それは、ある日の"青い監獄"での練習試合でのこと――。
「マジか……」
「いや、無理だろ……」
「ふざけんなァ!!」
さあ、試合が始まるという直前で、なにやら揉めるチームZ。
「無理かはやってみなきゃわかんないじゃん?」
「いや、わっかんだろ!」
その中心にいるのは、蜂楽だ。
「す、すまん。蜂楽は俺のために……」
「だからって……ねえ?」
オロオロする伊右衛門。何故、こんなことになったのか。きっかけは数日前、伊右衛門が蜂楽へ"ある頼み事"をしたことから始まる――。
「……蜂楽、頼み事があるんだが」
「え!?伊右衛門さんから!?こりゃ明日は雪が降るね」
よくある冗談を口にする蜂楽だったが、伊右衛門は変わらず暗い顔をしていた。
深刻なこと?でも、そしたら俺なんかにそんな大事な頼み事をするかなー。自分でそう思いながら、蜂楽は伊右衛門の次の言葉を待つ。
伊右衛門は重い口調で切り出した。
「俺……自分で言いたくないんだが、"青い監獄"で影薄いよな……?」
へ、影?蜂楽は一瞬きょとんとしたが、伊右衛門にとっては深刻なことらしい。
「まぁ確かに♪もしかして、バリバリ目立ちたいって話?」
「いや、目立たなくていいんだが……脱落しないくらいには存在感を出したくてな」
確かに、ここ"青い監獄"では存在感は大事かもしれない。
ストライカーとしてのエゴを試されているわけで、エゴが強い奴らはみんなサッカーも強くて、個性的で変な奴らばかりだ――と、蜂楽は考える。
「ふむふむ……それで俺になにか派手なプレーを教えてほしいと?なんで俺?」
「蜂楽は教えてくれそうだから、かな。他の奴らは話も聞いてくれなさそうだし……」
「はは、偏見入ってる!でも、オッケー!いつもお世話になってるしね」
「おぉ、蜂楽……ありがとう……よろしく頼む」
伊右衛門は誰もやりたがらないGKを担ってくれて、自分の練習にもキーパーとして付き合ってくれる。
それぐらいの頼み事、お安いご用♪
――こうして、蜂楽による伊右衛門プロデュースが始まった。
「ドリブルテクニックでもいい?」
「おう、もちろんだ!」
「じゃ、いくよ――!」
蜂楽のテクニックを体感しながら、伊右衛門は派手な動きを練習する。武器はオールラウンドと言うだけあって、伊右衛門はなかなかの器用さを兼ね備えていた。
「うんうん、いい感じ!」
「そ、そうか?」
「和製ロナウジーニョみたい♪」
「それは褒めすぎだろう」
褒められて、素直に照れる伊右衛門。
伊右衛門のポテンシャルなら試合でもきっと活躍する――そう思った蜂楽だったが「あ!」と気づいた。
「伊右衛門、GKだから披露する場面なくない?」
「……!」
蜂楽の言葉に今気づいたと驚愕の表情をする伊右衛門。
最初から今までGKポジションだった。
いくら技を磨こうが、披露するステージがなければ意味がない。だが、きっと代わってくれる物好きはいないだろう。
ここにいる全員、ストライカー志望であり、世界一のストライカーになるために競い合っているのだから。(それは俺もなんだけどな……)
「大丈夫!俺にまかせて!」
自信満々の笑みを見せる廻に、不思議に思う伊右衛門だったが……
試合直前にその意味がわかった。
なんてことはない、単純なことだ。蜂楽が伊右衛門の代わりにGKをやるというもの。
…………ん?蜂楽が!?
「マジか……」
「いや、無理だろ……」
「ふざけんなァ!!」
――そして、冒頭に戻る。
「ちなみに蜂楽……GKやったことあんの?」
「え?やったことないよ♪」
潔の問いに当然というようににっこり答える蜂楽。むしろ今までポジションはFWしかやったことがない。
「絶対無理じゃん!キーパーは伊右衛門じゃなきゃだめだって!」
今村の言葉に、うんうんと皆も頷く。
「無理かはやってみなきゃわかんないじゃん?」
「いや、わっかんだろ!」
「ボール蹴れるんだから取れるよ!」
「全然動作がちげぇだろうが!?」
「じゃあ雷市、俺の代わりにキーパーやってよ」
「なんでお前の代わりなんだよ!GKは伊右衛門で上手く回ってたろ!」
お互いに一歩も引かない蜂楽と雷市。
「す、すまん。蜂楽は俺のために……」
オロオロしながら伊右衛門は、皆にこうなった経緯を話した。
「だからって……ねえ?」
皆は納得するも、了承できずにいた。ただの練習試合ならともかく、ここは"青い監獄"。
生き残りをかけているので、たかが練習試合でも命懸けの真剣勝負だ。
しかも対戦相手はチームX。フィールドに君臨する暴君ストライカー、馬狼のいるチームだ。
あの馬狼の高精度ミドルシュートを蜂楽に止められるか?
