祖母からのおつかいとして、ショッピングモールへと足を運んだお昼前。一階の大きな広場のような所はたくさんのショーケースと色んなブランドのチョコが所狭しと並べられている。
もうそんな時期だっけ?なんてパッとスマホの画面を確認すれば今日は二月十四日、バレンタイン。嘘。最近まで全然お正月だった気がするのに、もうそんな……なんて早い日の進みに怯えながらもふらりと立ち寄ってみる。
毎年バレンタインごとに出るチョコの入った缶を見るのが好きだから、今年はひとつくらい手に入れるのもありかもしれない。
このチョコ美味しそうだな〜とかこの缶可愛い!なんて一通り見終わったあと、ふとサエのことを思い出す。そうだ、サエってチョコいるのかな。
……そういえば、大人になってから彼にチョコを渡した記憶は正直ない。
もう、貰いすぎて飽きたかなって。チョコ。でも、たまには。なんていくつか手に取って悩んだ結果、缶が可愛らしくて気に入ったものをふたつ選んでレジへ向かう。まあ、まあ。サエが必要なければ私が食べればいい。
まんまとふたつ買ってしまった。……どうしよう、いらないって言われた時用にビーフジャーキーでも買っておこうか。あと、今日はカレーにしよう。そうしよう。
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「ただいま」
「ん、おかえり〜」
「あれ、今日カレーなんだ。いい匂い」
「そう。今日は金曜日なので」
金曜日だからカレー、の意味が伝わったらしいサエはクスクスと笑いながら荷物を机の上に置く。
袋の中に入ったそれをちらりと見れば案の定、やっぱり。いっぱい貰ったみたい。
「今年も大量じゃん」
「今からお返し考えるのが大変だよ…」
「モテる男は言うことが違うね!ヒュウ」
「全部義理だよ」
揶揄うようににんまり笑えば、サエはそれを諌めるようにこちらをじとりとみながら傍に寄ってくる。
「手伝うよ」
「もうできるし…自分のご飯よそってスプーン出してもらえる?」
「都の分は?」
「自分でする!」
今日のメニューはカレーと簡単なサラダだけ。これくらいなら私にだって作れるのだ。味見をしてみればちゃんとおうちの味。ふふんと得意気に笑ってしまうのも許して欲しい。
自分の分もよそってから席につけば、既に定位置である向かいの席に座っていたサエは先程の私が得意気に笑っていたのを見ていたようで、そんな私に問いかける。
「今日のは何点?」
「もちろん、百点」
「それは楽しみだな」
いただきます、と普段通り声を合わせて食べ始める。味に問題はなかったようで「美味しいよ」なんて言って褒めてくれたサエに、ほっと一安心。
「ところで、都はいつくれるの?」
「何を?」
「チョコ。あの袋、違うかった?モロゾフって見た事あるな〜って」
「めざと〜い。チョコ、いるの?あんだけあるのに」
もろぞふ、モロゾフ。うーん。聞いたことあるけど、なんかこう…分からない。なんか、有名なのは分かる。というか言われるまで気付かなかった。ついてきた紙袋にモロゾフって書いてあったのに。
缶目当てだったんだから仕方がない。ピンク色の缶に白くて可愛い猫ちゃんがいたんだもの。こんなの、ただの一目惚れだ。
もぐもぐと口を動かしたあと、飲み込みそのまま水を流し込むサエ。一口食べようと大きく口を開ければ、その前にサエが口を開く。
「欲しいに決まってるじゃん。都からの本命だろ?」
「そう言われると、渡したく無くなるなぁ…」
「はなぁ都の天邪鬼は直らないなぁ」
つーんと口を尖らせてから途中で止まっていたスプーンを口の中へと運べば、また小さく笑ったサエ。本命、たしかに。彼氏に渡すなら本命だけど、本人にそう言われてしまうと渡しにくいしなんか、渡すの悔しくなっちゃう。
「うーん。そんな君にはビーフジャーキーでもあげようね」
「え、なんでビーフジャーキー?」
「甘いの飽きてきてしょっぱいの食べたくなるかなって。茶色いものを用意しておきました」
