嵐のような修学旅行から千葉へと帰ってきて二日経つ。今日は日曜日、土曜日は旅行の疲れから一日中寝ていた訳だけど、二日目にもなるとだいぶ眠るのも飽きてきてしまう。
 ぼんやり、考えることは裕次郎のことだ。あの日の告白はなんだったのだろう。ぐるりと寝返りを打ちサメのぬいぐるみを抱き締める。

「あのよ。でーじ、かなさんど。……都のこと」

 たった二日ととるか、もう二日ととるか。未だに鮮明に思い浮かぶあの時の情景になんとも言えなくなってしまって、抑えきれぬ衝動のままベッドの上で味をバタつかせる。
 実際、告白なんてされたのは初めての事だ。気持ちは嬉しい、けど。けれど、数年ぶりの再会とはいえ裕次郎からすれば出会ったばかりだし、私からすれば今まで怒っていた対象でもある。
 
 ……待て、待てよ。裕次郎ってば人懐っこそうなところがあるし、もしかして『友人として、好きだ』という意味だったのでは……?
 ハッと顔を上げ自分を納得させかける……けど、握ったスマホの検索欄にある『沖縄弁 かなさんどー』の検索結果は『ストレートな愛の告白の言葉として使われる』と表示されている。

 もちろん、裕次郎の事は友達としては好きだ。あの夜はとっても楽しかった、嘘偽りなくそう言える。私の数少ない友人になってくれて、遊んで楽しくて。
 だけど、人生初めてされた告白で浮かれた気分なちょろい私が、相手のことを意識しない訳もなく。

「ゔぅ……こ、心がふたつ……ある……」

 考えるのを諦めてがくりとベッドへ体を沈める。そんなこんなもあり、実は裕次郎の連絡を返せていなかったりする。
 彼は何を思っているのか、『海行ってきた』なんて見覚えはあるけど誰かわからない金髪の人とのツーショット写真が送られてきたり、美味しそうなファストフードの写真が送られてきたり。
 予め「マメに連絡するのが苦手」なんて伝えていたこともあり、なんとも思われていないみたいだけど。

「都〜!起きてる?」
「うぇ!?ああ、起きてる……何?」
「虎次郎くんちへの早くお土産持って行って来なさい」

 突然開いた扉に驚いて、ベッドから飛び起きるように体を起こせばそこに居たのはお母さん。「扉はノックして!」なんて小言を言おうと思ったのに、間髪入れずに本日の指示。
 サエの家に、お土産を持っていけと。自分で。嫌だ、嫌すぎる。こんだけ避けていたのに。

「え〜……まだ疲れてるから母さん行ってき、」
「早く、行きなさい」
「……はい。着替えたら行きます……」

 ご飯に関する全てを握っている母に歯向かうのは得策ではない。ダルダルのジャージからせめて、なんてズボンだけ履き替えてTシャツの上から薄い上着を羽織る。もう、流石に暑いだろうか。
 適当なサンダルを履いてお土産を持ち家を出る。買ってきた理由はひとつ。サエも買ってきて持ってきたから。ただそれだけだ。きちんと買ってこいと親から釘を刺された。

 徒歩二分圏内。少し近過ぎやしないか、心の準備がまだ出来ていない。
 綺麗なお家の前に立ち、インターホンを鳴らすか、鳴らさないか……ええい、ままよ!女は度胸だ。

「ごめんください、……都です」
「はぁい。あら、久しぶり!」
「アッ、お久しぶりです〜……、あの、これ。修学旅行のお土産で……」

 良かった、安心した。ここ最近で一番安堵した。インターホンを鳴らし出てきたのはサエのお母さん。相変わらずお綺麗で羨ましい。
 沖縄のお土産と言って紅芋タルトを渡せば嬉しそうに笑っている……そんな顔はサエとそっくりだ。

「虎次郎、今出てて……」
「あっ、大丈夫です。サ……虎次郎くんも忙しいだろうし……、よろしくだけお伝え頂けたら」
「伝えておくわね。本当にありがとうね」

 ふりふりと可愛らしく手を振るサエのお母さんを背に、ぺこりと小さく会釈をしてその場を去る。良かった、家にすら居なかった。神は私に味方しているのかもしれない。
 そうこうしてる内にぶるりとポケットの中でスマホが震える。なんだなんだと確認すれば、相手は裕次郎からだ。
 『今、電話掛けても良い?』そんな一言にどうしよう、なんて迷っていればまたもやぶるりと震えて画面には裕次郎と映し出される。

「わ、わっ。もしもし」
『おー、はいさい。ぬーしとった?』
「幼馴染の家にお土産渡しに行ってた」
『ああ、幼馴染って佐伯か。うりやか、聞きてぇ事があってよー』
「ん……ちょっと待ってね。ただいまー、サエんちに持ってったよ」
「はーい、ご苦労さま」

