Happy Halloween!

 今年の夏は猛暑で残暑も厳しかったが、10月の後半ともなると、ぐっと涼しくなってやっと秋らしくなった。

 上着を羽織って、忘れ物がないか確認をする。
 身支度ができると、部屋を出た――。


「あら、世っちゃんお出掛け?」

 玄関で靴を履いていると、声をかけてきたのは母さんだ。

「うん、ちょっと……」
「デート、楽しんできてね」
「……!?」

 その言葉にぎょっとして振り返る。相変わらずニコニコ笑っている母さん。たぶん、本気で怒った顔は今まで見たことがない。そんなことよりも……
(なんでデートだってわかったんだ……!?)
 高校二年生で親に「彼女ができました」と律儀に話すヤツはいないだろう。当然俺も話していないし、匂わせてもいない……ハズ。

「仮装はしていかなくていいの?」
「え、仮装?」

 続いて聞かれた謎の問いに聞き返す。

「だって、今日はハロウィンでしょ」

 ああ、そういうこと……。確かに今日は10/31でハロウィンだけど、仮装するとか約束はしていないし、ああいうノリはちょっと苦手だ。(渋谷のお祭り騒ぎとか……)

「仮装は別にしないよ……とにかく、行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい」

 家を出て、なまえとの待ち合わせ場所へ向かう。
 時間より少し早めに着いたので、待ちながら仮装をしている人たちを眺めた。

(うわ、すげー……本格的)

 どちらかというと田舎の埼玉で、こんな風に仮装をしている人を見かけるとは、いつの間にかハロウィンは日本に浸透したんだなと思う。

「あ、世一〜!」
「おう――」

 その声に振り返れば、俺の彼女である……

「「え!?」」

 お互い、たぶん同じような驚き顔で見合わせた。

「なにその格好!?ナース?」
「世一こそ!なんで仮装してないの!?」

 え、なんで仮装してないのって言われても……

「今日はハロウィンだよ。ハロウィンにデートって言ったら、仮装するのがお決まりでしょ?」
「いやいや、知らんし」

 てっきりなまえは俺が当然のように仮装してくると思っていたらしい。そういう思い込みが強いところがあるんだよな……。
 まあ、そこがほっとけないところでもあるけど。

「まあ、いいや。ハロウィンフェスティバルに行こう!」
「ハロウィンフェスティバルなんてやってんだ……だから仮装してる人が多かったのか」
「そうそう。ねえ、私のゾンビナースの仮装どう?」

 これ、ゾンビナースだったのか。改めて見ると、コート下のピンクのナース服には確かに血飛沫を浴びたような血糊がついている。

「どうって言われても……」
「可愛い?」
「……まあ……」
「ナース、嫌いだった?」
「…………嫌いじゃないっす」


 好きな子のナース姿が嫌いな男なんて、いるわけねー。


 ◆◆◆


 ハロウィンフェスティバルとやらは、駅前の大通りで行われていた。
 飾りつけはもちろん、食べ物や雑貨などの屋台も出ている。

「見て見て、衣装が売ってるよ!」
「衣装?」

 なまえに手を引かれて向かった先。ハンガーラックに子ども向けの衣装が並べられていた。

「血だらけのシャツ!世一どう?これなら上着の下に着られるし」

 小さい子だけでなく大人用も。なまえが手にしているのは、血糊がついてるだけでなく、裾もボロボロに加工されたシャツだ。

「いや、でも……」
「私に襲われた設定ね」

 突拍子のない言葉に吹き出す。

「襲われた設定ってなんだよ、それ」

 まあ、シャツ一枚なら金額も高くないし、せっかくだから買って着てみるか。
 俺って流されやすいのかな……って思っていたら。

「世一って、流されやすいよね」

 なまえからも言われた。自他共にらしい。とりあえず、近くのトイレで着替えてくる。さりげないけど、これで俺もハロウィンの仲間入りだ。

「わぁ、いいね!ばっちりハロウィン!あとはこれを着ければ……」
「猫耳?」

 なまえの手にいつの間にか持っていたのは、猫耳カチューシャ。

「世一を待ってる間に可愛くて買ったの。私からのプレゼント」

 なまえは背伸びして、俺の頭に猫耳カチューシャを付けた。
 近づいた距離に、シャンプーなのか良い香りが鼻を擽る。こちらの心臓は跳ねたというのに……知りもせず、なまえは無邪気に笑う。

「うん、完璧!可愛いっ、よく似合ってる」
「猫耳似合っても嬉しくねーよ」

 釣られて笑ったものの、絶対俺なんかよりもなまえの方が似合うのに。
 ……猫耳ゾンビナースか。いいかも。


「なにか食べる?」
「うん、食べたい。あ、りんご飴が売ってる」
「りんご飴って夏祭りじゃなくてもあるんだな」

 屋台で買い食いしながら辺りをブラブラ歩く。もともと散歩が好きだから、こうして気ままに歩くのは嫌いじゃない。

「世一、写真撮ろう!」

 なまえが指差すのは、ハロウィンの写真スポット。こういった場所で写真を撮るのは、人の目があるからちょっと苦手だ。
 先にカップルの写真を撮ってあげて、ちゃっかりなまえは、自分たちの写真もお願いする。