「あっ……もしかして、だから今日はカレー?」
「ご名答!よく分かったね」
そのための、カレーだ。金曜日だからカレー…なんて意味もあったけれど、同じ茶色でもバレンタインならばカレーの方がベタだろう。やっと気付いたか、なんてにまりと笑えばつられてサエも笑顔を見せてくれる。
「それならチョコ食べてからの方が良かったかな」
「それは、そうかも……。チョコ食べて飽きたらカレーかビーフジャーキーつまみなよ」
「美味しいのかなあ、それ」
「どうだろ」
まあ、私自身ビーフジャーキーを食べないからチョコと合うかどうかなんて分からない。サエには実験台にでもなってもらうとして。
そんな事を適当に話していれば、気付けばもう食べ終わってご馳走様だ。食後のおやつに買ってきたチョコでもつまもうかな。
「えっ、わっ。かわいい!ねこ!みて!ねこちゃん!かわいい!」
「っふ、ふふ。中身みて買わなかったの?」
「うん。完全缶目当て」
「もうひとつの方も……やっぱり。猫好きだね」
「猫、可愛いもん。ほら見てこっちもね、可愛いの」
もうひとつはまぁるくて黒猫とオレンジ色の猫が描かれた時計モチーフのものを買った。つまり、ふたつとも猫の描かれている缶が可愛くて買ったのだ。
肉球入ってる、かわいい〜!なんてルンルンとひとつ摘んで口の中に放り込めば、サエも貰ってきたらしいチョコをひとつ口の中に放り込む。
「………あまい。ミルクチョコ……分かってたけど、えーん……」
「…どうして甘いのそんな食べないくせに、そんなに買ってきたんだよ…」
「缶が可愛かったからぁ…!……あと、サエに、食べさせようとしてました」
「俺、もう既にチョコいっぱいあるからなぁ」
「エーーン!!いじわる!!」
一度渡すの悔しいなんて言ったらこれか。ふん…なんて拗ねたように鼻を鳴らしてもうひとつ口の中へとチョコを放り込む。口の中に広がる甘さになんとも言えず、コップの中の水を口に含む。
「っは、ふふ。俺にもちょうだい」
「……はい。どうぞ……お食べ下さい…… 」
缶を差し出せば、それには手を伸ばさずサエはあーんと口を開けている。ギィ、調子に乗りやがって。
……なんて文句を言えば、私はこの大量の甘いチョコをひとりで消費しなければならない。適当につまんで口に運んでやれば、ぱくりと食べたサエ。この際、指を少し食べられたことへの文句も黙っておこう。
「うん、美味しい」
「…そりゃ、良かった」
「ねぇ。もうひとつ」
「ね〜え〜…なんのプレイなの〜……」
急かされるまま、また口に運んでやればぱくり。また指ごと食べられてしまった。次は完全にわざと。
「……次したら、もうやらないよ」
「ふーん?やらなかったら、食べさせてくれるんだ」
「クソ〜!!もしかしてまた墓穴掘った〜!?」
にこにこと笑顔で餌を待つ雛鳥みたいに口を開けて待っているサエ。……もうこの際、数個ほど一気に口に詰め込んでやろうか。
蝶々の形をしたチョコを口に突っ込めば、味が思っていたものと違ったらしく一瞬ハテナを浮かべたあと「オレンジだ」と呟いく。
「あのさ、またいつか手作りのも食べさせてよ」
「うえ〜…チョコなんて最後いつ作ったっけ」
「あれ美味しかったな。昔くれたチョコムースとトリュフ」
「あ〜学生の時作った…。……覚えてたら、また作ってあげる」
「ふふ、気長に待ってるよ」
……また、懐かしい話題を持ってきたな。なんだかあの時のことを思い出して小っ恥ずかしくなり、それを誤魔化すように猫ちゃんの形をしたチョコを口に含む。
あの時は、確か。……いや、思い出すのはやめておこう。なんか、もっと恥ずかしくなる。
うーん、缶に何を入れようかなぁ。手持ち無沙汰に缶の蓋を撫でる。…まあ、全部食べ終わってからじゃないと意味無いか。なんて数日は無くならないであろうおやつに蓋をするのだった。
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