私の名前は名字なまえ。
とある東京の高校に通う、ごく普通の17歳の女子高生だ。
彼氏はいないけれど友達には恵まれ、勉強も運動もそこそこ励み、一般的なスクールライフを送っている。
そんな平凡な私が、この度、担任の先生から職員室に呼ばれた。
職員室に呼ばれたことなんて、小学生に入学してから一度もない。なにかやらかした?この間のテストの点数が悪かった?成績も平々凡々だけれど。
「失礼しま〜す……」
緊張の面持ちで職員室の扉を開けると「おーおー、名字。こっちこっち」すぐに担任に手招きされ、そちらへ向かう。
「さっそくだが、名字。お前、今年のクリスマス会の実行委員になってみないか?」
何事かと思ったら、クリスマス会の実行委員の打診だったらしい。悪いことではなくて、私はほっと胸を撫で下ろした。
クリスマス会とは、毎年うちの高校から二名、近くの幼稚園へ訪れ、ボランティアを兼ねて子供たちと交流をするイベントだ。
幼稚園の飾りつけなどの手伝いはもちろん。サンタの格好をして、高校生のお姉さんとお兄さんが書いた手紙を子供たちに渡す重要な役割もある。
「今年は立候補が少なくてなぁ。お前が引き受けてくれたなら先生も助かるんだが……」
「じゃあ、私でよければ……」
せっかく声をかけてもらったし、子供は嫌いではないので二つ返事をした。
――ことが、間違いだった。
「おお、そうかそうか!助かるよ。別のクラスからは士道龍聖ってやつが実行委員になったからよろしくな」
士道……龍聖……!?
「あ、あの、士道龍聖ってあの士道龍聖ですか?」
「うちの学校に士道龍聖は一人しかいないから、あの士道龍聖だな」
「……失礼ながら、人選ミスだと思うんですが」
「本人から立候補があってなぁ。子供たちのふれあいは情緒を育むのにちょうどいいと思ったんだ」
「やっぱり私、辞退を……」
「あ、もう書類に名前を書いちゃったから」
……てへっと笑うハゲた中年男性を想像してみて欲しい。怒りしか湧かない。
だが、私は不満の一つも言うことができず、その怒りを飲み込み、とぼとぼと職員室を後にした。
だからこそ、担任は私に打診したのだろう。
「どーしよう……」
教室に戻り、机に突っ伏した。事情を話すと、みんなが同情の眼差しを向けてくる。
「まさか、あの士道龍聖がクリスマス会の実行委員とはねぇ」
「あいつって、サッカー部で相手チームだけじゃなくて味方チームもボッコボコにしたんでしょ?よく退学にならなかったよね!」
「サッカーはめちゃくちゃ上手かったらしいじゃん。退部になってもったいないよねー」
次々と彼女たちの口から噂話が出るように、士道龍聖はこの学校では悪い意味でちょっとした有名人だ。
いわゆる不良の位置付けで、派手な見た目と違わず、粗暴な態度が目立つらしい。
入学してすぐサッカー部に入って、三年の先輩からレギュラーを奪ったけど、暴力沙汰で退部になったという話は伝説になっている。
「私もボッコボコにされるかもしれない……」
「いや、さすがに女相手に手は上げないんじゃない?そんな噂、聞いたことないし」
「女関係の噂は聞かないよね」
「女癖が悪いのはあいつだよ!ほら、C組の〜〜」
話はいつの間にか士道龍聖から、C組の女癖が悪いクズ男くんに変わっていた。
そのうち予鈴が鳴り、午後の授業が始まる。
勉強に集中しようとするも、私の頭の中は今後の不安と心配でいっぱいだ。
どう考えてもコミュ力もそこそこの私が、あの士道龍聖と上手くやれる気がしない。
まずは顔合わせだが、考えるだけで胃が重い――。
「ねえ、なまえを元気つけるために、このあとカラオケ行かない?」
「いいね!」
「行こ行こ!」
放課後。授業が終わり、遊びに誘われる。カラオケでパーっと歌ったら、この気分も晴れるかな……。帰る準備をし、鞄を手にした時だった。
「名字なまえっているー?」
!?
ガラっと教室のドアが開いて、その人物が顔を出した瞬間、教室がざわめく。
士道龍聖……!?
なんで私の名前?同じクリスマスの実行委員だから知っていてもおかしくないけれど、この時の私はパニックを起こしていた。
向こうから出向いてくるなんて聞いてない!
パニックを起こした私が次に起こした行動は、隠れることだった。
さっとしゃがみ、机の影に身を潜める。
「そこのトンガリ頭くん。名字なまえってどの子?」
「トっ……!?名字さんは……」
空気を、空気を読んでトンガリ頭くん!(彼には立派な名前があるが、その時の私はその呼び方しか出てこなかった)空気を読んで「名字さんはさっき帰ったよ」と、言って……!
