馬狼照英は無類の綺麗好きだが、それは今に始まったことではない。
「照英は綺麗好きね。お母さん、助かるわ」
「ん」
幼稚園に通う頃には、馬狼は率先してテーブルを拭いたり、片付けを手伝っていた。母に喜んでほしいという子供特有の感情というよりは、身の回りが綺麗じゃないと気がすまなかったからだ。
幼い頃から、馬狼は子供らしい子供ではなかった。あまり笑わないし、態度もそっけない。
「照英くん、他の子が散らかしたおもちゃまで片付けてくれてありがとうね」
「べつに……」
だが、綺麗好きと堂々とした性格は手のかからない子供と、幼稚園の先生からは可愛がられていた。
幼稚園は退屈だった。
その頃、戦隊もののごっこ遊びが流行っていて「おれは主役がいい」と、馬狼はいつも赤レンジャー役をやっていたが……
(これ、おもしろいのか……?)
馬狼はすぐに飽きてしまった。そんな退屈な幼稚園時代を過ごしていた馬狼だったが、初恋は意外にもその頃だった。
相手は同じ"らいおん組"の女の子。
馬狼はあまり女子と話したことがない。幼稚園児らしからぬ近寄りがたい雰囲気に、女子たちも怖がってあまり馬狼に話しかけてこない。
初恋のきっかけは、幼稚園で行われる2月の節分のイベントだった。
――福は内、鬼は外!
鬼役の先生たちに、子供たちは笑顔で豆を投げつける。一方の馬狼は無表情でひたすら豆を投げつけていた。
きゃっきゃっと楽しむ子供たちとは違い、馬狼の頭を占めているのは別のことだ。
(ゆかにおちたマメをはやくかたずけてぇ)
綺麗好き精神が疼く。豆まきのあとの散らばった豆を拾う片付けの方が、馬狼には楽しかったかもしれない。
(あ……テーブルのしたにもおちてやがる)
いつもお絵描きや工作をする際に使っているテーブルの下に、ぽつりと転がった豆を馬狼は見逃さない。
テーブルの下に頭を突っ込み、手を伸ばした時だった。
「「あ……」」
二つの声が重なった。同時に反対側の向こうから伸ばされた手の、指先も触れ合った。
馬狼よりも小さく白い手だ。
顔を上げると、女の子も同じように驚いた顔をしており、二人の視線はかち合った。
幼稚園児の馬狼にとっては、同じ豆を拾おうとした出来事は運命的のように感じ、この瞬間、恋に落ちたのだった。
初恋を果たした馬狼は、小学生になり、自身の人生に大きく関わるサッカーとも出会う。
小学校では教育の一環として、自分たちで教室を掃除するのだが、ここでも馬狼の綺麗好きは発揮した。
小学校低学年、大抵の児童は……
「へへ!喰らえ!俺の必殺技!」
「なんの!こっちはバリアーだ!」
主に男子は箒片手にふざけあって、掃除にならない。
そして女子が「ちょっと男子!ちゃんと掃除してよ!」と、結託して文句を言う光景は学校生活ではよく見る光景だ。
「おい、おまえら」
だが、このクラスでは違う。
「ちゃんと掃除しろ。チリひとつのこしたら俺がゆるさねえ」
サッカーを始めた馬狼はピッチ上の王様になっただけでなく、クラスでも王のように君臨していた。
生まれもった強者のオーラに、児童たちはひれ伏す。
「ご、ごめん、馬狼!ちゃんとマジメにやるからさ!」
「そうそう、今からマジメにやるとこだったんだよ!」
「ふんっ」
馬狼のおかげで教室はいつもピカピカで、担任の先生に褒められていた。
「照英くん!いっしょに帰ろ!」
「おう」
小学校でも近寄りがたい雰囲気は変わらない馬狼だったが、無邪気に駆け寄ってくる女子の存在があった。
「照英くん、今日もサッカーで大活躍だったね!」
「あたり前だろ」
名字なまえ。
彼女こそがあの馬狼の初恋の相手であり、二人は同じ小学校に通い、あの一件以来仲良くなっていた。
そんな二人がちゃんとお付き合いするようになったのは、多感なお年頃になる中学生の時だ。
――ちょうど、馬狼の双子の妹が生まれたぐらいになる。
「照英くんの双子の妹ちゃんに会ってみたいな」
「じゃあ、今度家にくるか」
まだ赤ん坊の馬狼双子を見に馬狼家にやってきたなまえは、家族公認の存在にもなった。
「うわぁ、小さい……!可愛い〜」
ベビーベッドに並んで、すやすやと眠る双子の赤ん坊に、なまえは眼を輝かせる。
