「なあ、玲王」
「んー?」
「ずっと考えていたんだが……」
――また、いつもの頭がよく見えるポーズをしているのかと思っていたら、斬鉄は何やら考え事をしていたらしい。
俺は話を聞いてやるか、とそちらに顔を向ける。
「"青の監獄"って、300人いるんだから、俺よりバカな奴が一人ぐらいいるんじゃないか?」
「その発想がまずバカだろ」
そもそも脱落して今は半分ぐらいなんじゃね?斬鉄以上のバカなら、もう脱落している可能性が高いんじゃないかとも思う。いや、こいつはバカだけど、足は速えし、サッカーセンスはあるからな。まあ、生き残っている可能性もなくは……
「そこで俺は、俺よりバカな奴がいないか探しに行きたい」
「……おう。行ってくれば」
「だが、俺よりバカかどうかどう判断していいかわからん。玲王、ついて来てくれ」
「はあ?やだよ。めんどっちー」
今、ここにはいない凪の口癖を借りる。斬鉄よりバカな奴がいるのか面白そうではあるが、わざわざ探しに行くほど興味はないし、俺は暇でもない。
"青の監獄"に監禁状態といえ、トレーニングや自主練などやることはある。
「フ……だったら俺にも考えがあるぞ」
「……なんだよ?」
「玄関の宝刀、一生のお願いを使わせてもらう!」
……。斬鉄が玄関に飾ってある宝刀をイメージしているのが、俺にも見えた。
「伝家の宝刀だし、そんな安い一生のお願い、俺は買わねえぞ」
「じゃあ、もうお前の言う通りには動かん。パスも凪にしか出さん」
「…………」
次は絶妙に困ることを言い出したな、こいつ……。
このチームで、俺と凪と斬鉄の連携が一番ハマっている。他のチームが簡単に勝てる相手じゃないとわかった今、この連携は崩したくない。
「ったく……わかったよ」
仕方なく、俺が折れることにした。後々のことを考え、こっちの方が面倒にならず、賢い選択だろう。対して斬鉄は嬉しそうに「勝った!」なんて抜かしてやがる。勝ってねーよ。
「そもそもバカっていうのも定義が曖昧だしな……。勉強ができないのか、お前みたいに頭が弱いのか……」
「よくわからんが、俺よりバカな奴だ!」
「はいはい、オールラウンダーなバカね。んじゃ、バカだと思う奴かいるか手当たり次第聞きゃあ、最終的にそのバカにたどり着けるんじゃね?」
「なるほど……じつは俺もその案は考えていた。あれね、アンケート方式ね」
絶対、考えてなかっただろ。
◆◆◆
「――お、玲王。第一村人発見したぞ!」
「いや、ありゃあ村人じゃなくて……」
一人目、馬狼照英。
「あ?バカだと思う奴?そりゃあ俺の目の前にいるバカだろ」
「それは俺のことがバカってことか!?」
「そう言ってんだろうがバカ」
お城でふんぞり返っているはずの王様が最初に現れるとは、この先が思いやられるな……。
「……こいつよりバカな奴を探してんだ、俺ら。知らね?」
「ッハ。こいつよりバカな奴なんていんのか?」
そこは俺も同感だけど……。
「ふんっ。バカって言う奴がバカって言葉を知らないようだな。というわけで、お前が俺よりバカってことだ!」
「んだとてめぇ!?愚民代表のくせに口の利き方がわかってねえみてえだな。誰が……――いや、お前よりバカな奴がいるぞ」
「え、誰?」
「マジか」
「お前らんとこの面倒臭夫だ。あいつは救いようのねえバカだろ」
面倒臭夫?……凪のことか?
