この気持ちの名前
初めて話したのは、確か高校に入ってすぐくらい。まりちゃんの紹介でトントンと知り合った。
第一印象としては、縦に大きな人だなぁ……横も少し……。とかいう小学生並みの拙い感想。あと、大きいせいでちょっと怖いかも……なんて思ったのは誰にも言ってない秘密だ。
紹介されてから、今では当たり前になったいつものメンツで遊ぶようになって……、そしていつしかその中で段々いい雰囲気のところができてくるわけで。
「俺らは向こう行っとこか」
「そうだね、私達居るのにあんずちゃんとゾム、もう二人の世界だよ」
あそこの二人、付き合ってはないらしいけどどう見ても相思相愛のバカップルみたいだ。砂糖吐きそう。
モカちゃんはエミさんとたまに出掛ける仲みたいだし、まりちゃんに至ってはうつくんを自分の犬と言わんばかりに手懐けていた。不本意らしいけど。
そうやって二組に分かれると、気付けばトントンと行動……というのが多くなっていた。
別に嫌な訳じゃないしトントンはとっても良い人だから、寧ろ嬉しかったりもする。
彼の声が好きだ。怖いと思っていた身長も、今では格好いいなんて思うところだし、たまに鋭い事を言うけれど基本的には優しいし。何より一緒にいて安心するというか、なんというか。
そんなことをみんなに言えば「恋か?」なんて持て囃されるけど断じてそんなものではない……筈だ。
「涼香?」
「ん?ああ、ごめん聞いてなかった」
「だろうと思ったわ」
呆れたようにトントンが笑う。トントンの笑った顔を見ているとなんだか胸がソワソワする。
そう言えば最近、ぼうっとすることが増えた気がする。そんなときってなに考えてるっけ……ぼんやり浮かんだ答えはトントンの声に掻き消される。
「なあ、今日一緒に帰ってもええ?」
「今日?今日は一人で帰る予定だったし。いいよ」
「分かった、HR終わったら待ってて。多分俺のが遅い」
「はぁい」
そろそろ予鈴鳴るし、そう言って軽く手を挙げて自分の教室に帰っていくトントンに小さく手を振る。
あれ、さっきの答えって何だっけ。……ダメだ、ついさっきのことなのに出てこない…。ポンコツな頭を軽く掻いて手元にあったレモンティーを飲み下す。
甘いなぁ、今も尚二人の世界を展開するあんずちゃんとゾムを見ながら溜息をついた。
────────
ひぃ、だいぶ寒くなってきたなぁ…。温かい職員室から少し冷えた廊下へ出れば小さく身震い。結局トントンより私の方が遅くなってしまった。
まさか担任に呼び出されるとは、ツイてない。なんかやらかした!?とか思ったけど、ただ出し忘れた提出物の催促。もちろんすぐ出しに行ったんだけど。
『飲みもん買うから一階おるな』
なんてトントンから入っていた連絡。私も温かいココアかなにか買おうかな。人気の少なくなった階段を降り自販のある場所へ向かう。
突然、しんとした廊下に反響する女子生徒の声にピタリと足を止める。自販機の前、立ち尽くす男女二人。
結果が気になる!なんて好奇心を抑えて、普段なら邪魔にならないように立ち去っただろう。
女の子からすれば一世一代の大勝負。
「好きです」なんて震えているけど、そんな可愛らしい声に落ちない男なんてそうそういないだろう。……でしょう?トントン。
ポロリと手から落ちたペットボトルは軽い音をたて転がっていく。それに気付いたのかペットボトル……ではなく私に集まる目線。
「りょう、」
「……だ、大丈夫!聞いてないから……忘れ物したから取りに行かなきゃ、えっと、お邪魔しました!ごめん!」
落ちたペットボトルを拾い上げ一目散に元来た道を走って戻る。バクバクとうるさい心臓、目の前が段々とぼやけていく。早く止まってくれ。
「……あれ、涼香ちゃん。……大丈夫?」
「まり、ちゃ……」
駆け上がった階段の先にいたまりちゃんはぶつかりかけた私を驚いたように支えてくれる。