「〜♪」
……いや、無理だろ。
キーパーグローブをつけて、腕を伸ばす蜂楽を見て、全員が思った。何故か本人はやる気満々だが。
『チームZ、早く試合を始めなさい』
アナウンスに急かされて、しぶしぶチームZは整列する。
こうなったらもう腹を括るしかない。
「……あ?パッツン前髪がGKとはどんな愚策だ。舐めた真似しやがって」
馬狼の言葉に(好きでこうなったんじゃねえ!)と皆は心の中で叫んだ。
「と、とりあえず勝てばいいんだ勝てば!南無三!」
「ゴールは俺にまかせて!」
「(不安だな……)」
「(超不安……)」
「(不安だ……)」
再び皆が心の中で呟いていると、雷市が潔のビブスを乱暴に掴み上げて叫ぶ。
「いいか!?てめぇら!最終ラインは死んでも死守すんぞ!」
「なんで俺掴むの!?」
「ま、やるっきゃないよな」
「ああ、やってやるぜ」
千切と國神、顔を見合わせ頷く。ちなみに二人は、取られてもその分「俺が」取り返せばいいという考えだ。
「オラァ!!」
気合いを入れる雷市を見て「あのDFを嫌がってた雷市をやる気にさせる蜂楽すげーな」と、成早が呟いたところで試合はスタートした。
KICK OFFはチームZから。駆け上がる皆の姿を、一番後ろから眺めるのは新鮮だ。
(期待してるよ、伊右衛門)
そう考えてゴールを守備する蜂楽だったが……
(あー……GKって暇。今日はいい天気だなぁ……脱獄したーい……)
開始数分ですでに飽きていた。本来なら味方が攻めている時でも、守備について思考を巡らせたり、カウンターを警戒したり、ちょっとストレッチしてみたりと、GKでもやることは色々ある。
「コラ蜂楽!ぼーっとすんな!」
「……あーい」
すかさず雷市から怒声が飛んできた。
前半25分――早々に蜂楽の出番が来るかもしれない展開になった。
馬狼が突進してきて、一人また一人とディフェンスを躱して突破してくる。
「やばい!馬狼止めろ!」
「わかってる!潔、挟むぞ!」
「おう!」
焦った声が飛び交う。蜂楽は腰を落として「来い!」と構えるが、馬狼は集まってきた人数を見越して翻弄する動きだ。
「愚民ごときに俺は止められねえよ」
馬狼の強烈なシュート。たとえ蜂楽が止めたとしても、一緒に吹っ飛ばされそうな勢いだ。
「おりゃあ!!」
「!?……チッ」
その横から脚が飛び出し、ボールをカットした。
「ナイスカット!伊右衛門!」
「蜂楽!」
「ほいさ!」
オールラウンダーらしく、見事ディフェンスを完璧にこなした伊右衛門。
蜂楽は伊右衛門の声に弾かれ、ボールを掴み、味方にパスする。
最初の危機を脱したチームZ。その後は点を取られ取り返しての白熱した試合になった。
結果は3−3の同点。両チームとも敗北よりくやしい結果かもしれない。
伊右衛門は前線で活躍は見せたものの、自分がゴールを決めることは出来ず、くやしそうな表情をしていた。
そんな伊右衛門にポン、と手を置いたのは國神だった。
「お疲れ、伊右衛門。お前のサッカーを見せつけたんじゃねーか」
「國神……ああ、そうだな」
「まあ、アレだな」
そのあとを雷市が続く。
「あの馬狼のシュートを止めたのはイカしてた」
「おー、あれはよく止めた」
「すごかったぜ!」
「後半の馬狼を牽制する動きもよかったよな」
「ディフェンス以外はないのか……!」
我牙丸、イガグリ、千切の言葉に伊右衛門はがっくり肩を落とす。
「でも、オールラウンダーってだけあって、伊右衛門がいて安定したよな」
「潔……ありがとう」
さりげない潔のフォローに優しいと、伊右衛門は胸をじーんとさせた。
「やったね、伊右衛門!」
「ああ!蜂楽のおかげだ」
「それに俺、気づいたことがあるんだ」
伊右衛門だけでなく、他の者たちも蜂楽の次の言葉を待つ。
「俺ってGK向いてないと思う」
「わかりきってたことだろうが!!3点も取られやがって!」
けろりと言った蜂楽に、雷市は火を吹いた。
「俺がいなきゃあと3点は取られてたからな!?」
「3点は盛りすぎでしょー!」
「ハラハラしたよなぁ〜!」
「たしかに心臓には悪かったな」
成早の言葉に苦笑いを浮かべながら同意する潔。
「やっぱGKは伊右衛門ってことで」
「ふっ……だな」
「だって、チームZの守護神だしぃ♪」
「うん、安心してゴールを預けられる」
千切と國神、蜂楽と潔の言葉に、今度は全員が満場一致で同意した。
「……ああ、わかったよ!やれるとこまで俺がキーパーやってやるよ!」
◆◆◆
伊右衛門は責任をもって一次選考突破までGKを全うした。
――そして、二次選考1stステージ。
「よし、次は俺の番だな。行ってくる」
「じゃあな、伊右衛門!」
「せいぜいくたばんじゃねーぞ」
「また、会おうぜ」
ジャンケンで7番目になった伊右衛門は、イガグリ、雷市、久遠に見送られ「1st STAGE」と書かれた部屋に入った。
「なんだ、ここは……」
だだっ広い何もない空間。ただ足元は芝生なので、これからサッカーをするのだということはわかるが……。
「!」
いきなり壁の一部の壁からボールが放出されて、伊右衛門はトラップする。
「は……!?なんだありゃ……!?」
続いて現れたのは、ヒト型の幻映像。その後ろには「GoAL ZoNE」という文字と共にゴールネット。
「……っ!」
伊右衛門は眼を見開き、言葉を失う。"青の監獄"のテクノロジーに驚いているのでは――ない。
「専用のGKがいるなら最初から出せよおぉぉ……!!!」