――ぼっちにとって、団体行動は地獄だ。
体育祭、修学旅行、今日の課外授業……。バスの中、イヤホンで耳を塞ぎ、目的地に着くまでひたすら無でやり過ごす。
不意に反対の席に視線をやると、熟睡している凪誠士郎の姿が目に入った。
彼もいつも一人だったけど、密かに観察した結果、私とは違う人種だと至った。
ただ、いつも退屈そうな顔をしていて、そこの部分だけは勝手に親近感を感じている。
バスが着いた先は今回の課外授業の目的地、国立天文博物館だ。
天体に関する展示品や、宇宙の歴史など、興味深くて目を引く。
後をついていくように見ていた私は、途中足を止めた。
楽しげに見学する輪の中を一人抜けても、ましてや友達もいないぼっちの人間だ。居なくなったところで誰も気がつかないだろう。
皆とは別の方へ歩き、訪れたのはプラネタリウムだった。
薄暗い部屋の中、リクライニングシートに背中を預ける。ぼんやり天井を見上げていると、部屋は暗闇に包まれ、やがて星たちが無数に輝き始めた。視界に広がるのは満点の星空だ。
ゆっくりと小さな宇宙は回転する。
宇宙に思いを馳せれば、自分の悩みなんていかにちっぽけか知ると――。
私が星を眺めるのが好きになったきっかけは、きっとその、どこかの誰かの言葉だ。
『今宵のプラネタリウムでは、皆様を美しい天の川にご案内致します』
柔らかなピアノの音楽が流れ、ナレーションの落ち着いた声が響いた。7月といえば、七夕だ。
私は一度だけ、本物の天の川を目にしたことがある。
織姫と彦星が年に一度の逢瀬をするために渡る星の川。
小さな星が集まり、夜空を横切るような光の帯はすごく神秘的で綺麗だった。
また見たいな……そう思いながら、プラネタリウムが映す天の川を眺める。
『この宇宙の神秘を、その美しさに心を奪われた際は、ぜひ、深く感じてください』
――数十分の上映が終わり、室内はゆっくりと明るくなっていく。
観客は一斉に立ち上がり、その場を出ていく流れに私も続こうとして――初めて気づいた。
「凪くん……?」
彼もこのプラネタリウムを観ていたことを。
「…………」
いや、観てはいないかも。凪くんはぐっすり寝ている。バスの中でも寝ていた気がするけど、どんだけ寝るんだろう。
起こした方がいいのか、余計なお世話かもと迷っていると、その目がゆっくりと開いた。
「……あれ、もしかしてプラネタリウム終わった?」
「う、うん。終わったよ」
「ふぁ……最初の方はちゃんと観てたんだけど、いつの間にか寝てたんだ、俺」
そう言って凪くんは、あくびをしながらうーんと腕を伸ばす。背の高い彼にはリクライニングシートが少し狭く見えた。
「……プラネタリウム、好きなの?」
「別に好きってわけじゃないけど、課外授業がめんどくさかったからここでサボっていただけ」
凪くんは立ち上がり言った。聞いてから意味のない質問だったな、と思う。ろくに凪くんとはしゃべったことがないけど、彼が究極的なめんどくさがり屋なのはクラスの周知の事実だ。
成り行きのように、一緒にプラネタリウムを出る。
出たのはいいけど、この後一緒に回るほどまったく仲良くないし、向こうも同じように思っているだろう。どっちが切り出すか、別れるタイミングを窺っていると……
「名字さんはプラネタリウム、好きなの?」
今度は凪くんの方から質問された。予想外の問いにどう答えようか迷った。
何より、私の名前知っていたんだと驚く。
皆が友人たちと仲良く見学する中、一人なのが居心地悪くて逃げるように来たのも一つの理由だけど……。
「……うん。星、見るの好きなんだ」
素直な気持ちを答えたのは、それも私にとっては本心だから。
「星を見るのってなにが楽しいの?」
不躾な質問だと思ったけど、凪くんは純粋に聞いている……ぽい。顔がそう言っている。
「……遠い宇宙に触れてるみたいだからかな。広大で、日常の悩みが小さく見えるっていうか……。単純に星空って綺麗だと思うし、流れ星を見つけると嬉しいし、星座を探すのも楽しいよ」
答えてから恥ずかしくなった。一気に並べて話して。変なヤツって思われたかな?不安になってくる。
「へぇー俺にはよくわかんないけど、君がそんなに言うなら楽しいんだろうね。ちょっと観てみたくなったかも。本物の星空」
好意的な言葉が返ってきて、驚いた。でも……ちょっと嬉しい。凪くんってなに考えてるのかわからなかったけど、じつはいい人なのかも知れない。
「一度、満天の星空観てみるといいよ。もう少ししたら天の川もすっごく綺麗だし」
「天の川ねぇ……。じゃあ、観せてよ」
「へ?」
「天の川。どこで観れるの?俺、詳しくないから観れる場所連れってってよ」
連れってって……えぇ!?冗談なのか本気なのか、まったくわからない顔で凪くんは言った。
「えっと、都会では観られないし……」
「あー……山とか?歩くのは嫌だなぁ。それなら電車とかで行ける場所がいい」
……わからない。本気で一緒に星を観に行く気なのか。
「と…とりあえず、起きてたら次の上映で天の川は観られるよ」
「えー本物が観たいじゃん。一度満天の星空を観るといいってさっき言われたし」
う……と言葉に詰まる。
「本気で、その、一緒に観に行くってこと?」
「さっきから俺そう言ってるけど」
「ご、ごめん。冗談なのかなって……」
「冗談なんてめんどくさいのに言わないよ。あ、嫌だったならこっちこそごめん」
「ううんっ、嫌じゃないよ……!」
思わず否定してしまった。嫌じゃ、ない。初めてのことで戸惑ってはいるけど。
「じゃあ決まりね。日程とか勝手に決めて、合わせるから。案内よろしく」
なんだか凪くんのペースに乗せられながらも、これだけは聞いておきたい。
「でも、どうしていきなり?」
「んー……知りたくなったからかな」
"名字って、いつもつまんなさそうな顔していたのに、楽しそうに話すから――"
……どうやら、観察していたのは私だけじゃなかったみたいだ。