糸師凛、15歳。中学三年生。
学校での凛は、クールで取っつきにくくて少し怖い……という印象を周囲からもたれている。
その印象通りに、凛は自分から必要以上に話しかけないし、自分のことも聞かれたこと以外は話さない。
クラスメイトが凛について知っていることといえば、サッカーのクラブチームに所属していてエースらしいということ。同じくサッカーがうまい兄がいるということ。
頭が良さそうに見えるのに、テストの点数は壊滅的にひどくて、でも、英語の授業は完璧――ぐらいだ。
「糸師ってまつ毛長いよな……」
「うん、長い。とくに下まつ毛な」
長いのは睫毛だけでなく、身長も学年で頭一つ分抜け、すらりとしている。涼やかな整った顔立ちということもあり、女子からは密かな人気もある。
凛は、クラスから一目置かれる存在だった。
「……うん!凛って、サッカーだけでなくやっぱり絵の才能もあると思うな」
「人の絵を勝手に覗くな」
――小学校からの付き合いのなまえは、周囲よりももう少し凛のことを知っていた。
じつは得意科目の一つが美術とか、好きな食べ物はお茶漬けとか、こう見えてお兄ちゃん子とか。
「フクロウ、かわいい〜」
「かわいいじゃねえ。かっこよく描いたんだよ」
あと、動物ではフクロウが好きらしい。
美術の授業で「好きな動物の絵を想像して描く」というもので、凛が描いたのは眼が真ん丸のフクロウだった。
「そっちはなに描いたんだ?」
「私は……」
なまえは小走りに座っていた席に戻り、絵を持ってきて凛にじゃーんと見せる。
「……牛のクリーチャー?」
「失礼な!どこからどう見てもパンダでしょ」
「どこをどう見てもパンダには見えねえよ」
鼻で笑う凛に、なまえはむっとしながらどこがどんな風にパンダかと説明した。凛は右から左へと聞き流すが、この絵は嫌いではない。
不気味感がある絵はホラー好きの凛に刺さるものがあり、まずまずという評価を下す。
「フクロウっていえば、最近駅の方でフクロウカフェできたの知ってる?」
「フクロウカフェ?」
美術室から教室に戻る途中、なまえは隣を歩く凛に話しかけた。いつも冷めている凛の眼が、興味津々になまえを見つめる。
「なんだそれ?」
「猫カフェってあるでしょ。あれのフクロウバージョンで、フクロウを間近で見られたり、腕に乗せたりできるんだって」
「へぇ……」
今度は興味を失ったような声で凛は答えたが、内心は違う。
フクロウカフェ……すごく惹かれるものがある。
凛が本物のフクロウを見たのは、小学校の遠足で動物園の檻越しだけだ。それが間近で見られるだと……?しかも腕に乗せられる……?
(鷹匠みたいなものか……)
――かっこいい。凛の少年心が擽られる。……行ってみたい。行ってみたいが、ここで素直に「なまえ、一緒に行かね?」なんて、誘えない少年凛だ。
「ねえ、凛。一緒に行ってみない?」
そう考えている内に彼女の方から誘ってきた。よしっ、と心の中でガッツポーズをする凛。
「あ、でも凛はサッカーでいつも忙しいよね」
いや、そんなことはない。確かに日々の大半をサッカーに注ぎ込んでいるが、休日もちゃんとある。ほぼホラー三昧の。
「……空いてる日もある」
ぽつり。回りくどい肯定の言葉だったが、なまえはにっこり笑って、その日に行こうと約束をした。
◆◆◆
当日の待ち合わせ場所に、凛は早めに着いたはずだったが、そこにはすでに待っているなまえの姿があった。
「凛、早いね!」
「お前の方が早いだろ。……わりぃ、待ったか」
「ううん、私もさっき来たところ」
二人は並んでフクロウカフェに向かう。いつもならさっさと歩くが、なんとなく凛はなまえの歩幅に合わせて歩いた。
「――ここだよ!」
看板が見えると、その建物になまえは小走りに向かう。
看板には可愛いフクロウのイラスト。
その下には階段があり、入口は地下になるらしい。軽い足取りで降りていくなまえの後ろを凛も続く。
一段降りる度に、珍しくサッカー以外のことでわくわくしていた。
