打算的なバレンタイン

 私がこの"青い監獄ブルーロック"の選手たちの指導係に抜擢されて、早数週間が経った。
 業務には慣れたが、新卒の新人でも素人でもある自分が何故、この日本サッカー界一大プロジェクトに抜擢されたのか、今でもわからない――。


「あ、いたいた!なまえちゃん!」
「今村、名前をちゃん付けで呼ぶのは止めてって何度も……」
「そんなことより!」


 なまえが指導係になって数週間。
 選手たちともだいぶ関係を築くことができた。
 そんな彼女の元へ駆け寄ってきた今村は、選手たちの中でも真っ先に親しくなった少年だ。邪険にされるよりはいいが、ちょっと馴れ馴れしいとなまえは思っている。
 そんな今村はいつになく真面目な顔をしていた。ついに彼も、サッカーの何かに目覚めたのだろうかとなまえは期待した。

「もうすぐ2月14日じゃん?」
「うん?そうだね」
「ちょっとちょっと、なにそのうっすい反応ー。2月14日って言ったらバレンタインじゃん!」

 全然違った。以前、蜂楽が「今村ってサッカーより女の子が好きなんだと思う」って言っていたことを思い出す。
 思春期の男の子がバレンタインにそわそわするのはわかるが、ここは"青い監獄ブルーロック"だ。

「もちろんバレンタインチョコは用意してくれるよね?」

 もちろん、そんな浮わついた行事なんてやるわけがない。

「用意なんてしないよ」
「……はは〜ん。そう言って本当はこっそり用意してくれる感じでしょ?」
「いや、本当にないよ。そもそもあの絵心さんがそんなことを許すわけないし」
「そこは粋な計らいで用意してよ!年末年始も休まず頑張ってんだから、チョコぐらいこっそりくれたっていいじゃないか!」
「え、ええ……」

 日頃の鬱憤が爆発したように、今村はなまえに詰め寄った。こっそりったって、もしもバレたら……

『帰れ(ファック・オフ)』

 新卒で早々に首になるのは、その後の人生も考えて避けたい。

「アンリちゃんと手作りしてさ!」

 ちょっと帝襟さんも巻き込まないでよ!
 どう今村を宥めようか考えていると、なんだなんだと騒ぎを聞きつけた選手たちも集まってくる。

「どうしたんだ、今村。大きな声出して」
「あ、潔!潔もバレンタインのチョコ欲しいよな!?」
「バレンタイン?」
「そういや、もうすぐ2月14日か。んで、今村がまたくだらねーことを言ってんのか」

 雷市の言葉に今村が反論し、喧嘩に発展しそうなところを潔と一緒になまえは止めに入る。喧嘩はもちろん、トラブルも厳禁だ。現場を監督できなかった自分に責任が問われる。

「え、バレンタイン?はいはーい!俺はパイナップルがいい!缶詰のやつ!」
「蜂楽、バレンタインはやらな……」
「はーい。俺、かりんとう饅頭」
「チョコも嬉しいけど、俺はきんつばがいいな……」
「え?これリクエスト制なの?じゃあ、俺は……」

 だからバレンタインはやらないんだってば!
 次々と自由にリクエストをしてくる選手(伊右衛門までも)たちに、なまえは頭を抱えた。

 ……それにしても、千切と潔は渋いチョイスね。


「バレンタイン?なに言ってんの、そんなのないよ。このプロジェクトに必要性があるなら考えてあげてもいいけど」

 絵心に進言するには必ず論理的な理由を求められるが、このプロジェクトにバレンタインが必要というロジックをなまえは持ち合わせていない。

「いえ、必要性は……一部選手たちのモチベーションでしょうか」
「そんな一過性のモチベーション、なんの意味もなさないよ」
「ですよね〜」
「……新人ちゃん」


 調子よく笑って答えたら、絵心の気に障ったのか説教が始まった。


 ◆◆◆


「――最近。絵心さん、いつにも増して人使い荒くないですか……。そうじゃなくても業務が増えたのにぃ」

 ちなみに、なまえの業務が増えたのは大学も一緒だった同期の男のせいである。

 彼は齢16歳の高校男子に、こてんぱんに論破されたらしく、プライドをズタズタにされてここを去って行った。代わりに彼が担当していた選手たちも、なまえが受け持つことになったというわけだ。あんなに大口を叩いていたくせに、高校生相手に情けないヤツめ。そうなまえは恨めしげに思っていたが……なるほど。

