氷織くんのお正月

 お正月は嫌いや――。


 正月に、両親の親戚の集まりがあるから。
 毎年、二人のプロ時代の栄光話で盛り上がり、その息子がどのように遺伝を引き継いでいるかの話になるからだ。

 その息子こそ、氷織羊。――無心でゲームをしている彼だ。

(今年ももう年末か……)

 自分はただ、ニコニコと笑ってあの場に交ざらなければならない。親戚からの期待と重圧。両親からだけでも重荷なのに、考えただけで吐き気がする。せめてサッカーの練習があればいいが、年末年始は休みだ。逃げ場がない。

 ――東京、行ってみようかな。

 そう思ったのは、スマホ画面に映るメッセージのやりとりを眺めて。

 相手は東京在中の、同い年の女の子。

(……名字なまえさん。楽しい子やったなぁ)

 羊の趣味はゲームだ。オンラインゲームもやるが、その際のフレンドとのやりとりはすべてゲーム内で完結していた。
 この女の子との出会いはリアルで。
 修学旅行中に友達とはぐれ、困っていたところを助けたのが羊だった。

『よかったぁ〜神隠しにあったのかと思って……』
『まあ、この神社も曰く付きやからあながち間違いやないかも』
『え!?』
『単なる噂やで、噂』

 ――そんな偶然がきっかけで仲良くなり、連絡先を交換して以来、二人はメッセージを交わしていた。

(名字さん、僕が東京行くってなったら歓迎してくれるかなぁ)

 会いにいきたい……というよりは、逃げる口実が欲しかった。


 ◆◆◆


(ちょっとわくわくしてきたかも)

 大晦日の夜――羊は東京行きの夜行バスへと乗り込む。

 両親には「プロのサッカー選手がよくお詣りする神社へ初詣に行きたい」とかなんとか言って説得した。サッカーへの関心を見せれば喜ぶので、ちょろいもんだった。
 羊の席は後ろの方の窓側の席だ。自分の席を見つけると、座席上の荷棚へリュックを入れて席に着く。

 ヘッドホンを耳につける。

 親戚の集まりから逃げられればいいだけなので、車中泊込みの日帰り弾丸旅行だ。夜行バスなら寝ている間に着くので、ちょうどいいと思ったが……

(……あかん。これ、エコノミー症候群なるわ)

 よく周りからも言われるが、羊は顔に似合わず身長は現在183pと高身長。
 そんな羊に、バスの席は窮屈だった。

 ――0:00

 羊はバスの中で新年を迎える。その瞬間、スマホのバイブが震えた。

 "氷織くん、明けましておめでとう!"

 キャラが「Happy New Year!」と言っているスタンプと共に送られてきた、なまえからのメッセージ。
 東京に行くと言ったら、案内すると張り切ってくれているらしい。

(……会えるのも楽しみやな)

 心が軽くなってくる。遠く離れた彼女だからこそ、気軽に話ができて仲良くなれた。


「氷織くん!元気だった!?明けましておめでとう!」
「明けましておめでとう!名字さん、朝早うかったなのに迎えにきてくれてありがとう」
「ぜんぜん!氷織くんに会えて嬉しいよ」

 数ヵ月ぶりの笑顔で再会。初めて会った時のなまえは制服だったので、私服姿は雰囲気が違って見えた。

「氷織くん、行きたいとこある?」
「んー君がおすすめの場所に連れていって欲しいな。僕、東京初めてなんよ」
「わかった!じゃあ……氷織くん、ゲーム好きでしょ?秋葉原行こう!近くに有名な神社があるから初詣できるし」
「秋葉原かぁ、うん、ええね!」

 新宿から電車で移動する。まずは、神田明神で初詣だ。

「こんな都会のど真ん中に神社があるなんて不思議やなぁ」
「東京のパワースポットなんだって。あ、徳川家康も祈願してたってネットに書いてある!」
「え、マジ?」
「関ヶ原の戦いの前にも祈願したとか……。勝利して天下統一できたからご利益あるかも。私も初めて知ったや」

 天下統一……羊もサッカーで一番のストライカーになれと言われているので、ある意味縁があるかもしれない。

 お詣りも済ませ、いざ秋葉原へ――。

 京都にはない雰囲気の町で、物珍しげに眺めながら歩く。ブラブラ歩きながら、二人は眼に入った大きなゲームセンターに入った。
 羊の好きなゲームはガンシューティング。
 ゲーセンでは初めてやるが、日々の鍛えられたテクニックによって高得点を叩き出す。
 ランキング順位に「sheep」の名前が載った。

「すごい氷織くん!ゲームめっちゃうまいね!しかもユーザー名可愛い」
「名前を英語にしただけやで」
「あ、ねえ氷織くん。下の名前で呼んでいい?」
「もちろんええよ」
「じゃあ私も名前で呼んで!」
「じゃあ、なまえちゃん」
「はは、なんかちょっと照れるね」