「はあぁーー!?うちの凪はバカじゃないですー!天才だっつーの!」
「てめぇはあいつの母親かよ!なら、ちゃんと自立心を育てとけ!」
「ハッ!どう育てられたらこうなるの見本がえらそーに」
「俺は育てられたんじゃねえ。すくすく自発的に育ったんだよ!」
「まあまあ、二人ともケンカは止めなさい」
斬鉄に仲介されると、なんか腹立つな……。とりあえず、馬狼。こいつとはやっぱ合わねえとはっきりした。
◆◆◆
「げっ」
「あ?なんだよ、お前ら。これからトレーニングに行くのに邪魔すんじゃねえよ」
二人目、雷市陣吾。
「ストーカーディフェンスマン!」
「ハッ倒すぞ、てめェ!!」
「あ、すまん。ちょっと聞きたいことがあってな。少しお時間よろしいでしょうか?」
「……なんだよ、聞きてぇことって。手短に話せ」
……ストーカーディフェンスマンのあだ名の通り、俺はこいつに良い印象がない。さんざんプレーの邪魔されて、ヤンキー崩れなところも生理的に受け付けねえ。
あまり関わりたくないな、と二人の会話を傍観する。
「俺よりバカな奴、知らない?」
「知るかよ!どうでもいいことを俺に聞くんじゃねえ!」
……まあ、こうなるわな。
「お前ら、そんなくだらねえことしてんのかよ。俺らに余裕ぶっこいて負けたのに、暇をもて余して大層な身分なこったな」
「……あ?ケンカ売ってんなら、いい値で買ってやるぜ。ヤンキー崩れのストーカー」
「上等だゴラァ!?」
「だからケンカはやめなさい!」
やっぱこいつ嫌いだ。馬狼以上にこいつとは合わねえとはっきりした。
◆◆◆
「よお、氷織」
「玲王くん、斬鉄くん。二人だけって珍しい組み合わせやね」
三人目、氷織羊。
「こいつが"青の監獄"なら自分よりバカな奴がいるんじゃないかって、俺ら探してんだよ」
やっとまともに話ができる相手と遭遇した。俺が説明すると、氷織は嫌味のない笑顔で答える。
「斬鉄くんよりバカな人?そもそも僕は斬鉄くんのこと、バカとは思わんよ」
「……!」
氷織からは予想外の発言が出てきた。
「え、マジで言ってんの、氷織」
「だって斬鉄くん。言葉は間違ってたりするけど、色んな言葉覚えてるやん?そこはちゃんと勉強しててえらいなー思うで」
氷織……お前、噂通りイイ奴だな。隣で斬鉄はじぃんと感動している。……よかったな。
「氷織、お前は俺が出会ったことのある奴で二番目にイイ奴だ!」
「はは、大袈裟やな。おーきに」
一番目のイイ奴が誰か気になって聞いたら、斬鉄は「家族」だと答えた。
◆◆◆
「えぇ!?斬鉄さん、バカなんすか!?あんな足が早くてかっこいいのにバカじゃないっべ!」
四人目、七星虹郎。
「本当だべか!?」
「斬鉄、訛りがうつってるぞ」
嬉しさのあまりらしい。さっきの性格のいい氷織はともかく……お前もか、七星。そもそも走りとバカは関係ねえ。
「斬鉄さんの走り、かっこいいっす!この間の試合、観ました!猪突猛進の走りからのシュート!じょわじょわしたっべ!」
「おぉ!お前もイイ奴だったんだな、七星!」
「つか、じょわじょわって?」
初めて聞いた言葉だ。七星の出身地は茨城県らしいけど、そっちの方言か?