 それだけ報告して足早に部屋に戻る。家族と会話してるの聞かれるってちょっと恥ずかしいな。

「ごめんね。それで?」
『いや、あのよ。夏休みにそっち行こうと思ってんだけどよ、やーはいつ暇んば?』
「えっ、行動力何?すご……まだ分かんないけどま、お盆以降はずっと地元居ると思うけど……」
『じゃあちゃんとした日程決まったら連絡するさあ。……うり以外もすっけどよ』
「ふ、ふふ。うん。夏休み、絶対開けておく。どこか行きたい?」
『やーがいればどこでもしむんど、ああ。ディズニーは行く予定さあ。あんすぐとぅ──』

 グッと言葉に詰まる。「しむんど」の意味は分からないけれど、何となく言葉の流れから意味は汲み取れてしまう訳で。
 頭の隅を過ぎる「でーじ、かなさんど」。なんてあの日の言葉に頭はグラグラして。

『なあ、大丈夫か?』
「えっ……あっ。うん、ディズニーが?」
『話聞いてなかったのかよ……行く予定やし、都に会う前だったらお土産買ってくよ』
「ええ、いいのに!ふふ、気持ちだけでいいんだよ〜自分に使って?」
『良いだろ、わんの好きに使っとるあんに……』

 数拍空いた後、んんっなんてわざとらしく咳払いをした裕次郎。

『まあ、期待しとけよな』
「……じゃあ、期待しときます」
『あのよ、迷惑じゃなかったらまた電話かけても、その。……良いんば?』
「えっ、うん。でも急にかかってくるとびっくりするから、先に聞いてくれたら助かるかも」

 それだけ伝えると裕次郎は嬉しそうに笑う。と、その横から『裕次郎ーもう帰るぞ〜』なんて間伸びた声が聞こえて。

「呼ばれてるよ」
『……あいひゃー。まだやーと話してたかったんに、しゃーねぇか。じゃあ、また今度な』
「うん。えーっと、なんだっけ。……そうだ!やーたい、だ!」
『ハハッ、おう。じゃあ、やーさい』

 そんな覚えたての挨拶を最後にぶつりと通話は切れる。あんまり、電話って得意じゃないけれど裕次郎ってば割と喋ってくれるから話しやすい。
 はあ、なんてごろりとまたベッドに転がり天井を眺める。なんだか、少し眠たくなってきた。晩ご飯までひと眠りしても許されるだろうか……なんて考えている頃には瞼は既にくっついて。布団と体が溶け込むような感覚の中、眠りの中へと落ちていくのだった。


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 ……あれは、見間違いでは無いはずだ。長い間、十何年間も見続けた後ろ姿を見む間違うはずなんてないだろう。
 遠く先を歩く黒髪、間違いなく都だろう。こんなところから声を掛けても近所迷惑だし、近くまで走ろうか……なんて考えてみるけれど、都はポケットから何かを取りだし耳に当てる。つまるところ、電話をしているようで。

 電話している相手を追いかけて、声をかけるのもどうだろうか。……そもそも、今更自分が声をかけたところで都は応じてくれるのだろうか。
 モヤモヤとひとり考えていればとっくに後ろ姿は見えなくなって、諦めて自宅へと帰るのだった。

「ただいま」
「おかえり、ついさっき都ちゃん来てたわよ」
「えっ。なんで」
「お土産渡しに来てくれたのよ。向こうの学校は沖縄行ってたみたいよ〜」

 机の上に置かれた『元祖紅芋タルト』と書かれた主張の激しいお土産。……ふっ、と思わず笑ってしまう。王道だなあ、ちんすこうか紅芋タルトか迷ったのだろうか。
 きっと都のことだし、自分が美味しいと思った方を買ってきたに違いない。勝手に包装を破り早速一口齧る。

「あっ、ご飯前に」
「いいだろ、小腹空いてたし」
「そういえば、都ちゃんが「虎次郎くんによろしくお伝えください」だって」
「ふぅん……」

 虎次郎くんだって、なんだかよそよそしい。やはり彼女は俺の事がどうでもよくなってしまったのか。なんて考えながら最後の一口を中に押し込みながら、机の上に置いてあったお茶をコップに注ぎ一気に飲みくだす。

 今は誰も都と連絡をとっていないらしい。いや、亮はごく稀にだけど取っているんだっけ。あとは樹っちゃんと首藤から目撃情報があるくらいだ。
 俺自身も久しぶりに彼女を見たような気がする。約二年ぶりに見た都は、最後に見た卒業式の時より髪が短くなっていた。

 会いたい、だけど嫌われているかもしれない……なんて思えば、少し怖くなってしまいどうも連絡が出来ずにここまで来てしまった。
 どうせならお礼を口実に連絡をとってみようか、なんて携帯を手に取るけど指は動かず画面は暗いままだ。
 はあ……なんて意気地のない自分に呆れて溜息をつきつつふと窓の外に目をやれば、夜が静かに降りてくるだけだった。