なるコンビニ店員から名前を聞かれても嫌だろうし。

「いらっしゃいませ――あ、こんにちは」
「うす」

 相変わらず彼は、"かりんとうまんじゅうの君"だ。


 そんな彼が、コンビニに来なくなって数ヵ月――。


 最近来ないなと思ってからあっという間に日々は過ぎていく。いつも来ていた常連さんが来なくなるのは、おかしくない。
 ライフスタイルが変わったりだとか、引っ越ししたりだとか……理由なんてたくさんある。

「あ、名字さん。それ終わったら暇だから店の前掃除してもらっていい?」
「はい」

 店長に言われて、制服のまま外に出たら、もう風がこんなに冷たい。飛んできた落ち葉を片付けていると……

「……こんちは」

 小さく声をかけられて、振り返る。――"かりんとうまんじゅうの君"がそこに立っていた。

「あ、お久しぶりで……!」

 最後に会ったときより、ずいぶんと髪が伸びていて、顔つきも大人っぽくなっていた。
 驚いているが伝わったらしく、彼はくすっと笑う。

「お元気でした?」
「元気……とは言えねーか。前は部活終わったらここに通ってたけど、怪我してたからずっと来られなかったんだ」
「怪我……?」
「足。……俺、サッカーやってたんだ」

 口調は何気なく言ったけど、その笑顔が平気なことではなかったと物語っていた。

 私は、何も言えなかった。

 いや、単なるコンビニ店員が軽々しく言っていい言葉なんてない。

「……ごめん。急にそんなこと言われても困るよな」
「いえ、そうじゃなくて……!すごく辛かったと思うから、私なんかが軽々しく言えないかなって……」
「……はは、真面目なんだ」

 真面目ってほど、真面目でもないけど……その屈折のない笑顔を見て、少しほっとする。

「今日、会えてよかった」
「え?」
「俺さ……怪我が治ってから、初めてサッカーするんだ」

 サッカーの強化指定選手に選出されたという。
 合宿みたいなもので、これから東京にひとり旅だと、"かりんとうまんじゅうの君"は笑った。

「ちょ……ちょっと待ってて!」
「え?」

 慌てて店に戻り、かりんとうまんじゅうを棚にあるだけ両手に持って……

「店長!これあとで必ず買うんで!」
「え、ええ?」

 再び店を飛び出した。

「これ!持ってて!食べて!」
「いや、それ売りもん……」
「いいから!餞別!」

 押しつけるように渡す。

「……あっははは!」

 今度は声を上げて笑う彼に、ちょっと恥ずかしくなった。変なやつだと思われたかもしれない。

「じゃ、遠慮なくいただく。……この近くにいる黒猫も好きなんだ」
「えっ猫ってかりんとうまんじゅう食べるの?」
「食うんだな、それが」

 そう目を細めて微笑む彼こそが、気まぐれな猫のように見えた。

 そんな彼の目線が不意に下がる。

「ありがとう――名字さん」

 私の名字を呼ばれて、心臓が跳ねた。
 あ、名札……

「じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい……!」

 どんな気持ちで彼が旅立つのかわからないけど、その背中を送り出す。

 行ってらっしゃい――"かりんとうまんじゅうの君"


 *


 そんな"かりんとうまんじゅうの君"の名前が、"千切豹馬"くんだとわかったのは、偶然にもテレビを眺めているときだった。
 芸能人でもおかしくないルックスだけど、芸能人ではなくて、サッカーの試合でだ。

 足を怪我したと言っていた千切くんだったけど、フィールドを駆け巡る姿は、そんなことを微塵も感じさせなかった。

 気がついたら、両目から涙が流れていた。

 彼の身に起こったことなんて全然知らないのに、何ものにも縛られず走る姿に――


「……よかったね……千切くん」 


 ただただ、そう思った。


 *


 相変わらず、私はあのコンビニで働いている。

「店長〜エリアマネジャーから電話です〜」
「今接客中で手が離せませんって言ってー」
「えええ……」

 そして、いつの間にか店長になっていた。成り行きで。

「おい、姉ちゃーん!俺がいつも買ってるクリームパンがないってどういうことだよ!?」
「すっすみません……売り切れてしまって……」
「切らすんじゃねーよ!俺はお客様だぞ?すぐに用意しろよぉ」

