(さむっ……)
凪の好きな季節が春だとすれば、嫌いな季節は冬になる。
めっちゃ寒い。布団から出たくない。学校行くのめんどくさい……。
朝から憂鬱な気持ちになりながら、凪は学生寮を出た。
2月は一年で、一番寒さが厳しい気がする。それを裏付けるように、今朝の東京は氷点下になったらしい。
「おはよう、凪!凍った中庭の池、見にいかない?」
――登校して、席について、授業が始まるまで寝ようと(始まっても寝てる)していた凪は、腕の中から顔を上げた。
「…………」
「ん?」
「……え、なに言ってんの」
あまりにも理解不能な言葉を投げ掛けられると、脳は一瞬フリーズするのだと凪は知る。
やっとのこと出た言葉に、なまえは不思議そうにしているが、不思議なのはこっちだ。
なまえは再度、説明する。
「今朝、すっごく寒かったでしょ?中庭の池が凍ったんだって!見にいこっ!」
……うん。もう一度聞いても意味がわからん。
「やだよ。めんどくさいし、寒いし。池なんて見にいって何が楽しいの」
「池が凍ってるんだよ?」
「そんな凍ってる池を見にいきたいなんて小学生ぐらいだよ」
「でも、みんな見にいったって」
「……マジで?」
入学した日からこの学校の生徒たちとはわかり合えないだろうな、と思っていた凪だったが、それは決定的なものになった。
いや、それとも凍った池に魅力を感じない自分が異端なのだろうか。
「でも、嫌なのに無理強いするのはよくないよね。私一人でいってくる!」
写真撮ってくるね――そう新しく手に入れたばかりのスマホを片手に、教室を出ようとするなまえを……
「やっぱ俺もいく」
凪は引き留め、追いかけた。
「凪も寒さより見たさが勝った?」
「いや、違うけど……」
なまえを一人で行かせたら危険だと思ったからだ。なんか凍った池に足を乗せて、氷が割れて池に落っこちる姿が頭に浮かんだ。
好奇心の塊のなまえならやりかねない。うん、やりそう。
そもそも、なまえが自分に話しかけてきたきっかけも、その好奇心からだった。
「凪誠士郎に話しかけると不幸になる」と「幸せになる」という二つの噂が流れて、どっちなのか気になったなまえは、検証するためにガンガン話しかけてきた、という今思い返しても迷惑なものだ。
(俺より変わってる子だよなー……)
なんだかんだなまえとは親しくなって、今では担任公認の凪担当だという。凪的にもクラスメイトとのパイプ役になってもらったり世話をしてもらったりするので、なまえは玲王と同じく「めんどくさくない」存在だった。
ちなみに「不幸になるか」「幸せになるか」の検証は継続中らしい。
「うー寒いね!」
「さっと見てさっと帰るからね」
二人は身を縮こませながら、敷地内を歩いて中庭に向かう。
「わぁ、本当に凍ってるー!」
名門と呼ばれる白宝高校に相応しく、中庭は広く手入れされており、その中心にある池は全面凍りついていた。
「……誰もいないじゃん」
自分たち以外。ぴゅうと冷たい風が吹く。みんな見にいってるって言ってたけど、本当に?
