牡丹の白が美しいので


そろそろ私が死ぬ季節です。




違和感に気付いたきっかけは夢の中で、違和感を感じるのも夢の中の話。馬鹿げたことだとは思うけれど夢の中の世界はどうも私自身の経験が伴う記憶のような気がしてならないのできっとどこかの私がどこかで経験したことなんだろうと不思議と納得した。

私は夢の中で、幼馴染であり私の、ひいてはこの世界の未来の「王」である常磐ソウゴが変身する"仮面ライダージオウ"と行動を共にし、彼を完璧な王にするべく日々を過ごす。彼を王にすべく日々を捧げるという点では現実と変わらないのだけれど....。
夢の中には同級生で仲の良い明光院ゲイツやツクヨミも出てくる。こちらは現実とは違い未来人として初めソウゴの前に立ち塞がる。そしてピンチのソウゴを助けるのは決まって、ソウゴを「我が魔王」と呼ぶ謎の男なのだ。夢の中で私たちは何度もその男の名を口にするが目が覚める頃にはすっかり記憶から消えているので未だに彼が誰なのかは分からない。
夢の中の世界ではソウゴはゲイツに「オーマジオウ」と呼ばれ、遠くない未来「最低最悪の魔王」となり世界を支配すると言われる。タイムマシーンを使い未来から来た彼らはその未来を防ぐべくソウゴの前に現れるのだ。

私としては、未来のソウゴが最低最悪な存在であろうとそれが「王」であるのなら何も問題はないのだが。


この夢から覚める方法はひとつで、それは夢の中の私が人生を終えるまでその記憶を追体験することだ。人間の人生を全て見るのだから、起きたあとの疲労感は言葉に言い表せたものではない。それでも夢の中の私が人生を終える、つまりは夢の中の私が死ぬまでの過程を私はただ眺めていることしか出来ない。死因は毎回異なり、怪物に殺されたり瓦礫の下敷きになったり、誰かを庇って死ぬこともある。死因は死んでみなければわからない、なんて馬鹿げたことを3度目の夢の中で自覚した。そして私が死ぬその時、傍には決まって季節外れの白い牡丹が咲いているのだ。


いつもの日常、変わらない関係、平凡な通学路の隅に今朝は季節外れの白い牡丹が咲いていた。夢の通りならば私はきっともう少しで死ぬのだろう。
でも大丈夫。
私が死んだところでソウゴが「王」としてこの世界に君臨することに違いはない。私はそう確信している。だって彼は私の王様なのだから。それにもし今回がダメだったとしても、きっと夢のように世界は繰り返される。そうすれば次の私がまたソウゴを「王」にすべく尽力するのだ。何も問題はない。



そうして私たちはもう何度目かもわからない平成を殺した。



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