そう、両手を組んで必死に願う。
「向こうの席の……」
私の願いは彼には届かなかった。足音が徐々に近づいてくる。そして、背中のすぐ後ろで止まった。
「あんたが名字なまえ?」
「は、はい」
「なにしてんの?」
「ちょ……ちょっとコンタクトを落として……」
自分でも苦しい嘘だと思う。
「探すの手伝ってやろうか?」
「お、お気遣いなく……」
「あ、そう。俺たち、同じクリスマス実行委員っしょ。ヨロシクってことで、じゃーねー」
その言葉を最後に、今度は足音が遠ざかっている。ほっ、というため息が口から出た。やっと振り返ることができ、その後ろ姿を目にする。
「あ」
え?急にその背中が止まったかと思えば、士道龍聖は半分、顔をこちらに向けて。
「嘘つくならもっと楽しめる嘘つけ、名字ちゃん♪」
「……!」
ニヤリと笑ったその顔は、彼のあだ名に相応しいと思った。
士道龍聖、あだ名は――悪魔。
「……やっばぁ、生士道龍聖」
「間近で見ると、でっか」
「なまえ、大丈夫?」
バルバレの嘘を指摘され。次、会うときは、どんな顔をすればいいんだろう……。
◆◆◆
「まず、幼稚園に飾るクリスマスの飾りつけを作ることから……」
「ねーなんでさっきから目ぇ合わせてくんねえの?」
――クリスマス会の準備で、嫌でも一緒に作業しなくてはならない。どんな顔すればいいかどころか、私は顔を向けられずにいた。てっきり目が合ったら「なにガンつけてんだ」って、いらぬトラブルになるかと思ってだが、どうやら逆らしい。
「今すぐ顔をこっち向かねえと爆発すんぞ」
「えっ」
そんな物騒な言葉で反射的に顔を向けると、士道くんと目が合った。彼はニヤリと笑う。
「おーやっとこっち見た」
髪色も派手だけれど、顔の作りも彼は派手だ。その顔にエジプトのツタンカーメンを思い出す。じつは同じルーツだったり……は、さすがにないか。
「あからさまにビビられると萎えるんだけど」
「ご、ごめんなさい……」
確かに失礼な態度だったかも知れないと、素直に謝る。人間、見た目が全てじゃないと言うし、私が知っているのは噂話の士道くんだけだ。
「べつに獲って喰ったりしねぇよ。女に興味ねーし」
確かに、女関係の噂話は聞いたことがなかった。彼女がいるというのも耳にしたことがない。
「俺はボールとゴールを愛してるピュアなサッカー少年だぜ?」
ごめんなさい、士道くん。その言葉は胡散臭いです。ピュアという言葉がここまで似合わない人もいるんだなーと、彼を見る。
「えぇと、私は無事にクリスマス会が無事成功すればいいから……今日はクリスマスの飾りを作ります」
「つまんねー。名字ちゃん、一人でやってよ」
「……士道くん、なんでクリスマス会の実行委員に立候補したの?」
「サンタが嫌いだから。赤白の不法侵入のデブじゃん、あいつ。だから俺がサンタになるぜ」
「……へ、へえー」
ちょっと理解ができなかったけれど、とりあえず頷く。サンタクロースのことをそんな風に言う人に初めて出会った。
「あ、血まみれサンタの絵とかよくね?」
「よくないです」
それじゃあホラーなクリスマス会になっちゃうよ。子供たちはきっとショックを受け、泣いてしまう子もいるかもしれない。
「私にまかせてほしいな……図工とか得意だし」
むしろ、士道くんにはなにもしないでほしいという意を込めて。
「お、マジ?んじゃよろしく、名字ちゃん」
調子よく士道くんは言った。その方が私もやりやすいから、それはいいんだけれど……
「……」
何故か士道くんはこの場に留まるらしい。鞄から漫画を取り出して読み始めた。チェンソーマンだ。その漫画の趣味はなんとなくしっくりくる気がする。私は読んだことがないけれど、内容はなかなかグロいとかなんとか。それこそ血まみれかもしれない。
「あーチェンソー振り回してぇ」
今度は士道くんから物騒な発言が飛び出して、黙々と折り紙を切っていた私の手が止まった。まさか本当に実行はしないと思うが、私は知っている。
最近、体育館裏の木を整備するのに、チェンソーが使われ、放置をされていることに。
士道くんが気づきませんようにと、私はこっそり祈った。
◆◆◆
「バイバーイ、名字ちゃん!また明日な」
「うん。また……」
……また明日?
