俺の相棒はヒバニー!

「ばーちらーサッカーやろーぜー」
「いいよー」

 蜂楽廻、6歳。好きなものはサッカー。得意なものもサッカー。

「ボン♪」

 友達とサッカーをすれば、誰よりも上手くて、今日もゴールネットにぼすんと廻の蹴ったボールが決まる。

「もう一回!もう一回!」
「えーばちら強すぎてつまんなーい」
「帰ってポケモンバトルしよーぜー」

 だが、幼さ故に才能の差は友達とのいざこざを生み、喧嘩にまで発展してしまった。

 先に手を出したのは廻だが、三対一では勝ち目はない。
 怪我をした廻は、母にぺたりと鼻の上に絆創膏を貼ってもらう。

 その日以来、廻は……

「あいつ、また一人でサッカーしてる」
「笑ってるし……」
「キモッ」

 一人でサッカーをするようになった。

 一人でだって、サッカーは楽しいし!
 今日も廻は笑いながら、夢中でサッカーをする。
 齢6歳にして、これ以上に楽しいことはないと廻は思っていた。


 ――そんな廻がサッカーをする姿を、近くの草むらから見ていた存在がいた。

(…………)

 ポケモンである。ポケモンとはこの世界に存在する不思議な生き物だ。
 長い二本の耳が特徴的な、うさぎのような姿をしているそのポケモン。

 名前はヒバニー。

 ヒバニーは楽しそうに一人でサッカーをしている廻の姿を、じっと見つめている。

 リズミカルな廻の得意のドリブルに。
 ゴール前まで来ると「ボン!」お決まりの口癖と共に軽くシュート。

(……!)

 ヒバニーはうずうずするように足踏みし、やがてぴょんっと草むらから飛び出した。

「わっ!?ポケモン!?」

 驚く廻の足元からボールをさっと奪う。

「あっ、おれのボール!」

 振り返り、ヒバニーはたんっとボールに片足を乗せた。

「ヒバヒバ!」

 歯を見せ、挑戦的に笑うヒバニーに、最初はきょとんとしていた廻だったが、にっと笑い返す。

「獲ってみろってこと?……いいよ!」

 廻はヒバニーに向かって駆け出した。
 相手がポケモンだろうと"かいぶつ"だろうと、廻には関係ない。

「にゃはは!こっちだよ!」
「ヒバー!」

 一緒にサッカーをして楽しければ、それはもう"友達"だ。

「じゃあここでパスするよ!」
「ヒバ!」

 廻はヒバニーに向かってボールを蹴る。
 ヒバニーが蹴りやすいように足元に届いたボール。ヒバニーは足を後ろに大きく曲げ、そのボールを蹴った。

 ゴールネットがすぽんと音を立て、揺れる。

「すっげー!ポケモンってサッカーできんだ!」

 ヒバニーのゴールに眼を輝かせる廻。びしっとゴールを決めたヒバニーは、頭をかく仕草と共に「ヒバ〜」と、照れくさそうな表情を浮かべている。

「ねえ、ハイタッチ知ってる?」
「ヒバ?」
「シュート決めたら二人で手を叩くやつ」
「ヒバ!」

 頷くヒバニーに、廻は膝を曲げ手のひらを向けると、ヒバニーはジャンプして足裏でその手にタッチした。

 同じような笑顔で笑い合う二人。

「ヒバヒバヒー?」
「え、おれの鼻のこれ?バンソーコー。ケンカしてケガしたんだよ。そういえば、キミの鼻の上にあるそれと似てるね」
「ヒバー♪」

 再び二人はボールを蹴り合うが、廻は夕焼け空に気づき「あっ」と声を出す。

「おれ、もう帰んないと」
「……!ヒバ……」

 寂しそうな表情と共に、二つの耳をしょんぼりさせるヒバニー。

「じゃあ、明日もここで、一緒にサッカーしよ!」
「!ヒバヒバっ!」

 その言葉にすぐにぴんっと耳を立てて、分かりやすい。ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶヒバニーの姿に、廻も嬉しそうに笑った。

「バイバーイ♪」

 廻はヒバニーに手を振り、ボールを持って家に帰る。
 ママになんのポケモンか聞いてみよう。
 わくわくさせて、足を早めた。

 ただいまー!と元気よく玄関のドアを開けると、さっそく廻は母である優に今日の出来事を話す。

「ポケモンとサッカーをしたの?」
「うん!ドリブルもシュートもできてすげーやつなんだ!」

 優は帰ってきた息子の話に驚きつつも、楽しそうに話すその姿に耳を傾ける。

「ねえ、なんのポケモンかな?ママ、わかる?」
「調べてみよっか」

 パソコンを起動させ、廻の情報を検索に打ち込めば……

「あっ、このポケモンだ!」
「へえ、ヒバニーって言うんだ。可愛いポケモンだね」
「ヒバニーかぁ」

 珍しいポケモンみたいだけど、野生の子なの?という優の言葉にわかんないと廻は答える。

「明日、ヒバニーに聞いてみる!」
「そっか」

 言葉が通じるのかはともかく。まるで新しくできた友達のように話す廻に、優はにっこりと笑いかけた。


 ――その翌日。ヒバニーは草むらに隠れて、今か今かと廻が来るのを待っていた。
 隠れているのは、人間に見つかるとゲットされるからである。
 ヒバニーは野生のポケモンであった。

