凪の毎日は退屈に満ちている。毎日、同じことの繰り返し。だからと言って、自分からなにかを変えようとしない。
だって、面倒臭いから。
毎日その言葉で始まり、その言葉で終わる。
――だから、
「あ、ごめ」
「アァ!?てめぇ、痛えじゃねえかよ」
帰り道。道端でヤンキーに絡まれるという、非現実かつ漫画のテンプレみたいな展開に、凪の感情は少しだけ動いた。
(おぉ……今時、ヤンキーっているんだ)
三人組のヤンキーだ。凪とぶつかったのはリーダー格のようで、たぶん、あとの二人は取り巻きっぽいな、と凪は物珍しく観察する。
「ガンつけやがって、ケンカ売ってんのか?」
いや、ガンつけてんのはそっちじゃん?
凪を見下ろすように睨むリーダー格のヤンキーは、身長190pの凪と負けず劣らずの長身である。ヤンキーやらずにスポーツすればいいのに、と凪は思う。
高身長とだけで今までさんざん運動部に勧誘されたので、きっと彼も引く手数多だっただろう。
……そんな他人事のように凪は思考しているが、今まさにヤンキーに取り囲まれている張本人だ。
「おい、デカイのは図体だけじゃなくて性格もかコラ」
「ノブさんはなぁ、身長195pもあんだぞコラ」
リーダー格のヤンキーの名前はノブさんらしい。顔に似合わず素朴な名前だった。
「慰謝料。ぶつかってきた詫びと治療費に慰謝料よこせや」
金を要求された。お金なら自分だって欲しい。それとは別に凪は、自分が面倒ごとに巻き込まれたとやっと自覚する。
どう対処するのが一番穏便に済むか。ではなく、面倒臭くないかと凪は考える。
「ごめんなさいです」
とりあえず、謝罪してみた。
「なんだその謝り方は!?」
「舐めてんのかコラァ!?」
逆に火に油を注ぎ、失敗したらしい。
「いいから、金寄越せや!」
「お金持ってませーん」
「嘘つけ!その制服、金持ちが通う白宝高校だってわかってんだよっ」
「俺、キャッシュレス派だから現金持ち歩いてないんだよね」
「あ、なるほど」
「おい、納得してんじゃねーよ!」
「だったら今すぐ金下ろして来い!」
「えーやだよ、めんどくさい」
「「アァ!?」」
凪がいつもの調子で、ヤンキー相手にものらりくらりとしていると――……
(大変!凪が、ヤンキーに絡まれてる……!)
その状況を見ていた女子がいた。凪の片手で数えられる少ない人間関係のうちの一人であるなまえだ。
凪を助けないと――!
「ちょっとそこのヤンキーたち!私の友達をいじめないで!」
「ん?」
あれ、俺いじめられてたの?と、凪は思ったが、すぐにそれどころではなくなった。
「白宝高校の生徒ってことはお嬢さまじゃん!」
「お嬢さん、俺たちはいじめてたんじゃなくて、こいつがノブさんにぶつかってきたから慰謝料請求してんの」
「そうそう、超痛かったわ。お嬢さんが代わりに払ってくれんの?」
カツアゲの対象がなまえに移った。さすがの凪もこれには焦る。
「ちょっと、なまえ。なんで来たのさ」
「凪がヤンキーに絡まれてたから助けに……」
「余計めんどうなことになったんだけど」
自分一人ならどうとでもなるのに。
本人は助けに来たつもりでも、凪からしたら逆に彼女をヤンキーたちから守らなくてはならなくなった。
本人曰くお嬢さまではないらしいが、ヤンキーから見れば白宝高校の制服を着てるなまえはお嬢さま当然で、格好のカツアゲ対象だ。
「それか、お嬢さまが俺たちと遊んでくれるならそれでもいいぜ?」
……なんかそれは、イラっとする。
最近電子書籍で読んだ、流行りのヤンキー漫画のケンカのシーンを凪は思い出す。
相手のパンチを避けてから、主人公は自身のパンチを食らわしていた。……うん、なんか簡単に出来そうな気がする。