その言葉通り、翌日も士道くんは空き教室にやってきた。私の手伝いをすることもなく、漫画を読むだけ。
時々「それクリスマスツリー?すげえじゃん」と感想をくれる。思ったより怖い人じゃないのかな……と思いつつ、
「ぶはっ、人体爆破サイコー!」
読んでる漫画の感想がやばい。こうして、クリスマス会の委員会にならなければ絶対に関わらないようにしてたと思う。
◆◆◆
「……できた!」
飾りはこれで完成だ。すると、士道くんが読んでいた漫画から顔を上げた。
「よくできましちたね〜褒めてあげまちゅ」
「あ、ありがとう……?」
何故、赤ちゃん言葉……?不思議に思うも、気にしたら負けな気がする。
◆◆◆
「クリスマス会の手紙?いいよー」
「あたしも書く書く!」
次にやるべきことは子供たちへ渡す手紙の用意だ。実行委員の役割でこれが一番大変で重要な仕事だろう。翌日、まずはクラスの友達に頼んだ。彼女たちは快く受けてくれて、ほっとする。でも、数は全然足りないし、男子にもお願いしたい。
「なに書いていいかわかんねぇし……」
「ごめん!俺もパス!」
案の定、次々と断られて、私は肩を落とした。手紙を書くのにハードルが高いのはわかる。私も年賀状ぐらいしか書かないし。
別のクラスにお願いするのは気が引けるが、仕方がない。
まずは隣のクラスから。士道くんのクラスだけれど……。ちらっと覗いてみると、あの派手な容姿が見当たらず、不在だとすぐにわかった。いたところでどう声をかけていいかもわからないので、逆によかったかもしれない。
「あれ、なまえちゃん?どうしたの?」
そう声をかけてきたのは、以前同じクラスだった子だ。事情を説明すると、彼女は手紙を書くのを引き受けてくれるという。
「ありがとう、助かるよ!」
「士道と一緒の実行委員なんだろ?大変だよなぁ」
一人の男子生徒の言葉に、私は曖昧に笑って答えた。手伝ってはくれないけれど、今のところトラブルもないのでそれほど大変には感じていない。
「あ、まだ手紙の人数が足りないんだ。よかったら書いてもらえないかな?」
「はぁ?やだよ。手紙なんてめんどくせぇ」
そんな風にあからさまな断られ方をされると、私もちょっとむかっとする。顔にも口にも出さないけれど。こっちも人間だ。
「――書けよ。その頭と手は飾りじゃねぇんだろ?」
「!?いででっ!」
「っ士道くん!?」
いつの間にか士道くんがそこにいて、彼の頭を鷲掴みにしていた。ミシミシと音が聞こえてきそうで、慌てて私は止めに入る。
「士道くん!暴力はだめだよ!」
「コイツの中に脳みそ詰まってんのか確認中〜」
「手紙、書く!書くから!」
その言葉に、パッと士道くんの手が頭から離れた。
「名字ちゃん、あと何人分必要?」
「え?えぇと……」
私が数を言うと、士道くんは驚愕しているクラスメイトたちを一瞥し、笑顔を浮かべたまま言う。
「このクラスで足りんじゃん。お前ら、書くよな?」
そこに拒否権はなかった。拒否したら、先ほどの彼のように頭を潰されかけるだろう。暴力はよくないけれど、士道くんは実行委員を役割を果たしてくれたらしい。
「ありがとう、士道くん。おかげで手紙用意できたよ」
数日かけて、私の所に集まった(さすがに士道くんに渡す猛者はいなかったらしい)色んな便箋の手紙を見せる。
「俺、いい仕事したっしょ」
「だね」
暴力はよくないけどね……。準備は完了し、あとは当日を待つだけだ。
「名字ちゃんもサンタの格好すんだろ?」
「うん、私もするよ」
「ミニスカサンタ?」
「普通のサンタの格好だけど……」
「女子のサンタっつったらミニスカサンタじゃねえの?」
学校で用意されたサンタ服にミニスカサンタはないと思う。士道くんいわく「あれはエロくていい」らしいけれど。女に興味はなかったんじゃないのかと、心の中でつっこんだ。
◆◆◆
「あらあら、今年は外国の生徒さんが手伝ってくれるのね」
「園長せんせー、俺、純日本人だぜ」
「あら、ごめんなさいね。目鼻立ちがとてもくっきりしていたからてっきり」
穏やかな院長先生の質問により、士道くんはエジプトの血筋とはなんの関係ないことがわかった。
「士道くん、サンタの格好似合ってるね」
「お、やっぱ?あのデブよりイカしてんだろ」
サンタのことをそんな風に言うのは聞かなかったことにして……赤いサンタ衣装が似合っているのは本当だ。
