あの子、スマホデビューするってよ

 凪がその日登校すると、数少ない友人はクラスメイトに囲まれ、なにやら盛り上がっていた。
 なんで盛り上がってんだろう?とは思うが、首を突っ込むほどでもなく、素通りして凪は席につく。

「あ、凪、おはよう!」
「おーおはよう」

 席に着くなり、その友人であるなまえの方から話しかけてきた。むしろ、いつものことだ。万年寝太郎、不思議くんの凪に話しかける物好きは、隣の席のなまえだけ。凪に言わせれば、その物好きな彼女の方こそ不思議ちゃんだが。

「ねえ、凪。私ね……ついにスマホデビューするんだ!」

 先ほどクラスメイトと盛り上がっていた会話の内容を、なまえはウキウキと凪にも話す。

「…………へ?」

 凪のいつも眠そうな眼が、いつぶりかぱっちり開かれた。スマホデビュー……?その単語は凪にとって異文化の言葉のように感じ、何度も頭で繰り返す。

 スマホデビューって……

「じゃあ今までどうしてたの」
「え、ガラケー?」

 ガラケー……!?

 今度は信じられないという顔をした。
 三度の飯よりスマホゲーの凪にとって、ガラケーなんてもはや意味不明だ。そもそも、今時高校生でガラケー使ってるヤツなんて、絶滅危惧種じゃないの。

 驚愕する凪の表情に、不思議に思ったなまえは「これ」とポケットからガラケーを取り出す。小さくて、使い込まれたピンク色の二つ折りは、まさしくガラケーだ。

「すげー……!」

 純粋に驚く凪だが、あのいつも死んだ魚のような凪の眼がキラキラしていると、クラスメイトたちも驚いていた。

「マジでガラケーだ……!」

 凪が"携帯"というものを手にした時はすでにスマホだったので、ガラケーを触れるのは初めてだ。
 レトロで貴重な物を見ているような……こんなにワクワクするのも初めてかもしれない。

「中、見てもいい?」
「いいよ」
 
 凪は二つ折りをパカッと開く。画面ちっちぇー、画質荒いなー、それすらも感動もの。

「むしろよく、今までガラケー使ってたね」

 ありがとう、とガラケーを返す。

「壊れるまで使おうと思ってたんだけど、みんな連絡はLINEだし、不便に感じて思いきってね」

 これまで不便に感じなかったのが、逆にすごいなぁと凪は思う。

「凪はスマホでいつもなにしてるの?」
「え、ゲームしてるけど」
「スマホってゲームできるんだ!?」

 ……知らんかったんかーい。

 さすがに突っ込んだ。心の中で。むしろ、今まで自分がスマホで何をしていると思っていたのか知りたい。

「テレビも観られるよ」
「すごっ!?」
「漫画も読めるよ」
「漫画も!?あ、ぼのぼのだ」
「音楽も聞けるし」
「めっちゃ良い音!」

 なまえの素直な反応が面白くて、凪は次々とスマホの機能を披露した。
「うそ……スマホってなんでもできるんだね……」
 凪もすべての機能を使いこなしているわけでもないが。というかほとんどゲームしかしてない。

「やっぱり使いこなせそうにないから、シンプルで簡単なやつがいいな。お年寄りが使うような……」
「いや、それ逆に使いづらいと思うよ」

 さっき盛り上がっていたのは、どんなスマホがいいか、クラスメイトに調査していたらしい。

「いつ替え変えるの?」
「今日の放課後にでも」
「……なまえ、心配だからついてってあげる」
「え、本当?やったー」

 いつもスマホを眺めている凪なら頼もしいと笑うなまえ。(ずっと俺がスマホを眺めていると思ってたってこと……?)
 まあ、放課後はいつも玲王がサッカーをやろうと呼びに来るけど、断るいい口実ができた。玲王はめんどくさくないけど、サッカーはめんどくさい。
 この不思議ちゃんのスマホデビューについていく方が面白そうだし。そして、心配なのは確か。

 いらぬオプションや高額アクセサリーを押し付けられて、後から困っている姿が凪の眼に容易に浮かんだ。

「あ、でも凪、だめだよ」
「えー?」
「放課後は玲王とサッカーだよ」
「たまにはサボりたいお年頃だから、俺」

 毎日毎日飽きもせず玲王は迎えにきて、なんだかんだサッカーをやっているのだ。
 一日ぐらいサボったって罰は当たらないだろう。


 ―――そして、放課後。


「おーい。凪〜迎えに来たぜ!」
「きゃー玲王さまー!」

 黄色い声に出迎えられながら、今日も玲王はやってきた。

「あ、玲王。今日は無理」
「なんだ、凪。用事でもあんのか?」
「うん。なまえのスマホデビューに一緒について行くから」
「ごめん、玲王。凪を一日だけ貸して!」

 ……スマホデビュー?

