「なまえ、別れてくれ。」






彼との付き合いは、かれこれ、3年程。
彼が社会人、それも警察官になっても、その付き合いは変わらなかった。
今日が非番だという事は、前々から知っていたこともあり、数週間ぶりの2人の時間を過ごす予定だったのだ。
それが、まさか、彼から別れ話をされるとは思わなかった。


帰った時から、表情がなんか堅いなと思ってはいたけど…



自分で言うのもなんだが、私達の関係は、良好だったはずだ。

それが、なぜいきなり?









「……一応聞くけど、理由は?」



「…君のことが、好きじゃなくなった。」



私の問いに、一呼吸おいて、零君は、そう答えた。





「嘘、だね。」


ずばり、そう思った。そもそも、彼がそんな風に別れ話を切り出すなんておかしい。
私と付き合うことになった時も、零君が社会人になった時も、
俺はもう、手放すつもりはないよ。と言われ、結婚前提の付き合いであることは、覚えている。
それに、いつもの零君じゃない、気がした。
イライラしているし、焦っているように感じる。




「昨日今日の、付き合いじゃないから、わかるよ。零、本当のことを、言って。」


滅多に呼び捨てにしない事を覚えていたのか、一瞬、目を開いて驚いた顔をしたが、
零君は、すぐに、表情を戻し、瞳を閉じて続けた。






「すまない、、何も聞かず、このまま受け入れてくれないか?」



先ほどから、同じ言葉しか言わず、一向に折れない零君。
さすがに、彼が、別れ話を真剣に言っていることは伝わってきた。



少し考えて、私は、、








「答えはノーよ。私は、そんな簡単に受け入れる従順な彼女ではないわ。」

わかるよね?



「…そう、だったな。さすが、なまえは、一筋縄ではいかないな。」




私の真剣な想いが伝わったのか、ついに、零君が折れたような気がした。
先ほどまでのピリピリした空気を和らげるような、深い、深呼吸が聞こえた。

仕方ないな、と呆れた声で、彼は、続けた―――






ふー、

俺は、もう、お前のそばにいられない。

守ることもできない。

好きな女も守れないなんて、この俺が耐えられない。

だが、決して弱みも作れない。

この意味、分かるか?








理由もなく、ただ、別れてくれしか言わなかった、零君の口から出てきた言葉は、
まるで、何かが変化したことを告げる言葉だった。
決して、断言しているわけではない。
けれど、納得がいかない私に、わかるように説明してくれていることは、理解できた。





「…零、く、、貴方、、まさか。」

「察しの良いなまえなら、分かるだろ?…いま、俺がどういう状態にいるか――」



なまえは、俺が公務員試験に合格し、警察に入っていることを知っている。

警察学校時代に出会った友人の中に、なまえの血縁者もいたのだから、少ならからず、警察とはどういう者か知っているだろう。
それに、父親も警察官だったと言っていたからな。









「っ、零!」


少し寂しげに話す彼を見たら、もう、いてもたってもいられなくなった。
彼の言葉を遮るように、私は、彼の胸に飛び込んだ。



分かってしまった。
零が今、どういう仕事をしているのか。

これから、どんなことをしていくのか、、








「…から?」

「え?」



いつから、そこにいたの?

…1年前から。




零した私の問いに答えるように、零君もぼそっと、耳元で答えてくれた。




…知らなかった。
1年も前から、ずっと?
じゃ、ずっと、、ずっと、零君は、、知らない間に闇を抱えていたのだろうか?

っ、







ごめん。ごめん、なまえ。、


私が何も言わず、
ただ、胸元で染みを作るくらい泣いているに気づいたからだろうか。
零君が、何度も、何度も、謝っていた。

なんで、零君が、謝るのよ。。全然、悪くないのに、っ、



謝る彼に、はっと、した。
彼は、このまま、決意は変えないのだろう。
だったら、、






「私はっ、」

「なまえ、…俺は、君を死なせたくは、ないんっだ。」



まっすぐに目をみて、そう、告げられた時、

もう、止められないんだと、悟った。、






「なまえ、君には、これから色々な未来が広がっている。これから、本格的に進路を決めて、夢を叶えるだろう。俺の側にいたら、それは叶わない。」

さよならだ、なまえ。


ありがとう。俺に光をくれて、。







れいっ


まるで、永遠の別れかのような言葉と、
私を抱きしめる力がさらに強まった時、私もそれに応えるようにギュッと腕をまわした。

そして、彼の耳元に頭を寄せて、






『無理しないで、怪我しないで。死なないで。』


好きだよ、ずっと。






そう、伝えると、息を飲むのが分かった。

ゆっくりと、私を離して、、


彼は、







なまえ、俺も好きだよ。愛してる。

約束は、守れないかもしれないが、










そう言い残して、零は、私の部屋から離れていった。



バタンと扉が閉じた音が響いたように聞こえた。
零がもう、いない。

涙が、涙が止まらなかった。



彼はこれから、公安警察として、任務に励むのだろう。
零には言わなかったが、かつて、私の父親も所属していた部署なのではないかと思う。

詳しくは、知らない。確信なんて、ない。
誰も教えては、くれなかった。
父も、母も、伯父様も。。







私の腕には、
彼に抱きしめられた温もりが、感じられるのに、

もう、その彼は、戻ってはこない―――











零が出て行って、しばらく経った後、私は携帯電話を取り出した。




『…もしもし。』

『なまえか、どうした?こんな時間に、』

『急に、すみません。伯父様……この間の返事、あれ、お受けします。』

『本当か?いいのか?』

『…はい。』







私にだって、零に隠していることがある。
まさか、この切り札を使うときがくるとは。、

零の置かれた状況を回避することなど、私にできるはずがない。
だったら、私は、私の身元を自分で保証するしかない。
自分の身は、自分で守るよ。




だから、死なないで。
絶対、零を見つけて、貴方の居場所になるから。




16.05.21

『確かに恋だった』より そこに残った誰かの体温