「ガキんちょどもにサンタがただの赤白初老デブって現実を教えてやんねぇとな!」
「士道くん、それは止めよう」
まだみんな幼稚園児だから、夢は壊さないであげて。士道くんはサンタになにか恨みでもあるのだろうか。
そんなこんなで、士道くんが子供たちの夢を壊さないかひやひやしたが(危うい発言をしそうな時は慌てて止めた)クリスマス会は無事に終わった。
「お疲れさま。子供たちってパワフルでちょっと疲れたね」
「あいつら、俺を遊具かなんかだと思ってね?」
サンタ士道くんは背の高さもあってか、女の子にはちょっぴり怖がられたけれど、男の子には大人気だった。
やんちゃな男の子たちがプロレス技を士道くんにしかけるものだから、反撃しないかそちらもひやひやしたが、さすがに手加減していたようだ。
今後、たぶん着ることはないであろううサンタの衣装を脱いで、身支度を済ませる。園長先生にお礼としてもらった、クリスマスっぽくラッピングされたお菓子の詰め合わせが嬉しい。
「士道くん、もうお菓子食べてる」
「腹減った」
うまい棒を食べる姿に、唐突に士道くんも同じ高校生だったと思い出した。彼は色々と超越しているから別の世界の人のようにも感じてしまう。
そんな士道くんと、成り行きで途中まで一緒の帰り道だ。
男の子と肩を並べ歩くなんて小学生以来であり、ちょっと緊張する。
「……昼間でも今日は寒いねー」
「あー日が出てねぇからかな」
私から話しかけたのは気まずさからだ。とはいえ、ありきたりな天気の話に、会話は続かない。
「名字ちゃん、家どっち?」
「あ、××町の方だよ」
「ふーん、俺と反対ね」
そうこうしているうちに、早くもその別れ道となった。
「じゃあ、士道くん……」
その続き「またね」と言うのもおかしい気がする。クリスマス会は終わって、士道くんとの接点もなくなり、もう関わることもないだろうから。
「名字ちゃんはサンタ信じてた?」
唐突に投げ掛けられた質問だった。どうだったかと思い出しながら私は答える。
「物心つく頃には両親がクリスマスプレゼントをくれるって知ってたから……そういう意味では信じてなかったかな」
だからこそ、純粋にサンタクロースがいるって信じている子供たちの夢を、守りたかったのかもしれない。
「んじゃ、俺サンタからのプレゼント」
「え?」
そう言って士道くんが差し出したのは、可愛くリボンされた小さな袋だ。
「爆弾……?」
思わず口から出た言葉に、士道くんは吹き出して、ツボにハマったのか声を上げて笑った。この間「爆発するぞ」と言われたから、華麗なる伏線回収かと思ってつい。
「爆弾じゃねーから、開けてみてちょ」
言われた通り、リボンをほどいて中身を見ると……
「え、可愛い……」
「センス爆発してね?」
雪の結晶と白い羽の冬をモチーフにしたキーホルダーだった。士道くんのイメージだと悪魔っぽいけれど、これは天使のイメージだ。
「ありがとう!嬉しい。でも、本当に貰っちゃっていいの?」
「俺があげたかっただけだから、いらねぇなら捨てるなり煮るなり焼くなりしていいぜ」
「捨てないし、煮たり焼いたりもしないよ。……本当に嬉しいもん」
そう私が言うと、士道くんはちょっとだけ照れくさそうに笑った。あ、そんな顔もするんだ。ここ数日間で、噂ではない士道くんのことを知れた気がする。
「バイバイキーン!また明日!」
「うんっ、また明日!」
釣られて、自然とそう返事している自分がいた。明日から、廊下ですれ違ったら挨拶を交わす仲にはなっているかもしれない。
翌朝。リュックに士道くんにもらったキーホルダーをさっそくつけて、登校する。
「――なまえちゃん!おは!」
……ん?
「それ、さっそく付けてくれてんじゃん」
「え、あ、うん」
士道くんに親しげに下の名前で呼ばれ、親しげに肩を組まれた。それを見て、周囲がざわめき出した。
私は今、これまでの人生で一番注目を浴びている。
「なまえ!士道とつき合ってるってホント!?」
「クリスマス会でなにがあったの!?」
「つき合ってないよ!」
クラスに入った途端、質問攻めだ。噂が広まるのが早すぎない?これもすべて、士道くんの策略だったらどうしよう。だって、さっきニヤリと笑った顔は、どう解釈しても「いいおもちゃを見つけた」という顔だったから。
「なまえちゃーん!一緒にメシ食おーぜ!」
クリスマスに悪魔は降臨した。願うは、私の平凡なスクールライフをあまり脅かさないでほしい。