「ね、これって滑れたりするかな?」
凪の予想していた通り、なまえは池に片足を伸ばしている。
「危ないから……」
凪はその手を掴んで、こちらに引き寄せた。
「……なんか、手あったかい」
「私、体温高くて、冬は歩くホッカイロって言われてるんだ」
子供体温だ。それが何故かおかしくて、凪の口元が微かに綻ぶ。握った手から、伝わるなまえの体温が心地よくて、離せないでいると――
「……え、なにやってんの、二人。え?そういう関係だったの……?」
「あ、玲王だ」
なにやらショックを受けて、愕然とその場に立ち尽くす玲王の姿がそこにいた。
「玲王も凍った池、見にきたの?」
いや、絶対違うと思う。なまえの言葉に凪は心の中で否定しながら、握っていた手を離す。
「は……池?」
「うん」
「……手を握ってたのは?」
「私の手、真冬でもあったかいっていう自慢」
いや、あれ、自慢だったの?またもや凪は心の中でつっこんだ。基本、なまえといるとつっこみが絶えず、いちいち口に出すのは面倒くさいので、凪は心の中でつっこんでいる。
「ほら、あったかいでしょ?」
「あ、おー……確かに。あったけえな」
「で、玲王はどうしたの?」
「お前ら二人の姿が見えたから追っかけてきたんだけど……え、マジで凍りついた池を見にきただけ?」
「「うん」」
「……小学生かよ!」
玲王のつっこみに「俺は付き添いだから小学生はこの子だけね」と、凪は飄々と答えた。
「この池の上を滑れないかなーって思ってね」
「いや、フツーに危ねえからやるなよ?」
「てか池も見たし、早く戻ろうよ」
身体も冷えてきたしと、凪の言葉に三人は踵を翻す。
「池は危ねえから却下だけど、今度三人でスケートやりにいくか!」
「めんどくさ……」
「いきたい!」
……いからやだ。という凪の言葉は元気ななまえの声にかき消された。
◆◆◆
とある休日。ばぁやの車でやって来たのは、都内にある大型屋内スケートリンク。
「本当に俺もやるの?俺、ここでゲームしてるから二人で滑ってきなよ」
「スケートは体幹を鍛えるにもいいんだ。サッカーの特別トレーニングだと思え」
「えートレーニングも嫌なんだけど」
「凪ー!楽しいよー!」
スイーと滑りながら、なまえは凪に手を振る。スケートは初めてだと言っていたが、ものの数分で普通に滑っていた。
「あいつ、意外と能力高いっつーか、飲み込み早いんだよなー」
「玲王、俺じゃなくてあの子スカウトしなよ」
「男だったらな。駄々っ子してねえでいくぞー凪」
「うえー」
玲王に無理矢理引っ張られ、凪はスケートリンクに上がる。
ちなみにこの二人もスケートは初めてだが……
「すごい……なめらかに滑ってる!本当に二人は初めてなの?」
回転やテクニック的なものはないものの、その滑りはテレビで観たプロみたいに見えた。
「なまえだって初めてなのに滑れてんだろ?」
「こんなの簡単じゃん」
その二人の余裕な態度と発言が、ことの発端を引き起こす――。
「キミたち……ドシロートが少し滑れるからって、この神聖なリンクの上で舐めた口を利かないでもらえるかな?」
「あ……?なんだお前」
「(おーいかにもスケートやってそうな人)」
彼はここのスケート教室に通う、スケートは3歳から始め、神童と呼ばれた期待の一番星らしい。……そう、自分からペラペラ話して、変なヤツだなぁと凪は思った。
「そこの可愛い彼女にいい格好をしたいのかもしれないけど、その程度の滑りでいい気になって正直……ぷ。ダサいよ?」
「ハッ、言ってくれんじゃん。神童って呼ばれるやつほど、成長すると凡人に成り下がるんだよな」
「っ!?そんな大口、せめてボクの滑りについてきてからしてほしいね!」
「いいぜ。本物の天才ってヤツを教えてやるよ。なあ、凪?」
「え〜めんどくさーい……」
――なまえはハラハラしながら、バチバチと火花が散る光景を見つめる。
「玲王、さすがに……」
「心配すんなって。それより、これ持っててくれ」
玲王は高そうなブランドコートを脱いでなまえに預けた。どうやら、本気ということらしい。
「ボクに挑んだこと、後悔するといい!」
「その言葉、俺らのセリフだろ?」
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「なっ……なぜだ!何故ドシロートのキミたちがボクの華麗な滑りについてこれるんだ!?」
「やっぱ大したことなかったな」
「うん、なんでこのぐらいで威張れてたの?」
「まあ、あれじゃね?井の中の蛙ってやつ」
「二人ともやめたげて!泣いてるから!彼のプライドズタズタだから!」
そのなまえの言葉こそ、むしろ追い討ちをかけていると凪は思う。
彼の実力は確かだった。だが、相手が悪かった。
「じゃあそろそろ帰んべ」
ド器用で、ド優秀な玲王に――
「つかれたー玲王ー、車までおんぶしてー」
真の天才の凪では。
「き、キミたちはまさかこれからスケートを始めるつもりか!?」
背中に問いかけられ、玲王は振り返って彼に答える。
「いや……俺たち、サッカーで世界一を目指してんから」
サッカー……!?なのに何故あのスケートの上手さ!?彼は驚愕しつつも、自分と同じスケートじゃないことに、ちょっとホッとした。
「玲王と凪は、スポーツで道場破りできそうだね」
「お、それ面白そうだな!」
「二人でやるといいよ。俺、後ろの方で応援してるから」
――初めてやってみたスケートだったけど、すぐにできたし、とくに楽しいとかなかった。
これなら、サッカーの方がまだ楽しいかも……。
(いや、やっぱめんどくさーい)