セーターの袖でゴシゴシと適当に目元を拭い「大丈夫」なんていつものように笑って見せるけど、まりちゃんの心配しているような顔を見ればまたうるっときて。
「話、聞くけど」
「……別に、大したことじゃないの。けど……」
「トントン関係?」
小さく頷けばまりちゃんはあぁ、と言ったように表情を変えてそのまま手を引かれ歩き出す。
「開いてて良かったね。もしかして、下の見ちゃった?」
「告白、だよね」
「さっき……15分前とかだけど、トントンに告白するとか話してた子とすれ違って。トントン、涼香ちゃんと帰るって言ってたし、なんか一悶着あるかもって」
答えこそ聞こえなかったけど、トントンの受けていた告白。可愛くて守ってあげたいような可愛い女の子。
きっとお似合いのカップルになるだろなぁ、なんてぼんやり考える。
「何があったか聞いてもいい?」
「うん……と言っても、別にそんだけ話ないけど……」
ちょっとずつ見たこととか、なんとなく思ったことを零していけば少し楽になった気がする。
話終わればまりちゃんは困ったように考える。
「涼香ちゃん、トントンのこと好きだよね?」
「友達とし、」
「通用しないでしょ、もう」
ぴしゃりと言われて思わず閉口。
「考えてみな?」なんて言われて自分の中で少しずつ整理をつける。
何で告白されてるのを見て嫌になったの?何で逃げたの?そんな自問自答を何度か繰り返せば一つの答えに辿り着く。
「もう一回聞くけど。トントンのこと、好きだよね?」
「ぅ、あ……や、やだ。認めたくない……」
顔を押さえて下を向けば「やっとか…」なんて溜息。
「これはモカちゃんとあんずちゃんに報告だね」とか言ってるまりちゃんを制する気力もなく、がくり項垂れる。
あの女の子に嫉妬してたのか。トントンがとられちゃう、なんて。でも考えてはみるけど、そもそもトントンは私のものじゃないし……!
ぶんぶんと顔を横に振れば楽しそうに笑うまりちゃんの顔。笑い事じゃない!
「良かったね」
「よくない!自覚して即失恋じゃん…!」
「ええ……?トントンの答え聞いてないんでしょ?」
「けど、あれは絶対付き合うでしょ。あんなに可愛い子だったし……」
呆れたように眉根を寄せたまりちゃん。なんだか圧を感じる。少し怖い。
「まあ……もう大丈夫みたいだね。うつくん待たしてるまんまだし帰るね。トントンと話しなよ?」
手を振りながら教室から出ていったまりちゃん。話せ、なんてなにを?彼女おめでとうって?そんなの死ねる。
まだ少し混乱している頭のまま教室を出る。
とりあえず、帰るか……。本日何度目か分からない階段をゆっくりと降りる。
肩からズレ落ちそうになったリュックの肩紐を直してスマホを取り出しイヤホンを付ける。今日は何を聞こうかな、なんてプレイリストを眺めればどれもこれもトントンと話した曲ばっかりだ。
普段意識しなかったけど、どうやら私は彼にベタ惚れらしい。
増えていく彼の好きな色、赤色ばかりになっている。これで「友達として好き」か、よく言うよ私。ぶんぶんと頭を大きく振り適当に音楽を流す。
「あ、良かった。帰ってなかったんか」
「わっ、と…トントン……」
今一番会いたくなかったのに、なんてクダをまいてみるけど、逃げ出した私をずっと待っていてくれたのか。
もうほんと馬鹿、そういうの勘違いするから本当にやめた方がいい。
「……えと、」
「どした?目元、赤いけど……」
伸びた手がほっぺたを包み親指が目元を撫でる。突然の行動にびくりと肩を揺らせば驚いたように手を離すトントン。
ダメだ、心臓がバクバクしてきた。ほんと心臓に悪い、ダメ。
「顔赤いし……もしかして、」
「ぐ、えっと……」
「体調悪いんか?」
……知ってた、トントンってそういうところあるよね。だけど、そのお陰で幾分か落ち着いた。
「ううん、大丈夫。……それより、私なんか構ってていいの?」
「なんで?」