 一方なまえはUFOキャッチャーが好きだと言って、計算されたように取るので羊は驚いた。

「羊くん、なに欲しい?」
「なまえちゃん、イケメンやな」
「イケメンの羊くんがなに言ってるの」

 僕ってイケメン?素で羊は思った。イケメンなら、同じサッカーユースチームの烏が思い浮かぶ。

「羊くんはイケメンだけど、美少女でもあった……」
「いやいや、これ僕やないって」

 うん……これ、誰やねん。一緒に撮ろうと誘われて、人生初めて撮ったプリクラ。
 眼は大きく、肌は真っ白でキラキラした自分だけど自分じゃないヤツが写っていた。
 もし、これを烏が見たら「女子二人で撮ったとしか見えんわ」と、笑いながら羊をからかっただろう。

 絶対、烏にだけは見せんと羊は心に決めた。

「君やって、本物の方が可愛いよ?」

 何気なく言ったら、なまえはめちゃくちゃ照れて、うっかりゲーム機の角に足をぶつけて可愛かった。

「そろそろお昼の時間だね!羊くん、食べたいものある?」
「なんでもええよ」

 って言うのは困るか。改めて答えようとした羊だったが……

「なんでもいいんだね?」
「えっ……う、うん」

 ニコッと意味ありげに笑ったなまえは、羊の手を引いて、どこかへ向かう。

 ――確かに、なんでもいいって言ったけど。

「「お帰りなさいませ!ご主人様♡」」

 まさか、メイド喫茶に連れて来られるとは……。

「なんでメイド喫茶?」
「だって秋葉原って言えばメイド喫茶だし、京都にはないでしょ?」

 私も一度行ってみたかった、とつけ加えたなまえに、そっちが本命の理由やなと羊は笑った。
 ファンシーな室内やメイドさんを眺めて楽しんでいる姿に、悪い気はしない。

「ちなみに京都にもメイドカフェはあるらしいで。ホラ」
「本当だ!全国進出したんだねえ」

 メニューを見て、羊はひよひよオムライスで、なまえはくまくまハンバーグを選んだ。

「おまたせいたしました〜、ひよひよオムライスとくまくまハンバーグですっ♡」

 めっちゃ可愛い……!

 メイドカフェと侮っていたけど、クオリティの高さに羊は感動した。


「あー可愛かったしおいしかった!次はどこに行こっか?」
「あ、僕、行ってみたいとこあるんや」

 東京といえば、東京タワー。来たなら一度は観光してみたいと思っていた。

「京都タワーがあるから興味ないと思ってた」
「これはこれ、それはそれや」

 正直、京都といえ地元民ほど神社や寺には行かないし、京都タワーにそれほど思い入れもない。
 むしろ、羊は幼い頃からサッカー漬けだったから、普通に外で遊んだ記憶もほとんどない。

 だから……

「めっちゃええ景色やー!」

 今、すごく楽しい。

「……ありがとう」
「羊くん、どうしたの急に」
「んー東京来てよかったなぁって思って」

 展望デッキから景色を眺めながら、羊は言った。

「よかった。楽しんでもらえたみたいで」
「うん、楽しい」

 楽しいのは地元から離れて、旅行に来たからだけではない。最初は逃げたいという都合だったのに、今ははっきりと言える。

 なまえと一緒にいるから、きっと楽しい。

 ……帰りたくないなぁ……

 ……あの家に。思わず、ぽつりと呟いた言葉。

「あ、なまえちゃん、あれって富士山やない?元日から見れんなんて縁起ええね」

 慌てて笑顔を作って言った。


 ◆◆◆


 その後も周辺を観光して、羊は東京を堪能した。夜ご飯も一緒に食べて……長いようで短かった、正月旅行が終わる。

「――遅くまでつき合ってくれて、ほんまありがとう。なまえちゃん」
「ううん。今度は私が京都へ会いにいくよ!」
「楽しみに待っとるね」

 帰りのバスが到着して、順番待ちの人が乗り込んでいくのを見ながら、二人は短い会話をした。

 ――そろそろ出発の時間だ。

「じゃあ、僕いくね」
「またね、羊くん」

 羊はバスに乗り込む。なにかやり残したような、後ろ髪を引かれる思いを感じた。……なんで?

 バスが発車される中、考えた。

 色々な思考が頭に思い浮かぶ。僕はなまえちゃんのことをどう思っているんだろう。ただの友達?そうなのか――……?

(じゃあ、なまえちゃんは僕のことをどう思っているんだろう……)

 そんなことをぐるぐる考えていると、いつの間にか寝ていた。ふっと浅い眠りに起きて、一つ、わかったこと。

 もしも、近くで一緒に過ごしたら、きっと僕はなまえちゃんのことを好きになるやろうなぁ――。

(……あれ。これってそう思うこと自体……)


 氷織羊。元日ぎりぎりに、初めての感情に気づいた。



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