王様な恋人

『馬狼照英!圧巻のハットトリックを決める!!』

 スマホの画面に映し出されたスポーツニュースの見出しだ。
 王者とも悪役ヒールとも言われる彼は、日本サッカー界を代表する選手の一人。

「……あれ、名字先輩。サッカーなんて興味あったんすか?」
「ん、まあ……」

 最近入社した新人社員くんに上から画面を見られ、曖昧に返事をする。
 お昼ご飯を買いに行っていた彼は、片手にはスタバの甘そうなフラペチーノに、もう片手のコンビニ袋にはカップ麺と、なんとも身体に悪そうな組み合わせの昼食だ。

「かっこいいっすよね〜馬狼選手。男が憧れる男っていうか……」
「でしょ!?男から見てもかっこいいのよ」

 私は今までの人生で、彼以外にかっこいい男を見たことがない。
 ストイックで、自信満々で……態度や口は悪いけど、実力が伴っているからそれは魅力になる。

「……なんで先輩が誇らしげなんですか?」
「え?そ、そお?」

 普段はポンコツな仕事っぷりなのに、新人、鋭いな……。いや、それほど態度に出ていたのかも知れない。

 何故なら馬狼選手は――……

「なまえ、そんなに馬狼選手に入れこんじゃって、そろそろ彼氏が出張から帰ってくるんじゃなかったっけ?」
「へぇっ、先輩の彼氏さんってどんな人なんすか!?」

 同僚の彼女が買い物から戻ってきて、その話に食いつく新人くん。曖昧に笑いながら「男らしい人」とだけ答えた。

 出張ではなく、正確には遠征から。
 ちょうどスマホが鳴って、その彼からの連絡だ。

 "急遽、今日帰れることになった"

「っ!?ごほっ……ごほっ」
「ちょっ大丈夫?」

 目に飛び込んだ文面に、飲んでいたお茶が思いっきりむせた。今日……今日!?

「……まずいかも」
「なにが?」
「彼氏が急遽今日帰ってくるらしくて、早く家へ帰って片付けないと……!」

 合鍵を渡してあるから、きっと直行してうちに来るはず。

「はは、先輩んちって汚部屋なんすか。あ、それとも二股かけてて浮気相手の荷物が……」
「シャーラップ!!」

 失礼な後輩め!どちらでもないけど、しいて言えば前者だ。汚部屋とまではいかないけど、最近は疎かにして部屋は散らかっている。

 今日はなんとしてでもノー残業デーだ!

 お昼休みも終わり、気合いを入れて仕事を片付けていく。……うん。この分だと定時には終わらせそう。
 駅の到着時刻からも、急いで家に帰れば……

「先輩……!ヘルプっす!パソコンの画面が動かなくなっちゃいました!」
「はあ!?」

 こういう時に限って、トラブルは起きるものらしい。パソコンの再起動、データの復興作業……。いつも体感時間が長いのに、今日は早い。

「ほらなまえ、定時だよ。変わるから先に帰って帰って!」
「ありがとうっ!」

 優しい同僚とバトンタッチすると、急いで荷物をまとめて会社を後にする。
 駅まで走って電車に乗り込み、再び家まで走った。痛感する体力不足。

 自宅のドアを開けると、目に飛び込んだ光景に、がっくり肩を落とす。

 遅かった……!

 それは、玄関に揃えられた男物の靴に対してではなくて。

 塵一つないピカピカの玄関。同じく曇り一つないツヤツヤの廊下。我が家なのに、我が家じゃないみたい。

「おう、なまえ。おかえり」

 私の花柄のラブリーなエプロンを身につけて掃除機をかける、馬狼照英がこちらに顔を向けた。

「照英、帰ってくるの早くない……?」
「予定より早い新幹線に乗れてな」

 手を洗うおうと洗面台に向かうと、そこも新築のようにピカピカだった。
 もしやと思い、風呂場へ……。

「日本サッカー界のエースにここまで掃除をさせるなんて……!」

 私の良心が痛む。だから先に早く帰ってきたかったのに。彼がいくら綺麗好きで掃除が趣味とはいえ、ここまでさせて申し訳ない気持ちしかない。

「ごめんっ!だいぶ部屋散らかってたし、大変だったでしょう……?」
「俺が好きにやったことに謝んな。それに、まだエースじゃねえよ。潔の野郎をぶっ潰してねえからな」

 照英の口から出た"潔選手"は、彼が一番ライバル視している選手だ。"青の監獄ブルーロック"時代に色々あったらしい。
 いつだって現状に満足せず、さらなる高みを目指す照英はかっこいい。花柄のラブリーなエプロンを身につけているのに。

 私と照英は中学時代からの付き合いだ。

 告白は私から。外見も中身もかっこいい彼に惚れて。照英のサッカーに対する向き合い方は昔も今も変わらない。
 やれ練習だ、やれ試合だ、やれ日課のルーティンだとろくにデートをしたこともなかったけど、常にサッカーの王者であろうとする彼が、私は好きだった。

 今や日本代表を背負う選手の一人。
 本当にすごい人だと思うし、尊敬している。

「……おかえり、照英」

 目を閉じて、唇を突きだすようにすると、表情が綻んだ雰囲気と柔らかい感触に唇を塞がれた。
 目をゆっくり開けると、サッカーの時のゴールを喰らうような肉食獣の眼ではなく、優しい眼差し……

「そういや……コロコロの替えが見つからなかったんだが」
「……あーコロコロの替えは切らしてたかも」
「お前、コロコロの替えは切らすな。常に用意しておけよ」
「……はい」

 久しぶりに会ったのに甘い雰囲気は皆無である。まあ、いつもこういう感じだけど。

 すべてはこの王様の気分次第。

「買いに行ってくる」
「え、今から!?」

 そう言ってエプロンを脱ぐ照英。財布だけを持って身軽に出掛けようとしている。

「ついでに冷蔵庫の中身にまともなもん入ってなかったから、そっちの買い出しもしねえとだろ」
「う……」

 独り暮らしで疎かになるのは、掃除だけでなく自炊もで……。しかも照英は掃除だけでなく料理もこなせる。というかなんでもできる。

 このままだと彼女の面子が……!

「それともどっか食いにいくか?」
「待って、私も買い物一緒に行く!夕飯は私が作るから」
「ヘタクソが作ったってまずいだけだろう。俺が作った方がうまい」
「レシピ見て作ればおいしく出来上がるもの!」

 これはなんとしてでもおいしい料理を作って、彼女の面子を保たなくては。

「手を繋いだらパパラッチされない?」
「知るか。見せつけりゃいい。つーかパパラッチって古いな」

 芸能人やアナウンサーなどモテるはずなのに、私を選んでくれた彼の為にも――。

「照英、なに食べたい?」
「プリン」
「いや、そうじゃなくて……」

 コロコロの替えに、夕飯の材料、デザートのプリンを買って、愛しい人と共に我が家へ帰る。



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