「、羽純、と……羽由か。どうした?」
銀の糸が垂れる。わたしと手を繋ぐ彼女の瞳は揺れていて、わたしよりも十、彼女よりも五つ上の兄は、何かを察したように目を細めた。
「はーちゃんが、無理してたから」
「……まだ大丈夫です」
ひとつ、兄は溜息を零す。最近やっとわたしの誘いに乗ってくれるようになった彼女、つまり、赤坂羽由というひとは、どうも無理をするきらいがある。むすり、と頬を膨らませれば、立っていた兄はわたしの目線へとその視線の高さを合わせ、膨れたわたしの頬をつまんだ。
「羽由」
「、はい」
「辞めろ、とは言えない」
「……はい」
「だが、無理をすれば、後々困るのはお前だ」
「でも、無理では」
「羽純はそこら辺賢いから、見極めるのは上手いんだ。羽由、……羽純を泣かせるのは、お前の本意ではないだろう?」
唇を噛み俯くわたしの頭を、先程頬をつまんだ手で撫でながら、兄さんはぽつりと羽由ちゃんに言葉を零す。兄さんの言葉に目を伏せるはーちゃんは、ちょっぴり悔しそうで。
「……はーちゃんは、じゅうぶん強いのに」
ぽつりと落とした言葉のしずく。静かだったはずなのに、掠れていて、静かな場所でも聞こえなかったわたしのそれは、誰にも受け止められることがないまま、空気に消えていった。
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「あいたい、」
ちいさくちいさく、誰にも届かないような声で、つぶやく。はーちゃんは大好きだ。それこそわたしの唯一、太刀川慶、つまりお兄さんにも負けず劣らず、わたしの最初の弟子、二宮匡貴にも負けず、ずっとずっと大好きな、はーちゃん。
「ごめんね、はーちゃん、はーちゃんは悪くないの、わたしが、わたしが」
けれども、なまじ共に居た時間が長すぎて。大好きなはずなのに。時折、疎ましくなる。はーちゃんの影に兄さんがチラつく。チカチカと明滅する光。兄さんの輝き。煌めきの、星。眼前に広がるのは確かに赤坂羽由という宇宙のはずだ。どうして七々原卯月の輝きがそれを邪魔するのだろう。――違う。いつからわたしは兄のことを邪魔扱いするようになったのだろう?全てが暗転しそうで、暗くって、黄昏がわたしの身体を包む。
「あいたい、兄さん、兄さん、なんで居ないの、兄さん」
どうして、兄さんは居ないの。その原因は。
確かに、わたしだ。
目眩がする。動悸がやまない。助けて兄さん。兄さんは居ない。なら誰がわたしのことを助けてくれるの。
「あいたい、たすけて。――こうくん」
ぽろ、と口から溢れ出た音は、たしかに。わたしの、恋人の名を、呼んで。
「、羽純!?」
「……遅い、こうくん」
ここがどこかも分からないまま、彼の声が、わたしの名を呼んで、すべる。
「羽純ちゃん」
「はーちゃん……」
そういえば、わたしは今、倒れているのだっけ?支えてくれているのは、多分、今わたしを呼んでくれた、はーちゃんで。
「、ごめんね、ごめんね、羽由ちゃん、全部わたしの所為なのに、ごめんね。羽由ちゃん、悪くないの。羽由ちゃんはいつでも正しくって、優しくって、だから」
「……羽純ちゃん、今は、眠ってください」
辛そうに目を細めるはーちゃんに、また兄さんの影が映る。こんなに頻繁に兄さんを思い出すのも久方ぶりか。何かに違和感を覚えながら、わたしの意識は黒く染まる。
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「……寝てしまいましたか」
「羽純、なんかあったんすか」
「いえ、……先程からふらふらとしていたので、体調が悪かったのでしょうか」
「トリオン体でも体調出るって相当、……とりあえずトリガー解除させますね」
「宜しくお願いします、出水くん」
「了解っす」
「――ああ、それと」
「、?」
「太刀川くんと二宮くんを、呼んでください」
「……分かりました」