「じゃあ私、襲うポーズするから、世一は襲われるポーズね」
「マジか」

 最初の設定は忘れていなかったらしい。襲われるポーズってどんなんだ?と思いながら、なんとなくそんなポーズをしてみる。

「ありがとうございます!」

 嬉しそうにスマホを受け取るなまえは、写真をチェックして、おかしそうに笑った。

「あははっ、世一、私に襲われてる!」
「襲われろって言ったのはそっちだぞ」

 画面を見せてくれる。ゾンビナースに襲われる猫耳男。これはこれで、楽しい思い出……かもしれない。


 日が落ちて、辺りのジャック・オー・ランタンから暖かなオレンジの光を放つ。
 来月あしたになれば、それはイルミネーションに変わるだろう。

 秋から、季節は冬に向かう。

「……世一。クリスマスのイルミネーションも一緒に見にいこうね」

 同じ景色を見て、同じことを考えていたのか、なまえは俺の肩に寄り添いながらそう言った。(俺も……一緒に見たい)

「……ごめん」

 心の中とは違う言葉が、口から出た。
「え……」そう声をもらし、なまえの足が止まる。同じように立ち止まって口を開く。

「じつは、俺……」

 ――全国高校サッカー選手権埼玉県大会決勝戦。敗退したのは、つい先日のことだ。
 落胆していた俺に送られてきたのは、日本フットボール連合からの手紙。
 そこには、強化指定選手に選出されたと記載があった。

「正直、なんで俺が選ばれたのかわかんないけど、行って来ようと思うんだ」

 だから、初めてのクリスマスも、初めてのお正月も、きっと一緒に過ごせない。連絡さえ取れないかもしれない。でも……

(待っていてほしいなんて、自分勝手だよな……)
「……なんだ。もう、びっくりしたなぁ」

 笑うなまえの声に、地面から顔を上げる。
 あ……え……!?

「なまえ、泣いて……」

 やべ、俺泣かした!?笑顔なのに、その涙を拭う仕草は紛れもなく。慌てていると「違う」という声。

「違くもないけど。……フラれたと思ったから」
「ご、ごめん」

 その言葉に、不安だったのは俺だけじゃなかったと気づいた。

「……俺が、フるわけないだろ」

 俺がフられるならともかく。……いや、フられる覚悟だった。

「今年は一緒に見にいけないかもしれないけど、来年とかさ……見にいこうよ」
「……世一、回りくどい」
「う……」

 ダメ出しを食らった。小さく深呼吸をしてから、今度ははっきりと言う。

「俺が戻って来るまで、待っていてほしい」

 いつになるかわからないけど……でも、必ずなまえの元へ戻ってくるから。

「……いいよ。待ってる」

 その言葉が返ってくるまで数秒だったのに、長く感じた。緊張をほどき、ほっと息をつく。

「てか、世一すごいね!あの試合でも一番活躍してたし、納得だよ!」
「いや、本当になんでかわかんないけど……行くからには頑張ってくる」


 ――なまえと別れたくない。

 これが本音であり本心だった。もしかしたら、その覚悟が必要だったのかもしれないけど……。

 それでも、ずっと好きだったから。手離したくなかった。

「じゃあ、今日はとことんハロウィンを堪能しよう!」
「まだすんの?」
「だって、定番のあれまだやってないよ」
「……ああ。トリック・オア・トリート?」

 ハロウィンの定番の合言葉。

「残念ながらお菓子はないから……世一、悪戯していいよ」
「今の言ったことになる!?」

 悪戯って言っても……ほら、人の目もあるし……。いや、別に変なことをしたいわけじゃなくて!

「世一?」

 心の中で弁解していたら、首を傾げてじっとこっちを見るなまえ。今の悟られていないよ……な?

 その手を引くと、少し道から逸れる。

「じゃあ……、眼を閉じて」
「……ん」

 薄暗いなか、なまえが眼を閉じたことを確認すると……頭のカチューシャを取って、逆になまえの頭に装着。

「はは、やっぱり猫耳似合うな」

 ナース(ゾンビだけど)に猫耳って、これぞ萌えの究極じゃないだろうか。

「……もう。こういう悪戯ね」
「……どんな悪戯だと思った?」
「べっつにー」

 プイッとそれこそ気まぐれな猫のように背を向けたなまえ。

 ――歩き出すその前に、後ろから抱き締めた。

「なまえ……ありがとう。待ってるって言ってくれて、すげー嬉しかった」
「……悪戯が過ぎるよ、世一」
「悪戯じゃねーっての」

 くすくす笑うなまえに、俺も笑う。
 これは、最後のハロウィンじゃない。

「来年は、世一のためにきんつば用意しとくね」
「マジ?嬉しい!……って、来年はなまえに悪戯できないってわけか」

 未来の約束が、離れていても俺たちをきっと繋いでくれる。


 Happy Halloween!


 どこかでそんな、楽しげな声が聞こえた。



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