「おーい、ヒバニー!」

 廻の声が聞こえ「ヒバー!」と、ヒバニーは勢いよく草むらから飛び出した。

「にゃ!?」

 そのまま廻にタックルするように抱きつき、廻は「いたた…」と後ろに尻餅をつく。
 ごめんごめんと言うように、ばつが悪そうな顔をするヒバニー。

「びっくりした。……ねえ、キミの名前、ヒバニーなんだってね」
「ヒバヒバ!」
「おれは蜂楽廻。わかる?」
「ヒバ!」
「ヒバニーはどこから来たの?野生?トレーナーさんいる?」
「ヒバ〜ヒバヒバー!」
「?そうなんだ!」

 廻はまったくわからなかったが、こくりと頷いた。でも、トレーナーと聞いた時に首を横に振っていたので、野生のポケモンのような気がする。

「じゃあ、サッカーしよ♪」
「ヒバっ♪」

 廻はぽんぽんっと軽くリフティングして、ヒバニーにボールをパスした。

 昨日と同じように、二人でサッカーをする。

「じゃあ、ヒバニー!ここでおれにパス!」
「ヒバー!」
「ナイパス!」

 ヒバニーからのパスを受け、廻はゴールにシュートを決めた。
 廻の手のひらと、ヒバニーの足裏とのハイタッチ音がその場に響く。

「……あいつ、今度はポケモンとサッカーしてる」
「ポケモンっていったらバトルだろ」
「変なやつ〜」

 サッカーをする廻とヒバニーの姿を見て、あの日の三人組は、そんな言葉を吐いて去っていった。


「次はおれからボールをとってみろ♪」
「ヒバヒバ!」

 ヒバニーは意気込むように足踏みし、廻に向かって駆け出した。
 ヒバニーの足が届く前に、廻はひょいっとボールを足裏で転がす。

「にゃはっかんたんにはとらせないよ!」
「ヒバー!」
「わ!そんなんアリ!?」
「ヒバヒバヒバ〜!」
「ずるー!」

 人間にはできない動きでボールを奪ったヒバニー。
 ジャンプしたと思えば耳で着地。
 ヒバニーにとっては、その長い耳も体の一部だ。
 上機嫌に笑うヒバニーに今度は廻がボールを奪いに駆け出す。

 奪って奪い返しが続き、汗だくでくたくたになった二人は地面に仰向けに倒れた。

「ヒバニー、サッカー選手になれるよ」
「ヒバ?」

 青い空を仰ぎながら、廻は隣のヒバニーに言う。

「おれ、大きくなったらサッカー選手になるんだ。みんな、ポケモンマスターになりたいって言ってるけど、おれはサッカー選手になって、世界の舞台にすげー選手たちとワクワクするようなサッカーする!」

 夢を語る廻の横顔を見つめるヒバニーの瞳は、キラキラとしたものだ。

「ヒバ!ヒバヒバヒバ!」
「んー?おれならなれるって?」
「ヒバヒバ!!」
「だよね♪じゃあもう一勝負だ!ヒバニー!」
「ヒバーー!」

 この日も二人は、空が暗くなるまでサッカーをした。


 ◆◆◆


(はやく、メグルこないかな……)

 廻とサッカーをする日々が続き、ヒバニーは今日も草むらに隠れて廻を待っていた。

(メグルとサッカーするのたのしい。はやくあそびたいな)

 廻は、ヒバニーにとって初めてできた友だちだった。
 この町に来たのも自分の居場所を探してだ。

 そこで、ひとりでも楽しそうにサッカーをする廻を見つけた。
 ひとりはさびしいのに、好きなことを楽しむその姿は、ヒバニーには眩しかった。

 そして、いっしょに遊びたいと思った。思ったら、からだがうずうずして、自然と草むらから飛び出していた。

「わっ!?ポケモン!?」


 ――そんな出会った日のことを思い出していたら、ポツリと雫がヒバニーの鼻の上に落ちる。

「ヒバ!?」

 驚いたヒバニーは、慌てて大きな木の下に雨宿りする。ほのおタイプのポケモンであるヒバニーは水が苦手だ。

(あーあ……あめふったから、きょうはサッカーできないかな……)

 強くなる雨足に、ヒバニーの耳は垂れ、しょんぼりした。


 翌日――昨日の雨とは一転、天気は晴れになった。
 雨に濡れてキラキラと耀くいつもの草むらに、ヒバニーの姿はない。

(…………)

 ヒバニーは人に見つからぬようササッと隠れるように移動しながら、廻の家に向かっていた。
 廻を迎えにいこうと思ったのだ。

 廻の家の場所は知っている。廻のママが会ってみたいと、この間家に招待されたから。

(メグル、おれがきゅうにきたらびっくりするかな?)

