凪の好きな飲み物はミルクティーだ。
今日も校内の自販機でそれを買おうと財布を開く。
(……100円がない。500円でいっか)
500円玉を自販機に投入しようとし「あっ」ぽろっとそれは凪の指からこぼれ落ちてしまった。
(げえ……)
ころころと転がり、運悪く500円玉は自販機の下へ――。
(奥に入っちゃったかな?めんどくさーい)
しゃがんでみたものの、その下を覗く気にはならない。
500円玉はなかなか大きいが、それよりもめんどくささの方が凪は勝つ。
諦めようとしたところに――
「凪、どうかしたの?」
現れたのは、凪の片手で数えられる少ない人間関係のうちの一人、なまえだ。
「500円玉、この下に落として……」
「500円!?」
諦めようとしていたところと続く言葉は、なまえの声で遮られてしまった。
「一大事だよ、それ!」
「100円玉よりは一大事だけど……」
「ちょっと待ってて」
のんびりしてる凪とは別に、なまえはスマホを取り出すと、ライトをつけて地面に四つん這いになる。
その行動に凪はえっと驚いた。
「うーん……枯れ葉がいっぱい落ちててよくわかんない……」
自販機の下を覗きこみ、必死に探すなまえ。そこまでしなくてもいいよと凪は伝えるが「だめだよ!大事なお金だよ」と、なまえは聞かない。
(これがお人好しってやつ?)
他人の500円玉のためにそこまでするなんて。
理解はできないが、自分のためにしてくれているので。
「こっちからも照らしてみる」
凪は自分のスマホを取り出すと、ライトをつけて、自販機の下を照らす。
ほぼゲームや娯楽にしか使ったことがないスマホで、初めてこの機能使ったかも。
「ん、ありがとう」
こっちがお礼を言われるなんて、ますます不思議な子だよなぁと凪が思っていると……
「……。お前ら何やってんの?」
凪の片手で数えられる、少ない人間関係のうちのもう一人が現れた。
「あ、レオ。かくかくしかじかで」
「そんな説明通じるのは漫画の中だけだっつーの。説明はめんどくさがるな、凪」
「凪の500円玉が自販機の下に入っちゃったみたいなの。ねえ、レオ。なんか長い定規とか待ってない?手が届かなくて」
凪の代わりに答えるなまえに「生憎持ってねえ……けど……」と、言葉が尻窄みになりながら答えるレオ。
四つん這いになっているせいで、なまえのスカートから伸びる脚が艶かしい感じになっている。
「……。レオ、見すぎ」
「バッ!みっ見てねえよ!」
慌てるレオに「女子からモテるのにそんな反応するんだなぁ」と、凪は珍しいものを見た。
「私、先生から長い定規借りてくる」
「そこまでしなくていいよ。レオに奢ってもらうから」
「あのなぁ……。まあ、いいけどさ」
「だめだよ!」
なまえは怒ったように声を上げた。
「二人は家庭が裕福だから500円玉ぐらいって思うかも知れないけど、うちは無理してこの学校に入れてもらったから、お金は大事にしたいの」
「俺たちも蔑ろにしてるわけじゃねえけど……」
「うん。ほら、タイムイズマネーってやつ」
「めんどくさいを上手くかっこよく変換したな」
レオは凪につっこんでから、再びなまえに向かって口を開く。
「まあ、待てなまえ。俺に良い考えがある」
「良い考え?」
「まあ、見てな」
にっと歯を見せて笑うレオ。それは彼にしかできない方法だ。
「相撲部の野郎共だ!」
そして、得意気に彼らを紹介したレオ。以前、サッカー部で活躍できる人材がいないか、運動部を駆けずり回った際だ。
ついでに各部活の人脈もしっかり築いていたのだ。
御影玲王に抜かりなし。
「お前ら頼んだ!」
「うおおぉ!!」
相撲部の彼らはせーのと自販機を担ぐ。
「あったー!500円玉あったよ、凪!」
その隙になまえは凪の500円玉を拾った。
凪はレオのやることはわかんねーとその光景をぽかんと見ていた。
定規を借りに行くよりむしろ大掛かりになっている。
「相撲部の皆さん、ありがとうございます!」
「ご…ごっつあんです…」
満面の笑顔でお礼を言うなまえに、相撲部は照れながら帰っていった。
「はい、凪。よかったね、500円玉」
「ん…ありがとう」
「あ、レオは飲み物なにがいい?」
「俺?」
「手伝ってくれたお礼に飲み物奢るね」
「……なんかそれおかしくね?」
本来なら凪がお礼をする立場のような……。
そんな凪はさっさと500円玉を入れて飲み物を買っている。
「……はい」
「「ん?」」
「二人にどーぞ」
……お礼。そう小さく呟いて、驚きながらも、それぞれ飲み物を受け取る二人。
なまえとレオは、顔を見合わせるとふっと同時に笑った。
「ありがとう、凪」
「おーい、凪。俺はこっちの飲み物の方がよかったな」
「ぜいたく言わなーい」
三人は飲み物片手に、バラバラの高さの肩を並べて歩く。