θυσία

序曲W


この有様であれば、人々が救世主を求めるのも無理はない話だった。
法を持って統治しようとする者たち。
自由と力を全てとする者たち。
人ならざる両者の間で、人間の命がその尊厳を失ったように消滅していく。
人は、一体どうすればいいのかと常に救い主を求めていた。






「そうです、この私こそが女神なのです」

その言葉を聞いた星矢は、どうしてだか嫌悪感を隠すことが出来なかった。


一輝との決着をつけた後、地震に襲われた四人は脱出したが、何故か一輝の姿は掻き消えていた。
一輝を探しに行こうとする瞬を宥めている最中に襲い掛かってきた白銀聖闘士を蹴散らして、取り戻した黄金聖衣を手に城戸沙織の下へ戻って見せられたのは過去に何が起きたかの全貌。

13年前、光政翁がギリシアを旅行中にアテナの廃墟でひとりの戦士に出会った。
射手座サジタリアスのアイオロス。傷だらけのアイオロスは、黄金聖衣の箱と赤ん坊を抱えていたという。

聖域サンクチュアリにこの子を殺そうとする者が現れた…死力を尽くしここまで何とか救い出したが…もはやこれ以上逃げ切れない」

アイオロスはその赤ん坊が何百年かに一度神が下す女神の化身なのだと言った。
そして子供の成長を見守ってほしいと。
黄金聖衣は、いずれ現れる女神を守る真の聖闘士に渡してほしいと。
それを告げ終わると、アイオロスはその役目を終えたとでもいうかのように静かに息を引き取った。

城戸沙織から発せられた強大な小宇宙によりみせられたそれに、紫龍は信じられないというように首を振った。
今まで同じ屋根の下で暮らしていた女が神だといわれても、容易に信じるほうが難しいだろう。しかし、星矢は頷いた。

「…なるほどな」
「星矢!?信じるのか!?」

真っ先に疑いそうだと思っていた星矢が信じたことに、瞬と氷河も驚愕した表情を浮かべる。
沙織は、読めない表情で星矢を見つめていた。

「ああ信じるさ。黄金聖衣から感じた力は確かにアンタを女神だと指し示すものだっただろう。――だが、それが俺がアンタを守らなきゃいけない理由にはならない」
「…いいえ、星矢。あなたが聖闘士となったその運命こそが、あなたが私を守らなければいけない十分な理由なのです」
「運命!?運命だって…!?ねえさんと俺を無理矢理引き離したくせに…!神も悪魔も大嫌いだ!まるで人間を玩具か何かみたいに扱って…」

それは、まるで神に出会ったことがあるような口ぶりだった。
違和感を覚えたが、しかし沙織はそれらを黙殺すると初めて表情を崩す。…星矢が初めて目にした城戸沙織の、素の表情だった。月の明かりに照らされながら、沙織はーーアテナは、泣きそうな表情で笑っていた。

「本当に、そうですよね。運命なんて、私も大嫌いです。…でもね、星矢。私は抗うことが全てだとは思えないのです。幾度となく思いました。こんな役目を捨てて普通の少女として生きて行けたならどれだけ幸せなんだろうって。ですが、私は女神……女神なのです」

姉と同じ目だ。
全てを運命だと受け入れ、それでも強く生きる者の命の輝き。

本能が星矢に告げた。


―――この少女を受け入れろ、と。


もう、星矢は何も言わなかった。紫龍も氷河も瞬も、星矢と同じ表情で女神を見上げた。


「―――ならばお嬢さん、教えてほしい。俺たちは何をすればいいのか」

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