 にししと笑って、どうやって廻を驚かせるようかとヒバニーは考える。
 雨水によって汚れた足で、ぺたぺたと足跡をつけながら、アトリエの方に向かった。
 廻のママの優は、有名な画家だという。

(あ!メグルだ!)

 その姿を見つけて、慌ててヒバニーは物陰に隠れる。驚かすタイミングを伺っていると、廻と優が何か会話をしているようだ。

「おれ、変かな」
「変じゃないよ。廻はヒバニーとサッカーをして楽しいんでしょ?」
「……うん。でもね、ママ……」

 ボールを見つめる廻の顔は寂しそうだった。

(……メグル?)

「おれ、欲しいんだ。楽しいサッカーが一緒にできる本当の友達が」
 
(……!)

 ――メグルはおれとサッカーするの、ほんとはたのしくなかった……?

 ヒバニーはショックでその場に立ち尽くす。

『楽しいサッカーが一緒にできる本当の友達』

(ポケモンのおれじゃ、ほんとうのトモダチになれないんだ……)

 ヒバニーの眼からポロポロと涙がこぼれた。悲しかった。ヒバニーにとっては廻は初めての友だちだったけど、廻にとっての友達にはなれなかった。

 いつも笑っていたけど、ポケモンとサッカーをしていると笑う声に、本当は傷ついていたのかもしれない。

(メグル……。メグルなら、ぜったいすごいサッカーせんしゅになれるよ。おれ、しんじてる)


 腕でごしごしと涙を拭うと、ヒバニーは脱兎のごとくその場から離れた。


「――ヒバニーはポケモンだけど、サッカーできるすごいやつなんだってわかってくれるやつと一緒にサッカーしたい。そしたら、もっと楽しいと思うんだ!」
「そうだね。いつかそんな友達ができるといいね!」
「うん。おれ、信じる!」

 ――友達に、ヒバニーはおれの相棒だって紹介するんだ!

「じゃあ、ヒバニーとサッカーしてくる!」
「怪我だけは気をつけるんだよ。行ってらっしゃい!」

 廻はアトリエを出ると、ふと地面に残る足跡に気づいた。

「……?」

 不思議に思いながらも、廻はいつもの公園に向かった。

「おーい、ヒバニー!」

 廻は何度も呼ぶが、いつもはすぐに飛び出して来るのに、ヒバニーは現れない。

「ヒバニー?ひとりでサッカーしちゃうよー?」

 草むらに向かって廻は問いかけるが、シーンと静まり返り、返事はこない。

 ポケモンを持っていない廻は草むらに入れない。そこには野生のポケモンが潜んでおり、襲われかもしれないからだ。

「…………」

 しばらく廻は待っていたが、やがて諦めて、一人でサッカーを始めた。

「ボン」

 一人でするサッカーも楽しいはずなのに、楽しくなかった。
 後ろから忍び寄る寂しさを粉らわすように、廻はボールを蹴る。

 明日はヒバニー来るかな……。
 廻はそう思い直して、帰宅する。


 だが……次の日も、その次の日も――ヒバニーは廻の前に現れなかった。


 ……ヒバニー、どこに行ったの?

 今日も廻はサッカーボールを持って公園にやって来たが、ヒバニーの姿はどこにもない。

 ――もしかして、怪我をして動けないんじゃ。

 廻の脳裏にそんな想像が浮かぶ。

「……っ」

 意を決して、廻は草むらに足を踏み入れた。

「おーい、ヒバニー……?いたら返事しろー」

 ゆっくり足を進めながら、廻はヒバニーの姿を探す。
 ……すると、前方の草むらがカサカサと揺れた。

「ヒバニー?」

 黒い影が飛び出し、現れたのは……

「クスネ!」

 ヒバニーではなかった。きつねポケモンのクスネは、盗むことが得意で、町でも「野生のクスネから盗まれないように注意しましょう」と注意喚起されている。

 クスネは廻のボールをロックオンしていた。

「あげないよ!6歳のたんじょう日にママがプレゼントしてくれた大事なボールなんだ!」

 廻はボールを隠すように持つが、クスネには関係ない。
 尻尾をふりふりさせ、狙いを定めると、クスネは廻に飛びかかる!