 コンビニで、切っても切れない、クレーマ。
 また今日も来たらしい。作業をやめて重い腰を上げる。

「お客様、代わりにこのチョココロネはいかがでしょうか」
「あ?なんだよ、女の店長がでしゃばんじゃねーよ!俺はこのねーちゃんに接客というものを教えてんだよ!」
「店員を悪質クレーマから守るのも店長の役目なので」
「あ……悪質クレーマって俺のことかよ!?ふざけんなっ、客の俺は神様だぞ!」
「神は死にました」
「……ニーチェかよ!」

 某漫画みたいに上手くはいかなかったけど、チョココロネを根気よくすすめたら、しぶしぶクレーマおじさんは買って帰ってくれた。

「――はは。名字さん、強くなったじゃん」
「っ千切くん!」

 ……あ、その姿を見て思わず、馴れ馴れしく名前を呼んでしまった。
 一瞬きょとんとした顔に慌てて謝る。

「すみません、テレビで観て……」
「ああ、別にいいよ。それより、店長になったんだ。すげーじゃん」
「いえいえ……千切くんの方がすごいよ。サッカーしてる千切くん、初めて見たけど、すごくかっこよかった!」
「……さんきゅう」

 また馴れ馴れしく話ししちゃって焦ったけど、千切くんは照れくさそうに笑ってくれた。

「……今日は2週間のオフで、こっち戻ってきたんだ」
「そうなんだ……あ、黒猫なら元気だよ!」
「あの黒猫、知ってんの?」
「帰り道にかりんとうまんじゅう見せたら寄ってきたからすぐわかったよ」
「……やっぱ現金なやつ」

 きっと千切くんは猫が好きなんだろう。
 千切くんは昔のように、かりんとうまんじゅうとペットボトルを持ってきて、会計する。

「……あんたはずっとここにいる?」
「え?」
「このコンビニに」
「うーん、異動がなければ……?」

 店長になったばかりだから、異動の話はすぐには来ないと思うけど……

「俺がいない間、黒猫の面倒見てくれる人がいないと困るし……」

 千切くんは長い赤髪を耳にかけながら、こちらを見る視線は射抜くようなもので……

「またいつ帰ってこれるかわかんねーけど……俺、ここ来たら、あんたから買いたいと思ってんから」
「…………」

 見事に射貫かれた私の心臓。……このコンビニに骨を埋めようかな。

「じゃ、黒猫に会ってくる」
「あ、行ってらっしゃいませ」
「しばらくこっちにいるから、また来る」
「お待ちしております」
「……なにその敬語」

 おかしそうに吹き出して、千切くんはコンビニを後にした。

 自動ドアが閉まった瞬間。

「てんちょ!てんちょ!あれ脈ありですよ、脈あり!」
「脈あり!?いやいや、違うでしょう」

 何がどうなったらあれが脈ありに見えるのか。

「だって、ただの店員にあんなこと言わないですよ!」
「いや、社交辞令かもしれないし……」

 若い子はすぐに恋愛と結びつけようとするから困る――。
 おしゃべりはそこまでと、仕事を再開。
 自動ドアが開き、いらっしゃいませ……という言葉は途中で止まった。

「千切くん……?」

 戻ってきた千切くんを不思議に見る。

「あ、忘れもの?」
「……そ。忘れもの。やっぱこれ渡しとく」

 そう渡されたのは、メモの切れ端。

「俺の連絡先」
「……」
「気が向いたら連絡して。"青の監獄ブルーロック"に戻るまでなら出られるから……」

 そう言って、たぶん、今度こそ千切くんは行ってしまった。

 ただ、呆然とその場に立ち尽くす。

 きゃーきゃーと騒ぐ新人ちゃん。なぜか「おめでとう」と、拍手をするお客さん。
 メモの切れ端を改めて見て、書かれた文字に、にやけそうになる顔。

 そのメモは大事にポケットにしまった。


「……店長、早退してもいいですか」
「だめで〜す♡新人ひとりにしたらお店回らないじゃないですか〜!」


 だって、今日はもう、まともに働けそうにない。



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