信念

命を救う、とはなんだろうか。
自問自答が止まらない。

ただ真っ直ぐに勉強し、研修で心身ともに酷使した末に配属した大学病院では、日々、派閥争いと政治家や富裕層への機嫌取りに明け暮れる上司どもの小間使いだ。

今日も今日とて、深夜3時。いっそ泊まり込むかと思ったが嫌な上司を見かけて、一瞬にして歩くことを決意した。しかし、米花町は治安の悪さを裏切らない。

ふいに振り返った真っ暗な路地裏から、金色の髪色が現れた。思わず見つめてしまった、綺麗すぎて。しかし、その身体に流れる赤黒い血を見つけて、考えることなく駆け寄った。

「痛むのは腕だけですか?少し見せてもらいますね」

鋭い眼をした彼はその瞬間、手を弾いた。

「近づかないでくれ。なんともない」
「なんともないわけないです。こんなに血が出ていたら病院へ辿りつけません」
「なんのつもりだ。誰からの差し金だ?」
「怪しいものじゃないです。私は東都大学病院の救命に努めている四宮奈緒と言います。」

さらにぎょっとした顔をした後に、警戒心から呆れた顔へと変わった。

「こんな怪しい人間に声をかけて、なにを考えてるんだ?殺されるかもしれないぞ」
「なんも考えてないです。応急処置した後なら何されてもいいです。腕、失礼します。」

そして、強引に左腕を手に取る。諦めた顔となった彼はもう手を弾いたりはしなかった。

出血の割に傷は深くなさそう。あとは右足の火傷みたいな傷。どうやったら日常でこんな怪我になるんだ。うーん、手持ちの救急セットは軟膏に、ガーゼに、お、テーピングも持ってた。天才だわ。するすると応急措置をしていく。

「さすが救命医、手慣れてますね」
「救命医というより、幼馴染が小さい頃からすぐ傷をつけてきたから慣れちゃったって感じですね。」
「だから怪我人を見つけたらつい手当してしまうのか?」
「確かにそうかもしれないです。ちなみにこんな夜中に不穏な怪我してるのは、お兄さんが3人目ですよ」
「僕が言うのもなんだが、そんな危険なことするべきじゃない」

厳しい声に思わず見上げた。さっきまでとは違う真っ直ぐな瞳に、真っ直ぐ返さなきゃいけないと思った。

「私は、手の届く命があるなら救いたい。救おうとしないなんて選択肢はないです」

馬鹿な人間だと思っただろうか。思うよね。私だってそんな綺麗事で生きていける世界じゃないことに悩んでいるのだもの。

「強い信念を持ってるんだな。そういうのは嫌いじゃない」

今度は一転して優しい眼差しだった。あまりにも温度が高くて、冷たくなった心が救われるようだった。

「そんな誇らしいものでもないです。はい、応急処置終わりました。汚れが入ったら熱も出るし破傷風になっちゃうかもしれないので、ちゃんと治療をしてくださいね」
「ああ、ありがとう。お礼といってはなんだが、送らせてくれ。近くに僕の車がある。夜道に女性を1人で歩かせるのは僕が許せない」
「え、え、いや、すぐそこなんで平気です」
「手当が終わったら何してもいいんだろ?大人しく送られてくれ」

一瞬にして立場が逆転だ。冷たくて暖かい手に導かれる。

「そういえば、僕が名乗っていなかったね。警察庁警備局警備企画課に所属する降谷零だ」

その瞬間、頭の中でくるくる頭の幼馴染が笑った。“あの真面目金髪ゴリラ野郎め”と。