▱後輩にご飯をおごる話




忘れ物無し、帰り支度ヨシ!
特に何も無いだろう。そう思いガチャンと音を立てて閉まった鍵を指さし確認。某猫のように「ヨシ!」なんて大きな声を出せば、横を通り過ぎていく見覚えのある黒。

「あれ、財前くんじゃん!帰り?」
「……はあ、バレんと思ったのに」
「自分、私と目ぇ完全に合ってたやん」
「関わらんとこう思ったんっすけど」
「あ、そう? 私と財前くんの仲やろ〜?」

「はあ…そっすね」なんて聞こえた大きな溜息と適当な相槌をBGMにして、鞄の中に部室の鍵を放り込む。明日の朝練、開けに来るのは億劫だけど練習があるなら仕方が無い。
さて帰ろうと顔を上げれば財前くんとパチリと目が合う。

「え、まだ帰ってないの?」
「はあ? 話し掛けてきたん先輩でしょ」
「いやまさか待ってるとは思わんやん」

歩き出せば財前くんも歩き出す。なにこれ面白いな、ヒヨコみたい。もしかして一緒に帰ってくれるってことだろうか。
ちらりと財前くんの方を窺ってみる。多分、この時間なら部活終わりだろう。
左を歩く財前くんの耳にはピアスが二つ、オレンジ色の夕日に照らされて眩しい。中学生のくせにピアスなんて開けやがって。
そんな理不尽なことを心の中で呟いてみるけど私の耳にも合計で二つの穴が空いているんだった。うっかりしていた。

「大和田先輩黙ってる時、大体頭ん中で一人喋ってますよね」
「よく分かったね。頭の中すっごいうるさいよ私」
「喋ったらほんま残念な人ですね」
「お、もしかしてそれは黙ってろってこと?」

「そっすね」自分から言い出したくせにもう興味がないのか適当な相槌を打った財前くん、なんだコイツは。

「あ、そういえば蔵ノ介は?」
「さあ…?ていうか先輩ら仲良いですよね」
「まあもう十五年間は一緒やからね。怖いもんやね」
「…部長になんか用あったんすか?」
「いやなに、漫画返せ言おう思って」
「しょもな…そんなんLINEでええでしょ」

確かに、そういえばLINEあったな。なんて思い出したように携帯を取り出して蔵ノ介を探す。
あれ、どこだ蔵ノ介…マジで見つからない。二分くらい探した末ようやく見つけてメッセージを送る。
すぐに通知が来て蔵ノ介の癖に早いじゃん、なんて画面を見れば母親から『今日ご飯作れそうにないから適当に食べてきて』の文字。残業お疲れ様すぎる。どうしようかな、ちょうど財前くんいるし誘うか。

「財前くん、ちょっと寄り道しよ」
「なんすか、帰らせてください」
「なに、先輩に奢られたくないって?」
「…何奢ってくれるんすか」
「マクドとか?」

明らかにさっきより機嫌が良くなった様子の財前くんは「まあ、いっすよ」なんて目を合わせずに呟いた。素直じゃないんだから全く。

「何食べよ、やっぱダブチやな」
「俺ビックマックで」
「まーた奢りやからって高いの選んで!」
「セットで」
「遠慮知らんな、自分」
「奢りなんで」

まあそれくらい奢ってやれるくらいの財布の中身はしているし、誘ったのは私だから奢ってやってもいいだろう。
さっきより足取りの軽い財前くん、ちょろすぎる。

「ほんで、なんでまた急に」
「あー、ご飯食べて帰ってきな言われたから」
「友達おらんのすか?」
「横に可愛い後輩おったら誘うやろ普通」
「……ふーん」
「ふーん。ってなに!? 前言撤回、可愛くなかったわ」

そんなやり取りをしていればちょうど見えだした赤と黄色の看板。
店の中に入れば見覚えのある顔ぶれが見えたので近くに寄って声をかける。

「最後全部人に任せてみんなで飯か、いいなあ?」
「げっ! 大和田先輩!」
「げっじゃない! 斎藤!お前明日鍵当番な!」

そう言ってセパタクロー部二年の斎藤に鍵を投げつけてやれば「ひぇ」なんて弱々しい声を出して無事キャッチ。
ついでに面倒は鍵当番を押し付けることに成功して個人的にはラッキーな気持ちでいっぱいだ。