俺にもケンカ、やれそう。
「大丈夫だよ、凪。――最強の味方を呼んだから!」
「最強の味方……?」
不思議そうな顔をした凪だったが、すぐにその"最強の味方"が誰かわかった。
ややしてリムジンがこちらに止まり、そこから降りてきたのはもちろん。
「おい、ステレオヤンキー共」
凪の片手で数えられる少ない人間関係のうちのもう一人、玲王だ。
「俺の宝物にイチャモンつけてんじゃねーよ」
「宝物?このお嬢さんはてめえの女ってわけか。スカした言い方しやがって!」
「あ、宝物は私じゃなくて……」
「……!?」
なまえから凪へ視線を移したヤンキーたちの目は不審げな目だ。……やめて欲しい。何故玲王が自分を宝物って言ってくるのか、凪にだってちょっとよくわからない。
それよりも……
「ねえ、なまえ。明かに人選間違ってるよ」
「ん?」
御曹司の玲王を、今まさにカツアゲしようとしているヤンキーの前に連れてきたら。
それはもうネギ背負った鴨を差し出しているようなものだ。
「見るからにボンボンのてめえが、慰謝料代わりにたんまり払ってくれよ」
案の定、ヤンキーは玲王にもたんまり金を要求してきた。
「は、慰謝料?なに言ってんだお前」
「ぶつかってきた慰謝料だよ!」
「慰謝料の意味わかってねーだろ。バーカ」
「アァ!?」
「ケンカなら良い値で買ってやるよ」
玲王はなかなか好戦的だった。あれ、玲王ってケンカ強いの?と、凪は首を傾げる。
育ちが良さそうだし、ケンカなんてくだらないこと、今までやったことがなさそうだけど……。
「――では、坊ちゃま。ここはこの私が詳しく話を聞いてみましょう」
間に入るような言葉と共に、リムジンの運転席から出てきたのは玲王専任の執事だ。
頭の上でお団子を二つに結い上げた可愛らしい髪型だが、黒いジャケットの上からでもわかる筋肉に、凪とヤンキーよりも高い二メートル弱の身長。
老女とはいえ、タダ者ではない風貌に、ヤンキーたちからはひぃと短い悲鳴が上がった。
「玲王のボディガードでもあるばぁやさんなら最強でしょ!」
……なるほど。なまえは玲王ではなくばぁやを助けに呼んだつもりだったらしい。
確かに玲王を呼べば、必然的にばぁやが着いてくる。
「なにがあったのか、詳しく話をお聞かせ願えますでしょうか」
口調は丁寧だが、目は鋭く、ヤンキーたちは怯えたように一歩、二歩と下がった。
「おい、このバアさんどこかで見たことねえか……?」
「!H×Hでこんなキャラいた……!」
「やべぇ、念とか使えんじゃね!?」
に、逃げろーーー!!
……と、そんな声が聞こえてきそうな。
ヤンキーたちは背を向け、一目散に退散していった。
「ばぁやさんって、念使えんの?」
「ご想像におまかせします」
◆◆◆
「弱ぇ奴ほどよく吠えるって言うけど、ダセェ奴らだったな」
「何事もなくてよかったよ」
「初めてケンカするかもって思った」
危ねえから送ってく、と玲王のリムジンに乗りながら会話をする中――凪のその言葉に、二人は思わず顔を見合わせる。
次に吹き出すように笑った。
「お前はケンカって柄じゃねえだろ」
「凪、平和主義じゃなかった?」
いや、君が急に割り込んできたからだよ。一人なら逃げ切れる自信もあったけど……と、凪は口に出さず思う。
「そう言う玲王はケンカしたことあんの?」
「そうそう、さっきは玲王が挑発するからちょっとハラハラしちゃったよ」
「ケンカかぁ……」
玲王はそう思い出すような素振りを見せたあと。
「札束で殴りあったことがあるぐらいだな!」
え、ええ……?
御曹司ジョークなのか、比喩なのか、そのまんまの意味なのか。玲王はからりと笑って答えた。