たぶん、入れ替わっても気づかない

 九州のサッカー名門校といえば、その一つに羅古捨実業高等学校の名が挙がるだろう。
 全国大会常連であり、そのダブルエースと言われる鰐間兄弟は、本人たちのキャラもあってちょっとした有名人だ。

「あの」

 だが、千切にとってそんなことは毛ほども興味がない。自分がこの高校――このサッカー部に入部したのは、

「俺は全国優勝して自分の名前売るために羅実に来たんで、この生産性のない上下関係なくしてもらえますか?」

 相手がエースだろうが先輩だろうが、臆することなくそう言った、その言葉が全てだ。


「なんだコイツ……疾っや!?」

 そして、ものの数秒で羅実のヒエラルキーは崩れようとしていた。鰐間兄弟との2on1で、千切があっさり抜き去ったことによって。

「約束通り、黙ってくださいね」


 新人部員たちの初日はざわめきで終わる――。


(……ん?なんだこれ)

 鰐間兄弟から負け惜しみのような嫌みを言われても気にしなかった千切だったが、部室の壁に張られた貼り紙には気になった。

『エイプリルフール禁止!!!』

 貼り紙には手書きでそう書かれている。……エイプリルフールって、あのエイプリルフールだよな?
 
「あの、これなんですか?」

 千切は部室で仕事をしているマネージャーに聞いてみた。名前は確か、……名字なまえ先輩だ。

「ああ、それね……」

 なまえは作業をする手を止めて、千切の疑問に答える。何故か苦い顔になりながら。

「ついこの間のエイプリルフールの日に、鰐間のバカ兄弟がついたくだらない嘘をついて私はまんまと騙されたの」

 あれは屈辱的だった……と語るなまえは、そのことから今後のエイプリルフールは禁止にしたと話す。

「へぇ……どんな嘘をつかれたんですか」

 興味がある、というわけでもないが、話の流れで千切は聞いてみた。あの兄弟に巧妙な嘘をつけそうに見えないが。

「兄と弟が入れ替わったという嘘」

 ……。は?兄と弟が入れ替わった?

「なんです、それ」
「つまり、淳壱と計助の中身が入れ替わったっていう嘘」
「いや、ますます意味不明……てか、フツーそんな嘘信じないですよね?」
「だって今まで無口だった淳壱がペラペラ喋りだして『俺の中に計助が入り、計助の中にいるのが俺だ!ってお兄が言ってる』って言うんだよ?信じちゃうよね」

 いや、信じねーよ。と千切は心の中で突っ込む。三人は中学も一緒だったらしく、淳壱が喋ったところを一度も見たことがなかった、という彼女の言い分を聞いても普通は信じないと千切は思う。

「今『こいつ信じてバカだな』って思ったでしょ」
「そこまでは思ってないっす」
「ちょっとは思ってたんだ……」

 どちらかと言うとくだらない嘘をついた鰐間兄弟にバカだなーと思った。

「そう言う千切くんはエイプリルフールで騙されたことはないの?」
「そもそもエイプリルフールにそんな縁がないっていうか……」

 そこまで話して「あ」と、千切は思い出した。

「俺、姉がいるんですけど、小さい頃に……」

『豹馬はじつは女の子なんだよ。だから、私と一緒に可愛い格好しよ!』

「って、女装させられそうになったことはありましたね。もちろん着なかったし騙されなかったけど」

 女だったらこの付いてるものはなんなんだ、と幼いながら冷静に思ったものだ。

「お姉さんの気持ち、ちょっとわかるかも」
「それ、遠回しに女装が似合うって言ってますよね?不本意なんですけど」
「そんなことないよ〜」

 笑ってごかますなまえに、千切ははぁ……とため息を吐くだけで終わらせた。小さい頃から姉と一緒に歩いているとよく姉妹に間違えられていたし、その手の反応は慣れきっている。いや、慣れって怖い。

「じゃあ、初日お疲れさま。明日もよろしくね、期待の新人ルーキーくん」
「うす」
 
 校門を出たところで、再び鰐間兄弟が待ち構えていた。案の定、説教を言われたが、千切はさっきのなまえの話を思い出し「どっちが兄でどっちが弟だったっけ」と、ぼんやり考える。そう時間は経たずに結論。どっちがどっちでもどうでもいいな。

「お疲れっす」

 千切は涼しい顔で、二人を横切る。サッカーで明確な目標がある千切にとって、それ以外のことは春風のように通りすぎるものだ。



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