「ていうか先輩なんでまた財前と」
「おい! 野暮なこと訊くなって! やっと先輩にも春がき…」
「あんたらと違って財前くんは私の事待ってくれたからな、奢ったげよう思って連れてきた」
「えー! 財前ずるい!」

「俺も!」なんてアホみたいなことぬかす部員達を「黙りな!」と一蹴して財前くんを連れてレジへ向かう。
無関心な顔をしていた財前くんは先程の宣言通りビックマックにポテトとコーラのセット、更にテリヤキバーガーの単品を頼みだす。
いや言ってたのとちゃうやん、ちゃうやん……。
自分の分も頼んで札を受け取り席を探す。セパタクロー部員とは少し遠い席を選んで壁側の席に座らせてもらう。

「いや、なんか後輩がごめんな」
「気にせんでください。俺はマクド食いに来ただけなんで」
「ブレへんな〜」

そんなこんなですぐ運ばれてきたトレイからストローを取りカップに差す。やっぱマクドではコーラよな。
シュワシュワと炭酸が口の中で弾けて部活での疲れが一気に癒えたような気がする。

「美味しい?」
「人の金で食う飯美味いっすわ」
「うわ〜、今日一いい顔してるけど表情筋ミリも動いてへんな」
「あんたが動きすぎなんですよ」
「四天宝寺の百面相とでも呼んで」
「呼ばれたいんすか?」

「いや? 別に」なんて答えてバーガーにかぶりつく。
ビックマック、食べにくそうだなとか思っていれば大きな口でかぶりつく財前くん。よく行ったなそのサイズ。

「何見てるんすか」
「いや、よくかぶりついたなって」
「こんくらい余裕っすわ」
「口デカいなぁ」
「先輩がこまいんですって」
「私かてビックマックくらいかぶりつけれるわ」

ふん、と鼻を鳴らして適当なことを言ってみれば少し考えた財前くんは自分の手に持ったビックマックを差し出してくる。
まさかこれにかぶりつけというのか?正気か、この男は。

「君、アホ?」
「冗談もわからんのですか?」
「財前くんの冗談分かりにくいわ!」

真顔でなんのフリもなく来られると本気やと思ってびっくりするだろ普通。
そういえば蔵ノ介が「財前は大阪のノリについていけへん新人類や」言うてたけど、こんなボケするんやな…なんて勝手に感心してしまう。蔵ノ介に報告しとこ。
自分の分を食べ終わってしまいやることが無くなって少し暇だ。コーラを啜りながらぼうっと財前くんを見る。
ピアス、もう一個開けようかな。財前くん見たら開けたなってきた。

「なんすか? なんかついてます?」
「耳にピアスが五つもついてる」
「先輩もついてますよ」
「私ふたつやから」
「もう開けないんすか?」
「今それ考えてた」

耳朶を弄り位置を確認する。全然開けるスペース有るし開けても良いかも。
食べ終わった財前くんは丁寧に口を拭いて手を合わせている。偉すぎる。

「さて、もう一個付き合ってもらおうかな」
「次はなんすか」
「ドラッグストア」
「……まさか」
「善は急げ!」
「ほんま勢いで生きてますね」

トレイを持って立ち上がるが目の前に現れた財前くんにトレイを取られてゴミを捨ててくれる。よく出来た男だ。

「ありがとう」
「まあ、奢ってもらったんで」
「ええ子やわ……」

こんな偉い後輩おる蔵ノ介は幸せもんやな…。
適当に駄弁りながら目当てのものを買いにドラッグストアへと向かう。
無事目当てのものを見つけることが出来たのでひとつ買ってから適当な公園へとまた移動。

「ほな、財前くん頼むわ」
「ええ…自分でやってくださいよ」
「この両耳誰に開けてもらったと思う? 蔵ノ介や」
「ビビりっすね」
「うるせー!」

不満そうな声を出しながらもピアッサーを受け取ってくれた財前くん。
どっち耳にしようかな、なんて考えながら説明書を見る。少し暗くて読みにくいな。
適当に準備を済ませてベンチに座る。多分公園で開けるようなものじゃない気がするけど、まあいいか。

「どっち耳にします?」
「悩み中」
「ほな勝手に開けますわ」
「ええちょっと待っておい」
「動いたら失敗しますよ」

そんなことを言われたら止まるしかないじゃないか……!
ピタリと動きを止めれば財前くんは私の右側に座りペンでマーキングしたあと、その位置にピアッサーをセットする。

「ほな三、二、一でいきますよ」
「ホイ来た」
「さーん、にー、いきます」

「いち」と言い切る前にパチン!と大きな音がしてジンジンとした痛み。
涙目になりながら財前くんを睨めばケラケラと笑っている。笑い事じゃないが!?