「昔の照英とそっくりなのよ」
「あ、ありがとうございます」
馬狼の母はおやつを用意しながらなまえに言った。
「大きくなったら照英くんに似るかな?」
「そりゃあ問題だな。男だったらかっこいいが、女の子は可愛い方がいいだろ」
「自分でかっこいいって言った」
なまえはくすくす笑う。そういう自信満々な所にも惹かれたのは確かだ。
どんな風に大きくなるか楽しみだった双子の妹たちは、すくすくと育ち、馬狼に似つつも可愛い女の子に成長した。
馬狼が高校生に上がる頃、彼女たちは幼稚園児だ。
「なあ、なまえ。今度の日曜、空いてるか?」
「珍しいね、照英くんが予定を聞いてくるなんて」
ストイックにサッカーと向き合っている馬狼が。
二人は付き合っているとはいえ、デートはたまにだし、予定を合わせるのもいつもなまえの方だ。
もちろんなまえは、それを了承した上で馬狼との付き合いを続けているし、サッカーで"主役"として君臨する彼もかっこよくて好きだった。
「家でチビたちが節分をやりたいって日曜にやるんだよ。お前が来てくれたらあいつらも喜ぶだろ」
「楽しそうだね。うん、行きたい!」
馬狼の言葉になまえは嬉しそうに頷いた。
その日曜日――……
「なまえおねえちゃん、いらっしゃい!」
「おにいちゃんがオニさんやるんだって!」
双子の姉妹は元気いっぱいになまえを出迎えた。
お転婆な小さな姉妹に馬狼は手を焼いているらしく、その話を聞くとなまえはおかしくて笑ってしまう。
あのキング馬狼も妹には負けるのだ。
「はい、これ、なまえおねえちゃんのぶん!」
「ありがとう」
なまえは豆まきの豆を受け取る。双子はすでにやる気満々だ。
「いっぱいマメをぶつけてオニをやっつけるんだー!」
「うん!いっぱいなげる!」
「……そう簡単にやっつけられると思うなよ」
鬼のお面をつけた馬狼が現れ、双子たちはきゃー!と悲鳴にも似た笑い声を上げる。
馬狼の身長は平均高校生男子よりもずっと高く、鬼のお面を付けると迫力があった。
「豆を投げて鬼をやっつけないと!えい!」
「いてっ」
なまえが投げた豆が馬狼に当たった。力加減を考えていないのか、なかなか痛い。
「ふくはーうち!おにはそとー!」
「えーい!」
双子たちもビシバシと豆を投げつける。小さな豆とはいえ、当たると地味に痛い。
「おいっ、もうちょっと手加減……」
「「ふくはーうち!おにはそとー!」」
息ぴったりに夢中になって投げる双子に、なまえまで一緒になって笑いながら豆を投げる。
苛烈な豆まきに、ついに鬼は退散した。
「やったー!オニをおいだした!」
「オニにかったー!」
「ったく。容赦ねえだろ、お前ら……」
鬼のお面を外した馬狼が戻ってきて、やれやれと言う。
「豆まきが終わったら片付けだ」
「「え〜」」
「え〜じゃねえ。見てみろ、床を。豆だらけで踏んだら足がいてえだろ?」
双子たちにもわかるように馬狼は説得した。
馬狼もこまめに掃除しているせいか、埃一つなさそうなフローリングに豆だけが転がっている。
「みんなで片付ければ早く終わるよ」
「……うん!わかった」
「わたしもおかたづけする!」
なまえも優しく言って、全員で豆を拾って片付けた。ついでに掃除を始める馬狼に抜かりはない。
「あ、照英くん」
「ん?」
いつもは見上げるばかりだが、ちょうど馬狼がしゃがんで掃除をしており、なまえは逆の立場になる。
その頭に手を伸ばし、髪に触れた。
「っ!」
長い髪を立ち上げた髪型はがっちりとヘアースプレーで固めており、手触りは固い。
髪を下ろした馬狼の姿を初めて見た時は、あまりに雰囲気が違い過ぎて驚いたが、今ではそれも懐かしい。
「髪に豆がついてたよ」
「あ……ああ、サンキューな」
突然の触れあいは馬狼の意表を突いたのか、その口から出た声はドギマギとしたものだった。
――その二人の様子を見ていた双子はくすくすと笑い出す。
「おにいちゃん、てれてる〜」
「てれてる〜ひゅーひゅー」
「っ照れてねえ。お前ら、口じゃなくて手を動かせ!」
おませな双子の言葉を馬狼は一蹴したが、本心はいかに。
恥ずかしくて絶対に口には出せないが、馬狼にとって、豆まきは恋の思い出だ。