ふ、と視線を落とせばちょうど同じタイミングてスマホの画面がつく。
四天宝寺のグループLINEからで、内容は「次の飲み会は金曜日の夜いつものところで!」なんていつもの誘いだった。
そういえば、千歳と再会したあの時以来行ってないかもしれない。久しぶりに行ってみてもいいかも、なんて思い立ってOKのスタンプだけ送信する。既読はすぐに何個かついて続々と似たようなスタンプが追加されていく。
既読をつけておいてそのまま画面を落としてベッドに放り投げる。
そういえば、ここ数日は千歳にも会っていない。
元気にしているだろうか。数年間の会わなかった期間があったことを考えれば数日くらいなんて無いことに思えるけれど、少しだけ不安にもなる。
金曜日、千歳は来るのだろうか。
────
予定時刻よりほんのちょっと遅れて到着。
少しだけ、仕事が長引いてしまった。店の中を窺えばもう始まっているようで、みんなの声が聞こえてくる。
きょろきょろと席を探していれば、そっと開いた扉から身を乗り出した小春がふりふりと手を振っている。
「あっ、都ちゃん〜!こっちよ!」
「小春〜!久しぶり、また可愛くなった?」
「も〜ほんま上手やねぇ」
「なんや大和田、小春の事口説いとるんか!?」
「一氏も相変わらずうるさいな」
半個室なテーブルに向かえばやっぱり千歳は来ていないようでちょっと、いや、かなり残念な気持ちになる。
まあ、千歳も参加率悪いみたいだし仕方はないか。
小春の前、壁際の席に座ればメニューを渡されて目を通す。適当にチューハイでも頼むか。
飲み物を頼んだ後、料理は既に沢山並んでいるからしれっとそれをつまんでいく。
「都が来るんいつ以来?」
「いつだっけ、冬前…とか?」
「あれやあれ、同窓会とかいう名目で開いた時におった」
「あー、そん時だ」
「最近忙しいかったん?」
「まあ…そんなとこ?」
というのは半分嘘だったりする。
千歳と会う時、金曜だったりするから飲み会の日と被ったりなんだり。飲み会より千歳との事を優先してしまい、行くタイミングがないともいう。
「でも久しぶりに会えてほんま嬉しいわぁ。今日はゆっくりしてきや?」
「うん、二次会とかあるなら行っちゃおうかな?」
「えーっ、ほな絶対二次会開かなあかんやんか〜!」
「お手柔らかにね?」
なんてケラケラ笑って運ばれたお酒を飲んでいれば扉がガラリと開く。
また誰かが何か頼んだので、それが届いたのかな?なんてそちらに視線を向ければ、ゴンッと鈍い音が響いて大柄な男が現れる。
「痛かっ、またぶつけてしもうた……」
「えっ、千歳来た」
「ホンマや!千歳ぇ!久しぶりやなぁ!元気しとった?」
嬉しそうにニコニコと笑う金ちゃんに「元気ばい」なんて笑いながら入ってきた千歳。
辺りを見回した千歳とパチリと目が合う。
嬉しそうに目を細めながら小さく笑い、間を縫うようにこちらに向かって一直線。
隣に座ったかと思えば呆気に取られる私の方に向いてニコニコと笑いながら話しかけてくる。
「都、久しぶりやな。元気にしとった?」
「…久しぶり、元気やったよ。千歳もかわりない?」
「俺も元気しとったばい」
「ほんなら良かったわ」
何はともあれこれで全員また揃うのはあの同窓会以来らしい。
そんなことより、参加率が割と低そうな財前くんは私より参加率が高いらしく少し驚いてしまった。ああやって面倒臭いとか言いながら、案外みんなのことが大好きなんだなって。
「都ちゃん来たら千歳くん来るの、なんか示し合わせてるの?」
「いやいや、そんなことないって。偶然よ」
「そうやなあ。都には久しぶりに会うたし、ほんなこつ偶然ばい」
なんとなくだけど、きっと頻繁に会っている…しかもその、男女の関係だなんてバレたら…という気持ちを汲み取ってか、話を合わせてくれているようでホッと一安心。
まあ、今回の飲み会に関しては本当に偶然なんだけど。
「最近忙しゅうて人に会えとらんやったけん来てみたけど、みんな元気そうで良かったばい」
「千歳くんも忙しかったん?でも会えてほんま嬉しいわあ」
「なんや小春、俺と会うんは嬉しないんか?」
「ユウくんは頻繁に合ってるやないの!」
いや、頻繁に合ってるんだ。まあ一氏はあの時から小春にぞっこんだしそんなもんなのかも。
ちびちびとお酒を飲んでいれば未だニコニコとしている千歳とまた目が合う。
「…なに?」
「いや、都に会おごたったけん会えて嬉しかたい」
「……そりゃ、どうも」
「なになに!?都ちゃんのこと口説いてるん!?」
「わっ、小春!話ややこしくせんといて!」
ニマニマと少しだけ意地悪く笑いながら運ばれてきたばかりの焼酎を飲んでいる千歳。
そんな様子を見て興味津々なのか身を乗り出す勢いの小春に思わず苦笑い。
「…あっ、ねぇくーちゃん。由香里元気してる?」
「くーちゃんって呼ぶなや!今年で俺なんぼなる思てんねん!…まあ、元気してるで」
「あーあ、都ちゃんに話変えられたわ」
「小春、ほな大和田やなくて俺と話しよ」
「もう一氏飽きたわ、ウザい」
「えっ…」
あんまり触れられるのもどうかと思い話を変えればラブルス破局の危機だし、どうしろと。
