Cloches d'or et Montre en argent

 わたしの願い事は、わたしの大切なアイドルが幸せになることでしかない。諦めた夢の残骸を全く投影していないと言ってしまえば嘘にはなるけれど、今わたしがアイドルをプロデュースしている中で、全てをわたしの残滓だと思っている訳ではないし。
 元はアイドルという立場だったから、自分が心底想う人間と結ばれることがどれだけ難しいかは理解しているつもりだ。前の事務所でアンティークとして活動している時も、同業者のお姉さん達が、仕事と愛のどちらかを選ぶことに四苦八苦していたのを思い出した。
 ただ、わたしが今プロデュースしているアイドルに関しては、本人達が望まない限り、仕事と愛を天秤に掛けて欲しくない。だからこそ、私より年下の女の子と、私が初めてプロデュースをした思い入れがあるアイドルの恋路を、全力で応援したいと思っている。
 こんなことを思い出してしまったのも、今こうして輝さんと真澄ちゃんが目の前に居るからなんだけど。

「プロデューサー、……いや。結波さん」
「天道さん。ふふ、何でしょうか」
「話があるんだ」

 デスクに座っているわたしを呼んで、神妙な顔をしている輝さんの顔を見る。それと、横側についている小さな影も。ああ、もうそんな時期になってしまうのか、なんて物思いにふけりながら、あの子と共にいる輝さんの表情を脳裏に映した。薫くんや翼さんと居る時とはまた違う顔をしている輝さんを見て、何となく、共にいる女の子と惹かれ合うものがあるのではないかと思っていた。社長と話し合いを重ねて、仕事を調整して。どうにかこうにか、あの二人が一緒になっても大きな問題を残さないように。

「桜庭や翼には、もう言ってあるんだが」
「はい」
「私、天道輝は、彼女―――望月真澄とお付き合いをさせて頂いています」

 ぐ、と真っ直ぐな瞳を向ける輝さんと真澄ちゃんを一瞥する。迷子のような、視線をふらつかせていた真澄ちゃんの姿は既に消えかけている。ここに至るまでに紆余曲折あったことも多少は理解していて。わたしも輝さんとのことを通して真澄ちゃんとは仲良くさせて貰っていたから、それに心底安心していて。多少私情はあれど、担当アイドルが幸せになれればそれで大満足なので。

「望月さん」
「……はい」
「あまり緊張しないでください。認めていない訳ではないんですよ? でも一つだけ、確認させてください。天道はアイドルで、あなたは一般人。多少窮屈になるだろうことは、分かっていますか?」
「はい。理解して、覚悟した上で、お付き合いさせて頂いていました」

 けれども、ぴんと肩肘を張っている真澄ちゃんの瞳の強さに瞠目する。他のアイドルより問題は少ないかもしれないけれど、どうしても、多少なりとも仕事に影響は出てしまうし、芸能人の彼女、というのは嫌でも注目を浴びてしまうものだ。その覚悟が出来ているのならば、ということだったけど、むしろ聞く意味も無いと思っていて。だってわたしは、それなりにこの二人のことを見てきたから。
 かたり、と椅子から立つ。光が点灯しているパソコンと、太陽と月なる光を纏うように見える二人を前に、わたしは頭を下げた。

「望月真澄さん。天道を宜しくお願い致します」

 しっかり、きっかり九〇度。きっと二人なら幸せになってくれるだろうと思いながら頭を上げた。鳩が鉄砲をくらったような顔をしている二人にくすりと声を上げる。

「薫くんや翼さんともお話をしたみたいですし、事務所の準備は万端でしたよ。どうぞお幸せに、輝さん。真澄ちゃんも」
「な……んだよ……もっと長くなるかと……」
「……春ちん、ちょっと意地悪」
「ふふ、すいません。ああ、そうでしたそうでした。真澄ちゃん、」
「どーしたの?」
「綺麗に、なりましたね。きっとこれから、もっと綺麗になっていくんだろうなと思うと、将来が楽しみです」
「ありがとー。もしかして口説かれてたりする?」
「さて、どうでしょうか」

 誤魔化した瞬間に慌てだした輝さんに笑みを深めながら、わたしは考える。わたしが担当するアイドルには、仕事と愛を比べて欲しくない。輝さんが、真澄ちゃんがこうして、わたしを目前にして報告してくれたのは喜ばしいことだ。だって、比べる前に頼ってくれた、ということだから。幸せそうに笑い合う二人に、こちらまで幸せになってくる。二人を初めて前にした時感じた感覚は、きっと間違えてなんていなかったのだろう。

「お幸せに、お二人共」


「ありがとな、プロデューサー!」
「ありがとー、春ちゃん」