「え?彼女出来たんじゃ……」
「は?」
目を大きく開いて何言っとんなこいつ、と言わんばかりに凝視される。え?なに私、おかしな事言ったの?もしかして。
「……いや確かに告白はされたけど、」
「見るつもりはなかったんだけど……。それより、その、おめで……」
「何勘違いしとんか知らんけど、あれ断ったし」
「え!?うそ、あんな可愛い子の告白を!?」
大きく目を見開いてトントンを見れば呆れたように溜息をついて口を開く。
「よう知らんやつに告白されて付き合うわけないやろ」
「可愛い子だったのに、勿体ないな〜」
なんて平気なフリを装ってからかいながら、靴箱からスニーカーを手に取り下へ乱雑に落とす。
ぼとり、そんな音が玄関に響く。遠くから聞こえる運動部の声。
「そもそも、好きなやつおるし。そいつ以外から告白されても付き合う気ないわ。」
「……へぇ、そうなんだ。トントンってば優しいし面白いし、格好良いかは置いといて……とっても良い人だから、きっとOKしてくれるよ」
「ほんまに言うてる?」
靴を履けばトントンも私より一回りは大きい靴を地面に落として適当に履きながら踵を潰す。
「多分?」なんて小さく頷けばトントンは「ほーん」なんて小さく零す。
「じゃあさぁ、お前に……涼香に好きって言ったら付き合うてくれるん?」
「……嘘でも良くないよ、変な勘違いしちゃう」
「ほな、勘違いしてや。なあ」
嫌に煩い心臓と真剣そうなトントンの声。
あ、ダメだ。セーターの袖で必死に顔を隠す。
「俺が好きなんは、涼香やから。嘘ちゃうし」
ぼろりと溢れ出した涙は止まることも無く袖を濡らし続ける。拭っても拭っても溢れるから仕方がない。
「なんで泣くん。泣かんといてや、俺が泣かしたみたいやん」
「……泣かしといて、よく言う」
手を退かされ視界が開ける。
ぼやけた視界からは恥ずかしそうに笑うトントン。またトントンの指が伸びてきて溢れ落ちそうな涙を拭う。
「ねえ、もう一回」
「涼香から返事聞いてないねんけど」
「私のは後でいいでしょ。ねえ、」
小さな溜息のあと引き寄せられて。
「もう言わんからな……好きやで、涼香のこと」
トントンの顔は見えないけどきっと真っ赤なのだろう。きっと、そんな顔を見られたくないから引き寄せられたのかもしれない。
「涼香は?」
「……言わなきゃダメ?」
「二回も言わせといてそれは無いやろ……」
「嫌い……嘘、待ってほんと嘘だからそんな顔しないで」
意地悪ついでに「嫌い」なんて言ってみれば、正気を疑うような顔をして離れていったトントン。嘘だから、待って信じないで。
「おっま……ふざけんなよ……」
「ごめんって……うん。私も、トントンのこと……好き……ってもういいでしょ!だから見ないで手ぇ離して……!」
ぶんぶんと振りほどこうとしてみるけどただ大きく手が揺れるだけ、握手してるみたいになってしまった。
「ほ、ほんまか?」
「……ほ、ほんと」
「嘘ですとか後で言うても、もう知らんで?」
「言わないから、大丈夫……」
「よっしゃぁ!」なんて言いながら座り込んでしまったトントン。なんかそこまで喜ばれたら恥ずかしいしなんかこそばゆい。
「……ねえ、これってその、恋人……みたいな、のでいいの?」
「おん……なんか、そうなってきたら、こう、こそばゆいな……」
お互いそわそわしてぎごちない。傍から見れば何をしているんだ、なんて状態だ。そんな中、いつも通りどちらともなく並んで歩き始める。
だけど、いつもよりほんの少しだけ近い距離にドギマギしてみたり。普段とはそんなに変わらないのに、少しだけ変わった関係のせいで変な感じ。
何となく手を取れば、身を強ばらせたトントン。笑って歩く帰り道。多分だけど、ずっと貴方と居られそう……そんな気がする。
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