 二人からワケをかくかくしかしかと聞いた玲王は、

「えっ、ガラケーだったの?すっげーマジじゃんっ」

 凪とほぼ一緒の反応をした。

「というわけで、今日はサッカーできないから。じゃ」
「こらこら、待ちやがれ」

 あっさりと行こうとする凪の肩を掴んで、引き留める玲王。

「俺も一緒にいく」
「いや、サッカー部は?」
「……一日だけサボったって罰が当たらねえだろ」

 あ、玲王。俺と同じ言い訳してる。

「そんな面白そうなこと、二人だけで楽しむなんてズルい」

 そう言って玲王もついてきた。(楽しむわけじゃないけど……)まあ、玲王がついてくるということはばぁやの車で移動できるということで、それはそれで楽チンだ。

「なまえはどんなスマホがいいの?」
「シンプルな、老人が使うような……」
「……いや。それ、逆に使いづれぇだろ」

 あ、玲王も俺と同じこと言った。


 ◆◆◆


「わぁ、色んな種類がある!この色可愛いなー」
「あ、俺が今使ってるのこれだ」
「凪が使ってるスマホ……」

 ずらりと並べられたスマホを、三人は見て回る。
(ゲームをするスペックが大事……)
 凪は自分の型と同じ最新のものを手に取った。自分のスマホはまだ現役なので、しばらく替えるつもりはないが。

「高いっ!」

 そんな声が店内に響いた。なまえは慌てて自分の手を塞ぐ。まあ、最初は驚くのも無理はないだろう。

「スマホって高いけど、安いのもあるよ」
「そ、そうなんだ。それなら安心。あ、玲王はどんなの使ってるの?」
「俺はこれ。最新のやつ」

 さすが、玲王。つい先日発売されたのに、もう乗り換えたんだ。感心する凪の横で、なまえは金額を見て「ひえっ」と声を出した。
 
「私、電話とLINEができればいいや……。友達とスムーズに連絡したいだけだし」
「でも、持ったら持ったで色々やりたくなるかもじゃん?」
「フツーのやつでも、新規でお得になるかも」

 ――玲王と凪は二人であれがいい、これがいいと話し、当の本人のなまえは蚊帳の外だ。
 ほぼ二人の意見で手頃なスマホが決まり、契約する際もほぼ玲王が対応し、数時間後……

「私のスマホ……!」

 ついになまえはスマホデビューを果たす。

「ありがとう、凪、玲王。私ひとりならちんぷんかんぷんだった」
「無事、なまえがスマホデビューできてよかったね」
「んじゃ、さっそく俺たちとLINE交換しようぜ!」

 まずはLINEアプリをダウンロードだ。玲王に教えられながらなまえは登録する。

「できた……!どうやって交換すればいい?」
「スマホを振ればいいよ」
「もう凪〜さすがにそれは冗談でしょ」
「俺、めんどくさいから嘘つかないし。ねえ、玲王?」
「いや、めんどくさいを回避できるなら嘘つくだろお前。振って交換できるのはホント」
「え、本当?振ればいいの……!?」
「いや、ただ単に振っても交換できねぇ」

 スマホを振るなまえに、凪は小さく吹き出す。面白い。再び玲王が手解きし、三人はふるふるで交換できた。

「本当に交換できた……。スマホを振って交換できるなんて不思議……」
「じゃあ、なまえ。家に帰ったら俺と凪にメッセージを送るのが宿題な」
「三人のグループって、これいる?」

 同時に作られた、凪にとっては初めてのLINEグループ。きっと、あまり俺は顔を出さないだろうなぁ。当然、LINEのやりとりもめんどくさい。

(まあ、来たら返してやるか。……たまには)


 ――その夜。玲王が宿題と言ってた通り、なまえからメッセージが来た。

(初っぱなから誤字ってる)

 ……ちょっと可愛い。

 "間違えた、恥ずかしい。ちゃんと届いたかな?"

 "ちゃんと届いたよ"

 "よかった!"

 LINEなんて滅多にやらないのに、凪にはお気に入りのスタンプがある。押してみた。ぽんっ。

 "かわいい!なにそれ!?"

 予想通りの驚いた反応。謎の生き物のイラストに、お気に召したのは意外だったが。親に送ると「なにそれ変」と言われる。

 "スタンプ。スマホデビューのお祝いにプレゼントしてあげる"

 "ありがとう凪!めっちゃ嬉しい!"

(……いや、スタンプ押しすぎ)

 ぽん、ぽんと喜びのスタンプ連打。画面を見守る凪の口角は、自然と上がっていた。

 "玲王からもスタンププレゼントされた!"

 その後、玲王にもスタンプ攻撃をし「もっと可愛いスタンプを使え」とプレゼントされたらしい。

(それでクロミちゃん……?)

 今度はサンリオキャラクターのスタンプが続く。
 しばらくは、自分のスマホのLINE通知は鳴り止まなさそうだ。





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2020年5月にLINEふるふる機能は提供終了しておりました。
クロミちゃんはサンリオコラボで玲王とのコラボから。



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