A new companion U
「気に入らねぇなぁ」
魔物はそう言った。
「……は?」
思わず言葉を出してしまった。魔物の言うことが全くわからなかった、その時は。
「全く気に入らねえ! いつもいつも、何の断りもなく、このオセアーノン様の頭上を通りやがって」
クローディアは、魔物の言うことがアホらしく感じた。ずいぶん前から人間たちは船を作り海を通過している。それなら、人間だって空を飛ぶ鳥に対して同じ事を思ってもおかしくない。と、別の方向に考えていたが、なにやら魔物はこちらを気にせず、自分の触手で一人芝居を勝手にしていた。
「そんじゃまあ、海に生きるものを代表して、この俺様がニンゲン喰っちまうか? ......ああ。喰っちまえ、喰っちまえ!!」
海面に居たはずの魔物は、言い終わると同時に飛び上がり、船にまとわりついてきた。魔物の重みに船がキシんだ音をあげた。
クローディアは、ローブを脱ぎ捨てたために、いつもなら見せない姿をしていた。水色のブラウスに、濃紺のマーメイドタイプのロングスカートをはいていた。右足側には深いスリットが入っており、彼女の黒いタイツがちらと見えた。
エイトは、彼女がこんな魔物と戦えるはずがないと思っているのだろう、逃げろ!と叫んでいたが、クローディアは下がらなかった。ヤンガスがオノで魔物にかぶと割りを放ち、奴の気を引いている。
「……そうやすやすと逃げるとでも?」
「え!クローディア!?」
クローディアはそう言うと、一歩前に躍り出る。エイトが驚いて声をあげるがお構い無しだった。
「我が魂と契りを交わせし竜神よ、汝が姿を現せ!」
彼女の右手に光る指輪が光を放つ。光は竜の姿となってクローディアの周りを一周すると、細長い杖のようなものとなり、彼女の手に納まった。それは、槍のように先が尖ってはいるが、持ち手が長くないし刃が短かった。かといって、杖にしては長さがあった。
「さあ、私の邪魔をしたものは葬り去ってあげましょう」
彼女の目が妖しく光った。彼女は錫杖(シャクジョウ)と呼ばれるその杖を前に構え、前方にいる魔物と対峙する彼らに向かって叫んだ。
「エイト、ヤンガス!後方で支援するから、気にしないで奴を攻めてちょうだい!……バイキルト!」
錫杖の先に魔力を集め、攻撃威力倍増の呪文を詠唱する。通常ならばそれは一回に一人しか対象にならない。だが、クローディアの放った魔法の光は前方の二人を包み込む。
「なに……あれ。あんな魔法知らないわ……」
魔物の乗り上げた甲板とは反対に控えていたゼシカは、文献で読んだ魔法なのに効果が違うクローディアの魔法に驚きの視線を向けていた。
「ルカナン!」
クローディアは、敵の守備力を下げる魔法を唱えた。錫杖の先から薄く青い光が魔物に向かう。
追い詰められたと思ったのか、魔物は火炎の息をはく。ゴオォォ!と灼熱の炎が前方にいる二人を包む。
「うぐっ!」
盾で直接的なダメージは防げたが、続いて魔物が大きな触手で二人をなぎ払う。ヤンガスがなんとか攻撃をかわしたが、エイトが体勢を崩してしまった。
「ベホイミ!」
淡いやわらかな緑の光がエイトにふりそそぐ。クローディアが回復呪文を唱えたのだ。
「後ろを気にせず戦って。何かあっても大丈夫だから」
エイトは、その言葉にうなずき、前線へと戻った。もう彼の中に戦えない非力な女性の姿はなく、優れた魔法を使うクローディアの姿が焼き付いていた。
戦いは五分五分でどちらも譲らず長引くばかりだった。相手は疲れてきたのか、次第に魔物の攻撃も先程よりはおさまっていく。息を荒くするエイトとヤンガスも、体力的にそろそろ限界だろうことが目に見えてわかる。クローディアは前線に出ることなく後ろから的確に魔法を唱え、彼らの攻撃のサポートに徹していたが、どうしたことか急に前線にゆっくりと歩いて出ていった。
「そろそろ締めにしましょうか……。ハアァァ!」
錫杖を右手で高く掲げ、左手で錫杖の先に魔力を注ぎ込むような素振りを見せる。触手で攻撃するのが精一杯の魔物は、強大な魔力を集める彼女のことを攻撃できるような状態ではなかった。
「何をする気でげすか!」
ヤンガスが異常な空気の流れに気づく。彼女の周りにはっきりと渦巻く風が吹いているのが目に見えた。そのまま彼女の体は空中に高く浮き上がる。錫杖の先に溜まった膨大な魔力は、次第にどす黒い紫色に変色した。
「……っ……ドルモーア!」
彼女は錫杖を魔物、オセアーノンに対して振り向けた。巨大などす黒い紫の魔力の固まりが、魔物をに当たり弾けとんだ。
「グオオォォォ!」
低い呻き声を上げて魔物はゆっくりと海に沈んだ。水底からぶくぶくと泡が上がってきた。
「…………!?」
ゼシカは、クローディアが放った魔法を信じられないものを見たかのように固まっていた。
「ど、……もーあ……?嘘…………、だって……あの魔法は……」
―太古の昔に失われたはずじゃ……。
という言葉は続かなかった。先程の魔物が海から顔を覗かせたからである。
「いや〜、お強いんですね。おみそれしました。いえ、ホント、ホント」
「……………!?」
魔物の思いもよらない変貌ぶりに、誰もが目を点にし、口をあんぐりと開けたが、オセアーノンは気にせずに続けた。
「コレ、言い訳っぽいんですが、今回の件、ワタシのせいじゃないんですよ。そうそう! アイツのせいなんです! ......いえ、ね。この前、道化師みたいな野郎が、海の上をスイスイと歩いていましてね」
「道化師!?」
「何ですって!」
エイトやヤンガス、そして後ろのゼシカが声をあげた。それも気にせずに魔物は話は続ける。
「ニンゲンのくせに海の上を歩くなんて、ナマイキな奴だと思って睨んでてたら、睨み返されまして......。それ以来、ワタシ、身も心もヤツに乗っ取らちゃったんですねぇ。船を襲ったのも、その所為なんですよ」
「乗っ取られる…………」
クローディアはその部分に過敏に反応し、忌々しそうに顔を歪めた。
「てなわけで、悪いのはワタシじゃなくてあの道化師なんですが、これはほんのお詫びの気持ちです。海の底に落ちてた物で恐縮ですが......」
「えっと……良いのかな?」
そう言って金色のブレスレットを大きな触手でエイトに渡す。彼が受け取ると、オセアーノンはその触手で手を降るかのように揺らした。
「それじゃ、ワタシはこの辺で退散しますね。ではでは、皆さん。良い船旅をば〜」
そう言って、登場したときと同じようにザバァッと音をたてて海へと帰っていった。