「一って数字ご存知ない!?」
「先輩驚くかなって」
「驚くどころじゃないけど?」

ヒリヒリと痛む右耳を鏡で確認すれば鮮やかな緑の石が光る。
適当に取ったから色確認してなかったけどええやん、ええ感じやわ。

「いや〜、でも満足したわ。今日は色々付き合ってくれてありがとう」
「ふ、先輩。耳、お揃いっすね」

小さく笑いながら財前くんは自分の右耳を指さす。確かに財前くんの右耳には、今日も緑と黄色のピアスが光っている。

「狙った?」
「偶然っすよ」
「まあお揃い言うても左みっつも開けてへんけどな!」
「開けます?」
「開けん!」

くくく、と楽しそうに声を噛み殺して笑う財前くんを見ていたらなんだか怒る気力も無くなったな。
さて、と。そろそろ帰ろうかな。荷物を持って立ち上がる。

「ほら、補導される前に帰ろ」
「こんな時間まで連れ回したん大和田先輩でしょ」
「申し訳ね〜…」

時刻は七時半、中学生のみで出歩くには少し遅い時間かもしれない。
特に何も合わせていないのに同時に歩き出す。
あれ、財前くん家こっちだっけ。

「財前くん家こっちなん?」
「……そうっすね」
「あ〜なるほど、優しいね。財前くんはさ」

この微妙な間、多分そんなことは無いのだろうけど。きっと私を気遣っての行動か。寧ろ泣けてくるわ。

「またご飯奢ったげる」
「言質取りましたよ」
「おうおう、アホ部員に奢るくらいやったら財前くんに奢った方がええわ」
「よっしゃ」

ニッと笑ったかと思えばすぐにいつもの顔に戻ってしまった財前くん。
いつもああやって笑ってれば可愛げがあって良いのに。

「今失礼な事考えました?」
「エスパー?」
「もう置いて帰ろうかなこの人」
「えー!? 待って待って待って」

足を早めた財前くんを追いかける。
そんなやり取りは私の家に着くまで行われたのだった。

────

「都、おはよ」
「まりちゃん!おはよう、朝練?」
「そう、面倒くさすぎ」

ふわあと大きな欠伸をしたまりちゃんと「ダルいなー」なんてボヤきながら一緒に登校する。
私の右を歩くまりちゃんはチラリとこっちを見て口を開く。

「ピアス増えた?」
「そう、昨日開けた」
「ビビりすぎて最初白石に開けてもらったって言ってた都がついに一人で?」
「や、昨日は財前くんに開けてもろた」
「ふーん……って財前?なんで?」
「一緒に帰ったついで」

本当に訳が分からなかったのか「ええ…」と困惑しながらまりちゃんは眉を顰める。
ちょうど学校に着いた頃、タイミングよく財前くんと鉢合わせて「よっ」なんて言いながら手を上げる。

「おはよ、昨日はありがとね」
「いっすよ。また飯奢ってください」
「はいはい、今度ね。ほな朝練頑張って」
「先輩こそ」

その様子を見ていたまりちゃんは「あ〜…」なんて呟いたかと思えばへらりと笑う。
不気味や……なんて思いながら「まりちゃん?」と声を掛ければまりちゃんはなんとも言えない顔をしてから口を開く。

「やってんね!」
「ええ、何が?」
「そういうとこ。じゃあ朝練遅れそうだしもう行くね」
「え、ちょっと何が!?」

ニカッと笑いそそくさと財前くんの後を追いかけるように走り去ったまりちゃん。
まあ、そんなことより私も朝練行かなな〜、ちょうどなんてぼんやり考えながら部室に向かって歩き出す。
斎藤ちゃんと鍵開けたんかな。





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