「……っ!」

 ひゅんっと白い物体が横から飛び出した。

「ヒバー!」

 ヒバニーだ。ヒバニーはにどげりし、クスネを蹴り飛ばした。

「!ヒバニー!?」

 あくタイプのクスネに、かくとう技は効果ばつくんだ。眼を回したクスネは、起き上がると慌てて逃げていく。

 廻は今まで興味なく、ポケモンバトルはテレビでしか見たことなかったが、間近で見てぽかんと驚いていた。
 ヒバニーはサッカーとはまた違うアグレッシブな動きだった。

「ヒバヒバッ!」

 廻に怒るヒバニーは、どうやら危ないから草むらに入ってはいけないと言っているらしい。

「だって、ヒバニーがいないから……もしかしたら怪我をしてるんじゃないかって探しに来たんだよ」

 不満げに言いながらも、廻はヒバニーに足を押されて草むらから出ていく。

「ヒバニーどこ行ってたの?おれ、ずっと待ってたんだよ」

 廻の問いかけに、ヒバニーは顔を俯かせ、黙ったまま答えない。

「……一緒にサッカーしよ?」

 その言葉には、首をゆるゆると横に振った。

「ヒバニー……?」
「……ヒバ……」

 廻に背を向け、ヒバニーはとぼとぼと歩いていく。片手を上げたのは、別れの挨拶のつもりだ。

「……っヒバニー!サッカーしようよ!」

 廻は小さなヒバニーの背中に向かって叫ぶ。

「おれ、ヒバニーとサッカーするのすっげー楽しいんだ!」

 ヒバニーの足が止まった。

「これからも一緒にサッカーしようよ!おれの相棒になってよ……!」

 ――相棒。

「ヒバ……?」
「おれは世界一のストライカーになるから、ヒバニーも一緒になろう!!」

 ヒバニーは、腕でごしごしと顔を拭う仕草をした。
 そして振り返ると、満面の笑みを廻に向けた。

「……!ヒバニー!」
「ヒバーー!」

 ヒバニーは廻に向かってジャンプする。今度はよろけず、廻はヒバニーをしっかりと抱きとめた。

「えへへ♪いつか、おれとヒバニーのサッカーをわかってくれる友達と出会うんだ!」
「!ヒバ……!」


 こうして――、二人はポケモンとトレーナーとはまたちょっと違う、相棒関係になった。


 あれから廻は成長して、現在17歳。
 変わらずサッカーは続けており、相棒のポケモンは今日も元気いっぱいだ。

 変わったことといえば……

「いーさぎ♪俺の相棒を紹介するね!ヒバニー!」
「ヒバヒバ!」
「へぇ、本物のヒバニー初めて見た。可愛いな」

 廻に"友達"ができたことだ。
 ――いや。

「で、ヒバニー。こっちが俺の、人間の相棒の潔ね」
「人間の相棒って……。まあ、いいけど。よろしくな、ヒバニー」
「ヒバー!」

 潔世一。廻の"友達"であり、"相棒"だ。

 膝を曲げ、手を差し出す潔に、ヒバニーも握手するように手を触れる。
 これから新しい環境、"青い監獄ブルーロック"で、人間とポケモンによる世界で一番熱いフットボールが行われようとしていた。

 廻もヒバニーもワクワクだ。

「そういや、蜂楽はヒバニーを進化させないんだな」
「え、ヒバニーって進化すんの?」
「ヒバ!?」
「え?ラビフットとエースバーンってポケモン知らない?」
「え、あの二人ってヒバニーの進化先だったの!?」
「ヒバー!?」

 驚く二人に不思議そうに首を傾げる潔。
 目の前にいるヒバニーは、どう見ても最終進化までできそうなレベルだから、てっきり進化させない方針だと思ったが……。

「……あ」
「ヒバ?」
「"かわらずのいし"を持っていたからヒバニーは進化しなかったのか」
「その石、俺が小さい頃に道端で拾って「いい感じの石だー」ってヒバニーにあげたやつ」

 廻の言葉に呆れるやらおかしいやら、潔は複雑な笑みを浮かべた。
 かわらずのいしを持ったポケモンは進化しないのだと、潔は教える。「ほへぇ」と他人事のように廻は頷いた。

「蜂楽……お前、少しはポケモン関係のこともちゃんと勉強しろよ」
「あいあいさー♪」
「で、どうすんの?ヒバニー進化できるけど……」
「どうしよう?ヒバニー進化したい?」
「ヒ〜バ〜?」


 進化するか、しないか。二人はう〜んと一緒に悩む。
 二人が悩んで出した答えなら、それはきっとどちらでも正解だ。



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