もう大人しくご飯でも食べようかな、なんて箸を持てばこつんと肘がぶつかる。
「わ、ごめん。ていうか席変わる?肘ぶつかっちゃうし」
「こっちこそごめん。ばってん、都が右に来たら都んこと見えんくなるけんやめとくばい」
「…なんでそうなるんよ」
なんて小さな声で笑うもんだから、なんだか負けた気分。
どうしても千歳には弱い。そんなことを言われて少しだけときめいてしまった自分が憎すぎる。
·
楽しい時間はそのまま続き、気付けばもう二時間近くは経っている。
既に酔ったのか半分寝かけてる忍足だったり、適当な相槌を打ちながらスマホを弄っている財前くん。ずーっと楽しそうに笑っている金ちゃんとか、酔ってダル絡みしている一氏を適当にあしらう小春だったり、なんだか大人になったけどあの時と変わらない気がして懐かしい気持ちになってくる。
そんな様子をぼーっと眺めていれば、突然楽にしていた右手を撫でられた感覚にびくりと体を揺らす。そんな事をする奴なんて、一人しかいないんだけど。
「…なに?」
「いや?…なあ、こん後二人で抜けんね?」
「えっ、二次会あるなら行こうかなって言っちゃった」
こそこそ小さな声でそんな話をしている最中も手の甲をなぞられたり、指を絡められる感触に、どうしても情事のときを思い出して顔がほんのり熱くなる。
いや、これはお酒のせいだ。なんてお酒のせいにして。
「久しぶりに、いかん…?」
「ばっ、か、待って、ちょっと…さすがに…!」
機嫌良く、そして意地悪く笑う千歳に翻弄されている気分だ。まあ、確かに半分はからかわれているのだろうけど。
ちらりと周りを見ていれば誰もまだ気付いていない様子で小さく安堵する。それでも気は抜けない。
未だ私の手を撫でながら返答を待つ千歳。我慢して返事をしないでいれば掌を軽く掻かれてびくりとまた体を揺らしてしまう。ダメだ、もう耐えられない。
こくりと小さく頷けば満足気な顔をした千歳に小さく溜息。
「俺が適当にするけん任せといて」
「……分かった」
「楽しみやなあ」
そうなのは千歳だけでしょ…なんてツッコミを心の中で入れてみるけど。まあ実際、言わないけれど少しは楽しみなわけで。
流石にこれ以上はまずいと思ったのか、解放された右手がほんの少しだけ寂しく感じてしまう。
……少しじゃ、ないのかもしれない。
────
「ほな二次会どうする?」
「いつものカラオケでええんとちゃう?」
「よっしゃ!いっちょ俺の美声で、」
「でも謙也さん、もうフラフラやないすか」
「そんなことないわ!」
会計が終わりそんな話をしながらぞろぞろとみんなで外へ出ていく。
さて、ここからどうするのか。横を歩く千歳を窺えば心配するなと言うように微笑んでいる。
「都ちゃん、顔真っ赤やけどいけるの?」
「あー…ちょっと飲みすぎちゃった、かも?」
「よう飲みよったしな。さっき具合悪そうにしとったけど大丈夫なん?」
「えーっ、そうなん?無理せん方がええわよ?」
「そんなら心配やし、俺が都んこと送っていくばい。みんなには悪かばってん、明日ちょっと忙しゅうて二次会は参加できそうになかけん」
……一ミリも具合悪そうにした記憶なんかないんだけど、まあ話を合わせた方がいいのだろう。
少しだけ具合が悪そうな感じを装いつつ口を開く。
「…うん、今回は残念やけど大人しく帰ろうかなぁ」
「それがええわぁ、みんなには言うとくし気を付けて帰りや?」
「小春〜…!ありがとう。ごめんな、また誘って?」
「もちろんやないの!千歳くん、送り狼なったらあかんで?」
「流石に酔っ払いには手ぇ出せんばい。じゃあ、また今度な」
最後に小春とさよならのハグだけして手を振って別れる。
久しぶりの飲み会はめちゃくちゃに楽しかったし、また参加したいな。
みんなの背中を見送りながら隣の千歳をちらりと見る。
「酔っ払いに手は出さない、ね……」
「…なんが言おごたると」
「いや〜?名演技やったな」
「当たり前ばい。…そろそろ行く?」
「や、待って。いつものとこやったら、もしかしたら会うかもしらん」
「あ〜確かに、どぎゃんする?」
他に何処がいいかも分からないし、ほんとにどうしよう。
うんうんと考えていればひとつの考えが頭をよぎるけど、正直良いのだろうか。
「どっか思い当たるとこあった?」
「う…、……うち、来る?」
「えっ、よかと?都さえ良かれば俺はよかばってん」
「……うん、うん……じゃあ行く、かぁ…?」
部屋、片付いてたっけ。少し不安になってきた。
目的地は私の家。駅に向いて歩き出す。終電逃さなくて良かった。
「都ん家、ゴムあっと?」
「……あるわけ、ないでしょ」
「そんならコンビニでも寄って帰った方がよかね?」
「ほんっとやだ、……にやにやするな」
千歳としかそういうことないのに、ある訳が無い。まあ、そんなことを彼には言ったことはないのだけど。
するりと手の甲同士が触れて、どちらからともなくいつもみたいに手を取る。
たった数日間だけだったのに、なんだか全てが久しぶりに感じて少しドキドキしてきた。きっと、それだけ私の中を占める千歳が多いのかもしれない。
なんとなく、繋いだ手をきゅうと握った。