君がくれた初めての誕生日

 11月30日。

 今日は羊の16歳の誕生日だ。高校生になると同時にバンビ大阪ユースチームへの昇格が決まり、上機嫌の両親は今年の誕生日は豪勢にしようと張り切っていた。

(誕生日か……)

 羊は誕生日が楽しみではなく、両親が喧嘩もせずに機嫌がいいということにホッとしている。

(自分の誕生日って実感ないなぁ)

 別の言い方をすれば関心がない。だからと言って、他人の誕生日にも関心がないけど。
 いや、関心がないとは違う。誰かの誕生日を自分が祝ったことも、両親以外から自分の誕生日を祝われたこともこれまでない。
 だからか、まるで馴染みのない、違う世界のイベントのようにも感じていた。

(新しいゲーム機もらえるのは嬉しいけど)

 最新ゲーム機と新作のソフト。それが今の羊の癒やしであり、心の拠り所だ。


「やっとええ感じになってきたな」
「ええ感じ?」

 練習が終わって更衣室に向かう途中、烏が夕焼け空を見ながら言った。冷たい空気に澄んだ空は、まだ明るい部分と暗い部分が交ざり合い……

「あー空がエモいってこと?」
「凡な感想やな」

 羊の感想に鼻で笑った烏だったが、馬鹿にした口調ではなかったので、羊は嫌な気持ちはしなかった。元々羊は良く言えば穏やか。悪く言えばどこか諦観しているので、滅多なことで感情は荒立てたりしないが。

「氷織。お前、好きな季節はなんや?」
「へ?そやねえ……」

 いきなり好きな季節を問われ、不思議に思いながらも羊は考える。そんな質問、初めてされた。しばらく考えてから、羊は答える。

「梅雨やな」
「誰がボケろ言うたボケェ」
「ボケてへんわ。ホンマやで」

 一般的に嫌われそうな梅雨を羊が好きな理由は、雨でサッカー出来ない→家にいる→ゲームしていいという単純な思考回路からだ。それをはっきりと口に出したら「アホか。屋内コートの存在どこいった」と、烏は笑った。……確かに。ぬかったわ。

「俺は秋やな」

 そう言った烏の口から白い息が生まれた。日が落ちて、気温が下がったからだ。

「……あ、だからええ感じ?」
「つい最近まで残暑で暑かったやろ。この感じがやっと秋を感じてええなと思ったんや」
「秋の夜長はゲームにぴったりやね」
「情緒のないやつ。俺はこの寂しい感じが好きやねん」

 寂しい感じかぁ……。

 寂しい、という感情を羊はよくわからない。烏とこんな風に話したり、チームのメンバーと帰りにコンビニ寄ったりするのも楽しい。
 でも、きっと自分は独りが好きで、独りの方がずっと気が楽だ――


「氷織くん!」


 そんなことを考えていたら、自分の名前を呼ぶ声が耳に飛び込んだ。まるで、自分だけの世界に誰かが訪れたような。

「……名字さん?」

 サッカー場を後にして、クラブの入口に立っていたのは同じクラスの女子生徒――名字なまえだった。クラスだけでなく隣同士の席なので、羊は女子の中でもなまえとは仲がいい。
 
「どうしたん、名字さん。もしかして、僕のこと待っとった?」

 この寒空の下、ずっと待っていたのだろうか。彼女の頬は赤く染まっている。――目敏い烏だけでは、理由がそれだけではないことを、早々に気づいていた。

「ご、ごめんね……!迷惑かなって思ったけど、どうしても……今日、氷織くんの誕生日にプレゼントを渡したくて……」

 え……?誕生日?

 そういえば……以前、誕生日を聞かれたようことがあったよーな。

「……名字さん、覚えててくれたんやね」

 誕生日なんてどうでもいいと思っていた。でも、こうして覚えていてくれて……

「もちろん!誕生日おめでとう、氷織くん!」

 眩しい笑顔で誕生日のお祝いの言葉をくれて、胸の辺りが不思議なほど暖かくなる。

「誕生日プレゼント……大したものじゃないけど、よかったら……」

 小さな紙バッグをなまえから差し出された羊は、プレゼントまでおおきに、と受け取る。中を覗くと、可愛らしくリボンで巻かれたガチャガチャのカプセルが入っていた。

「これって……?」

 中身は、氷織が今ハマっているゲームのマスコットキャラのミニフィギュアだ。それもレアなやつ。

(あ、あの時のか!)


 ――……


「あれ、名字さん。こんな所で会うなんて奇遇やね」
「氷織くん!私は買い物の帰りなんだけど……氷織くんはサッカーの帰り?」

 偶然、なまえと町で出会した際、一緒に途中まで歩くなか、氷織はゲーセン前のそれに目が止まった。

「あ、ガチャガチャ?」
「うん。このキャラ、今僕がハマっているゲームのキャラなんやど、このとぼけた顔のやつが結構好きなんよ」
「へぇー!可愛いキャラだねっ」
「ちょっと回していってもええかな?」
「もちろん!」

 一回だけ、と羊はガチャガチャを回す。

「ガチャって開ける瞬間がドキドキするよね」
「そうそう。だから僕、アプリゲーはやらんと決めてんの。ハマると危険や」
「あはは、そうだね」

 ガシャン、カラン、と落ちてきたカプセルを取り、羊は開ける。

「はは、レア狙ったんやけど、そううまくはいかんね」

 ……という出来事から、なまえはガチャガチャをプレゼントに選んでくれたのだろう。

(……めっちゃ嬉しいかも)

 違う。

「めっちゃ嬉しい」

 高価な新発売のゲーム機より、手に収まるこのプレゼントの方がずっと嬉しい。

「名字さん、ありがとう。僕、大事にする」

 羊が笑顔を見せてお礼を言えば、なまえは緊張が解けるように赤い頬を緩ませた。

「喜んでくれたならよかった!じゃあ、私はこれで……。お友達と一緒なのに突然ごめんね。また、学校で!」
「あ、ちょっ……」

 羊はまだ話したいことがあったのに、なまえは脱兎のごとく行ってしまった。

「……待って。これ出るのにいったいいくら回したんや、名字さん」

 運が悪けば、金額がすごいことになったのでは……。
 レアが出るまで回しているなまえの姿が頭に浮かぶ。それに、同じものがめっちゃ被ったかも知れない。すると、次に何故か大量に被ったキャラたちを部屋に飾って、悩ましげななまえの姿が頭に浮かんだ。

「……はは」

 自然と笑みが零れた。そこで羊はハッと気づく。隣で、ニタニタと笑っている烏の存在に――。

「ええ子やなぁ……名字……なにちゃんや?」
「……なまえちゃんや」
「ほぅー俺に紹介してくれへん?」
「それは……あかんよ」

 なんであかんな゙のか、自分でもうまく言葉にできない。でも、あかんなものはあかんなのだ。

「冗談やアホ」
「知っとる」
「つーか、今日は氷織の誕生日やったんやな。おめでとさん」
「おおきにな」
「なんやさっきとのこの温度差」

 いつもなら楽しいはずの烏との会話も、どこか上の空に。

(誕生日プレゼントのお礼って変かな……)

 誰かのためにプレゼントを考えるって、楽しいことだったんだ――今日という誕生日に、羊は初めて知った。



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