『……チッ。モブ教官が次から次へと……。俺が使えねぇと判断したら、前のヤツみてぇに切り捨てるからな』

 ファーストタッチから年上への敬意もなく、えらく生意気な少年だと思っていたが……今のなまえの胃痛の半分は糸師凛ことこの少年になっていた。

「やっぱりそうよね!絵心さん、私にも予算を増やせって無理難題を言ってくるのよ……。あの銭ゲバ狸に頭を下げるこっちの身にもなれっての!他にも〜〜」

 いつものアンリとのお昼休憩にポロっと絵心の愚痴をこぼしたところ、逆にアンリの口から倍になって愚痴が返ってきた。
 アンリの前に置かれたカップ麺を見て、納得。

(今日はとうがらし5つか……MAXレベル)

 激辛好きらしい彼女は激辛レベルによってストレス度が測れるので、これはそのままストレスMAXということになる。
 きっと、銭ゲバ狸こと不乱蔦会長に嫌みをさんざん言われたのだろう。

「あ、そうだ。今日、選手たちの間でバレンタインが話題になったんです」
「そっか。もうそんな時期よね」
「帝襟さんはバレンタインの思い出とかありますか?」
「私?そうねー……」

 アンリは思い出すように、視線を斜め上に移して話す。

「私、高校は女子校でサッカー部に所属してたんだけど、エースの先輩がすっごくかっこよくて……」

 彼女は食堂からいただいた社食を食べながら、アンリの話に相づちを打った。アンリがサッカーが10歳から始めたという、サッカー少女と知ったときは驚いた。スポーツとは無縁そうな女性らしい雰囲気だったからだ。

「その先輩、人気があったから当然色んな子からチョコを貰ってたんだけど、ホワイトデーのお返しに「アンリは激辛が好きだから、チョコよりもこっちの方が喜ぶかなって思ったんだ」って、激辛スナックをくれたの!」

 そ、それは……

「ちゃんと好みを把握してお返ししてくれるなんて、すごく素敵な先輩ですね!」
「でしょ!?サッカーも性格も完璧で……まるでベッカムを女性にしたような人だったわ……」

 アンリはうっとりするように言った。ベッカム似の女性……かなりのイケメンの女性ではないだろうか。なまえは想像しようとしたが外国人だからか、上手くイメージできない。

「ちなみに日本人で例えると誰ですか?」
「う〜ん、中田選手かしら」
「……方向性が全然違いません?」

 いや、中田選手もかっこいいけど。

「帝襟さん、本題なんですけど」
「本題があったのね」
「バレンタインのチョコをあげたら絵心さん、ちょっとは優しくなりませんかね?」

 なまえは冗談ではなく、真剣にアンリに言った。選手たちがバレンタインに浮かれている際に思いついたアイデアだ。

「あの絵心さんがチョコを貰って喜ぶかしら……」
「絵心さんってサッカーに人生を捧げてそうだから、バレンタインには無縁そうじゃないですか」

 サッカーに人生を捧げていると、バレンタインが無縁とは関係なさそうな……。ある意味、チョコを貰ったことがない→絵心はモテないと言っているようなもので(意外にこの子、踏み込むわね)と、アンリは思う。

「絵心さんだって男ですし、バレンタインのチョコを貰って喜ばない男はいないと思うんです!」

 なまえは力説したが、一方のアンリは違和感を覚える。男……?そうか、彼を男だということをすっかり忘れていた。
 環境的に密室で二人っきりになることも多かったが、男女のアレやコレやソレが今まで全くなかったからだ。

「でも、義理チョコだって流されるのがオチじゃない?」
「いやいや、帝襟さん、甘いですよ」

 ……それはチョコだけに?