「あ、俺の住んでる地方で「ドキドキ」って意味っす!すんません!」
「いいな、じょわじょわ!俺も今、じょわじょわだ!」
……なんか意気投合してるし。さっきから平和な世界線か、ここは。
◆◆◆
「お、イイ奴、三人目発見!」
「イイ奴って……蜂楽じゃねえか」
五人目、蜂楽廻。
「二人、バカを探してんの?ははっ、変なことやってんね。はいはーい!だったら俺、バカだよ♪」
「自己申告とは新しいパターンが来たな……」
「だって勉強できないし、覚えられないし。これってバカっしょ」
からっと笑って蜂楽は言ってのけた。斬鉄は自分がバカなことを気にしているが、対して蜂楽は自分がバカでも気にならないらしい。自己肯定力が高いってやつか。
「いや、自分でバカという奴にバカな奴はいない。すなわちお前はバカじゃない、蜂楽」
「そっか♪サンキュー斬鉄、いい奴だね!でも俺、バカでもいいと思ってるよ。だって、サッカーやるのに関係ないじゃん?」
「言われてみれば……?」
――そもそも斬鉄が蜂楽のことをイイ奴と思っているのは、大体「バカメガネ」と呼ばれるところを「速メガネ」と呼ばれたのが嬉しかったらしい。ちょろすぎる。
「ちなみに、自分をバカだと認識してる蜂楽が思う、自分よりバカな奴っていねーの?」
「う〜ん」
俺の質問に考える蜂楽は、やがて「あっ」と思いついたように答える。
「イガグリかな?前に勉強できないって言ってたから。ま、俺よりできないかはわかんないけどね!」
出てきた言葉に「おー」と、俺と斬鉄の納得の声が揃った。
そういえば、そんな斬鉄と競えそうなダークホースが身近にいたことを忘れていた。
◆◆◆
「どうする、斬鉄。イガグリに直撃してどっちがバカか勝負でも仕掛けてみるか?」
「いや、もう満足だ。つき合ってくれてありがとう、玲王」
この短い間になにがあったのか、斬鉄はすっきりした顔をして言った。
「俺を肯定してくれる奴もいたし、俺の夢は「世界一尊敬されるバカ」になることだったと思い出した。だから、俺はこのままで、世界一になるためにこれからもサッカーを頑張ろうと思う」
世界一尊敬されるバカ、か――。
世界一がどうとか凪から聞いてはいたが、初めて聞いた斬鉄の夢に、少しだけかっこいいと思った。
「おー二人ともお帰り」
チームVの部屋に戻ると、凪はこちらを見ずに声だけで俺たちを出迎える。布団の上でゴロゴロしながらスマホゲームと通常運転だ。よく飽きないな、とちょっと思う。
「珍しいね。二人で自主練?」
「ちょっと"青の監獄"でバカを探しにな」
「……斬鉄以外ってこと?」
「あぁ、かくかくしかじかだ」
「いや、それで伝わんの漫画だけだから……」
適当な斬鉄に代わって説明すると、凪は「ほー」と頷く。いつの間にかゲームを止めて、胡座をかきながらこちらを見ていた。
「で、斬鉄よりバカな奴いたの?」
「第一候補はチームZのイガグリだ」
「あーあの南無阿弥陀仏の奴ね」
その名前には凪も納得のものらしい。きっと、あいつを知る者なら共通認識だ。
まず、見た目からしてバカっぽい。
そう考えると、見た目から賢く見せようとする斬鉄は理に適っているのかも知れない。
「しかし、ずっとバカって言ってたらタルト……なんちゃらになったな」
「ゲシュタルト崩壊ってやつ?」
「そうそう、それ」
「ぷはっ。バカのゲシュタルト崩壊ってなんだよ」
「あ、じゃあさ」
笑っていると、なにやら思い立ったように凪が切り出す。
「俺よりめんどくさがり屋の奴もいるかも知れないってことか」
――それについては、確信をもって言おう。
「絶対いねぇ」
「ミートゥ」
「300人も集められてたんでしょ。今は脱落していなくてもいたかも知れないじゃん」
「いや、いねぇ」
「再びミートゥ」
俺の全財産を賭けてもいい。"青の監獄"で……いや、この日本中探しても凪よりめんどくさがり屋はいないだろう。(世界中探したらもしかしたら一人ぐらいはいるかも知んねえ)
「オンリーワンだな、凪は」
「いえーい。めんどくさがり屋選手権あったら俺1位だね」
「それすらもめんどくさがって棄権すんだろ」
「お、確かに。レオって俺のことより俺のことわかってるね」
「玲王お母さん」
「うるせーそこのバカメガネ!」
「む。バカって言う方が〜〜」
――斬鉄の反論を聞き流す。
今日はバカで始まり、バカで終わる一日だったな。