星屑にうまれかわる

いたいのいたいの、とんでいけ。トリオン体の痛覚を切らずに鍛錬を続けるわたしに、眉頭を寄せて、髪を撫でてくれたひとがいた。生身のことを忘れないのは良いけれど、こちら側、トリオン体であることも大事だよって、教えてくれたひとがいた。太陽の下を歩けば、銀糸の髪が光を反射して、眩いばかりの。
かつ、かつん。ヒール音を小さくたてて、無機質な廊下を歩く。そう遠くない昔の思い出に浸るには、抱えたものがあまりにも多くて、時の流れは止まってくれやしない。溜息を吐こうにも、張り付いた微笑が崩れることはなく、動かない。なんて、あまりにも情けない。

「………」

はーちゃん、と。甘やかな声色で呼ぶあのこに支えられて、歩いた荊道。強張って、冷え切った手に全身を掴まれているような錯覚には、神経が磨り減っていったように思う。わたしは、沢山の亡骸の上に立っているような、罪人だから。決して許されないような、許しを乞うことすら烏滸がましいような道を、選んだから。幼いながらに、自分で選んだ道だけれど。
不意に粟立つ二の腕を抱くように、てのひらで摩る。どうして、どうして。こんなにも弱くなってしまったのかが理解できなくて、理解したくなくて、振り払ってしまった手がひとつある。わたしの罪を知った上で許してくれるひとが、いる。夏の日差しのように熱くて、それでもやっぱり温かいひと。

「ね、え」

あなたはどうして、わたしを、わたしなんかを許してくれるのですか。ただの犯罪者でしかない、わたしを。



四年前のあの日、助けられるはずの命がいくつかあった。自惚れではなく、本当に。国からの許可を待つまでの数分間、数十分の間に助けられる命が、たしかにあったのに。未来のために国からの許可を待つか、未来を捨てて目の前の命かを天秤にかけて、捨てた命。亡骸を抱いて溢れる嗚咽から、悲鳴から耳を塞いだ。
情けなくて、申し訳なくて。隊員を増やすためのスカウトよりも防衛任務のほうに尽力していれば、少しだけ、本当に少しだけ罪が軽くなったような、そんな気がした。そんなこと、あるはずがなかったのに。
午後の授業を終えて、そのまま本部へと向かう。道すがら偶然にも合流した諏訪さんと共に、心なしか早まった鼓動を布地の上から撫でる。落ち着いて、静まって。本部に到着してからはお互いに目的地は別で、途中の道まではと一緒に歩いて、すれ違った隊員に会釈をする。癖のように貼り付けた微笑はそのままに、首を傾けた。
エレベーターの前で立ち止まる。わたしは会議室へ、諏訪さんは隊室へと向かうから、ここでお別れ。会釈をして、離れようとして、腕を掴まれて立ち止まる。照れ臭そうに後頭部を掻いた諏訪さんの、心配そうな眼差しに脚が竦む。やめて、やめてください。やさしくなんてしないで。

「なあ、赤坂ァ」
「はい」
「酷い顔色してっけど、ちゃんと休めてんのか」
「……ふふ、どうしたんですか、急に。元からこういう顔色ですよ」
「だったら尚更、医者んとこ放り投げるわ。誤魔化すなよ、なあ、眠れてんのか」

熱を図ろうと額へと伸ばされた手が触れる、寸でのところで手を弾く。わるい、と苦笑混じりに下された手に胸がぎゅうと締め付けられる。ごめんなさい、ごめんなさい。あなたの優しさを素直に受け止められないわたしで、ごめんなさい。
震える指先をてのひらに隠して、背中を向ける。頬は燃えるように熱いのに、冷え切った身体のアンバランスさに眩暈がする。会議室に向かう用事はすっかり頭から抜け落ちて、求めるのはただひとつ。無性に、逢いたくなった。情けない姿だなんて見せたくはないけれど、幼いわたしを支えてくれたあのこなら、きっと。



「……羽純、ちゃん」

呟くように名前を呼べば、すぐに振り向いてくれた羽純ちゃんは驚いたように目を見張って、それからすぐに笑みを浮かべた。わたしを陽の下へと連れて行ってくれる、変わらない笑顔が眩しくて、息を飲む。あの日、遊びに行こうと誘ってくれたあの手がまた、わたしの手を取り引っ張ってくれた。

「はーちゃんは、難しく考えすぎだと思う」

ぽつり、羽純ちゃんがこぼした言葉が空気に溶ける。人気の少ない廊下で向き合った羽純ちゃんは、あの頃と変わらない温度のまま、あの頃と変わった眼差しを向けた。

「幸せになる道があるなら、迷わず掴み取ってほしい」
「でも、」
「でもじゃない、でもじゃないよ。わたしも、みんなも。はーちゃんに幸せになってほしいって、ずっと思ってた。ううん、今も思ってる」
「わたしも、あなたに幸せになってほしいですよ」
「うん、知ってる。知ってるから、はーちゃんにも知っててほしいよ」

振り払って、見捨てて、壊してきたわたしの両手をぎゅうと、大切に包みこむ羽純ちゃんにどうしていいのか分からなくて、落ち着かない。ううん、本当は知っていたのかもしれない。こんな日が来るって、来てしまうってこと。そわそわと落ち着かないのは、浮き足立っているから。まだ見ぬ未来に、夢を見ているから。脚が竦んだのは、期待をしたから。


「 ─── 」


わたしの両手を離して、背後へと回った羽純ちゃんに優しく背中を押される。そのまま一歩踏み出せばもう、あとは前を見て走るだけ。昔から前を見て走り続けることは、得意だったから。目尻から零れたものを指先で拭い取る。ありがとう、ありがとうごめんなさい。情けないお姉ちゃんで、ごめんね。
エレベーターを待つ時間すら惜しくて、階段を駆け上がり、隊室が並ぶエリアへと向かう。ちょうど隊室から出てきたのか、深緑の背中が見えて、迷わず飛び込んだ。諏訪さん、すわさん。聞いてほしい言葉があるの。