「バレンタインに無縁ということは、義理チョコっていう発想もないはずです」
「……なるほど」

 アンリはなまえの言葉に納得したが、絵心が「バレンタインには無縁」というのはなまえの想像であり、決して確定ではない。

「チョコをあげて絵心さんが優しくなるなら、やってみる価値があると思いませんか?」

 あの絵心さんが優しく……

「……やってみる価値、あるわね」


 それは本当にやってみる価値があるのか。バレンタインのチョコを貰っただけで、絵心が改心するような甘い男なのか。


 結果がわかるのは、決戦の2月14日だ――。


「絵心さん。今日はなんの日かご存じですか?」
「大安」
「あ、確かに今日は大安……って違いますよ!今日はバレンタインデーです」
「あの、絵心さん。私たちからバレンタインのチョコです……よかったら受け取ってください!」


 ◆◆◆


 ――今日、アンリちゃんと新人ちゃんから、バレンタインのチョコを貰った。

 バレンタインデー。

 それは浮かれた日本人をターゲットに、経済効果を狙った菓子業界の戦略……だとずっと思っていたが。

(……そうか。二人は俺に好意を抱いていたのか)

 ………………

 これは由々しき事態だ。この"青い監獄ブルーロック"に恋愛など余計なものでしかなく、じつに不毛だ。ましてや三角関係など、考えただけでもつむじ辺りがむず痒くなる。

(二人が俺のことを本気になったら厄介だ。仕事に支障が出る。まったく、余計な手間をかけさせてくれる)


 ……――絵心がバレンタインに縁がないだろうというなまえの予想は当たっていた。
 縁がなく、興味がないからこそ、義理チョコという存在を絵心が知らなかったのも。バレンタインにチョコをあげる→あなたに好意がありますという直結のアピールだと絵心は認識していた。


 結果。


「新人ちゃん。やり直し。その理論で化学反応を本当に起こせると思っているなら、君の頭は愉快そのものだね」
「す、すみません……」
「アンリちゃん。仕事が遅い。最近たるんでるよね。本気でこのプロジェクトを成功させる気ありますか?」
「もちろん、ありますっ!」

 なまえの予想は当たっていたものの、絵心の反応は予想外のものになった。前にも増して、絵心から二人に対しての小言と人使いが荒くなった。
 だがこれは、自分への好感度を下げる絵心なりの作戦だ。

『バレンタインにチョコをあげて絵心さんに優しくしてもらおう』

 という二人の打算だけしかない作戦は敢えなく失敗に終わり、彼女たちは休憩室でぐったりする。

「絵心さん、優しくなるどころか前よりひどくなってない……?」
「おかしいですね……。もしや、こちらの思惑に気づいて……?」

 頑張って手作りしたのに……。どうやら頭が切れるのはサッカーについてだけではなかったようで、二人は絵心に完敗した。


「アンリちゃんと新人ちゃん。ちょっとこっち来て」


 ――しかし、この絵心甚八という男。飴と鞭を使い分ける男でもある。


「これ、ホワイトデーのお返し」

 二人に渡したのは、ちゃんと可愛くラッピングもした菓子箱だ。

「あ、ありがとうございます!」
「まさか、絵心さんにお返しをもらえるなんて……!」

 二人は感激した。むしろ、ちょっときゅんともしてしまった。

(……二人とも甘いな。まあ、単純な方が扱いやすくていいけど)

 これからも俺の手足になってもっと働いてもらわないと困る――それこそが絵心の思惑である。
 すべてはこの"青い監獄ブルーロック"の為であり、絵心が二人より上手だったということ。

 もしかしたら、始めから二人の打算的な考えに気づいていたかは……絵心のみぞ知る。


 ◆◆◆


「帝襟さん。この六角形のチョコ……。うちの商品販売部が作ったものですよね……きっと」
「ってことは、経費よね……これ」


 大事なのは贈ろうと思う気持ちだろうけど。あの時のきゅんを、ちょっと返して欲しいと思う二人だった。



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