(……でけぇ……)
ドアを開けると、奥の方でさっそくフクロウがいる。でかい。白に黒い斑な模様があるフクロウだ。
「凛、飲み物なににする?」
なまえの声に意識をそちらに戻す。自分がフクロウに目を奪われている間、店員とやりとりしてくれていたらしい。
「ワンドリンク制なんだって」
「……お茶」
「渋いチョイスだね」
笑ってなまえはココアと一緒に注文する。女の子らしいチョイスだと凛は思った。
そして、店員に中へと案内される。
靴を脱いで入る部屋は、フクロウが自由に放し飼いされており、お茶をしながらまったりフクロウを眺められるというわけだ。
「この子たちは触っても平気なんだって」
「さっきのでかいフクロウには絶対に触るなって書いてあった」
「凛とめっちゃ見つめ合ってたよね」
なまえはくすくすとその時の様子を思い出して笑った。眼光が鋭い凛に、丸くて大きな眼をしているフクロウ。
お互い「逸らしたら負け」というように見つめ合っていた。
「小さいフクロウ可愛いね!眼が大きくて猫みたい」
「俺も眼に惹かれるかな……」
木の作り物に並んで止まっているフクロウたち。確かに可愛い。
近くで見ながらスマホで写真を撮るなまえにならって、凛も写真を撮る。
(兄ちゃんが帰ってきたら写真見せよう)
スペインにいる冴は、近くにフクロウカフェができたと知らないだろう。
もしかしたら行ってみたいと言うかも知れない。
遠い海外で活躍している兄に思いを馳せる凛の口元は、自然と笑みが浮かんでいた。
――パシャ。
「……おい、なまえ。なに勝手に撮ってんだ。消せ」
「凛が笑ってるの珍しかったから」
「笑ってねえ」
「笑ってたよ、ほら」
「消せ」
見せられた画面に奪おうとしたら、さっとなまえはスマホを胸に抱える。チッ。
……だったらこっちも。
「今、私撮った?」
「撮ってねーフクロウ撮ったんだ」
「えー本当?」
「俺だけじゃアンフェアだからな」
「やっぱりそれ撮ったってことだよね?」
画面にはフクロウとなまえの姿を写し出されている。
「そういえば……どうやったら腕にフクロウを乗せられるんだ?」
「店員さんに言えばいいみたい」
人馴れしているとはいえ、フクロウの鋭い爪から守るため、厚手の手袋をしてその上にフクロウを乗せるらしい。
「凛とフクロウいいよ!かっこいいよ!めっちゃ似合ってる!」
「騒ぐな」
なまえはうるさかったが、腕に大人しく乗っているフクロウに、凛は満足感でいっぱいだった。
「写真撮っていい?」
「さっきは無断で撮ったじゃねえか」
「だから許可を得ようと」
「……好きにしろ」
あとで凛に送るね、となまえは写真を撮って、次にフクロウを乗せてもらうと「私も撮って〜!」とお願いしてきた。
やれやれというように凛は写真を撮ってやる。
「凛もあとで送って!」
「忘れなかったら送ってやる」
「じゃあ今送って」
「今かよ」
なんだかんだなまえのペースに乗せられ、その場で写真を交換。
「ねえねえ。このフクロウプリン、おいしそうじゃない?食べてみようかな」
「フクロウってついてるだけで、ただのプリンだな」
「フクロウにあげるエサとセットなんだって」
「……食うか」
思った以上にフクロウカフェは楽しめた。
「じゃあまた明日ね、凛!送ってくれてありがとう!」
「……じゃあな」
なまえを家まで送って、凛も帰宅する。
自身の部屋のベッドで仰向けに寝っころがると、スマホを開いた。
自分とフクロウの写真はどうでもいいが、笑顔のなまえとフクロウの写真は良い思い出になったと思う。
(フクロウって家で飼えんのかな……)
ふと疑問に思い、なにかペットを飼うつもりはないが、興味本意で検索して調べてみる。
…………マジか。フクロウ、難易度高え。
◆◆◆
「ねえねえ凛!フクロウって自分で飼おうとすると大変なんだねぇ」
「フクロウは野生が一番なんだろうな」
翌日。なまえも同じことを思って調べたらしい。