「よっ」
 これは夢だ。自信を持って言える。
「久しぶり」
「驚かないのか」
「夢はなんでもありだし、声が兄さんだから特に驚くことはない」
「うーん……お前のそういうところ、兄としては心配だな……」
「で、その姿は?」
 鉱石を砕いて溶かした銀河が人に憧れて作ったような姿。兄さんと星の図鑑を見た記憶が懐かしい。
「あー、これはだな、色々あってこうなった」
「……そう。大変だったのね」
 兄さんが『色々』や言葉を濁して伝えるときは頑として言いたくないときだ。そのくらい一緒に生きてきたから知っている。ほじくり返すなんてナンセンスだ。
「風花は今幸せ?」
「普通」
「また微妙な解答するな……」
 人が真面目に答えたというのに微妙だと言うその失礼さ、どうして星乃の男はこんなのばかりなのだ。
「絶望してたらよかったのに」
「兄さんは絶望してるの?」
「ああ」
 顔は見えない。けれどへらへらした顔でいるのはわかった。
 らしくない、と言ってしまえばそうなるが。
「そこにいたの」
 片膝をついて座っている兄さんの前にしゃがみこむ。こんな低く目線を合わせるなんていつ以来だろう。
「……何言ってんだ」
 逃がさないとたじろぐ兄を真正面から見つめる。
「貴方だって私の兄さんでしょう」
 暗くて、しつこくて、うじうじして。他人だったら真っ先に視界から外すタイプだ。
 でもこの人は私の兄だ。十四年間、一緒に生きてきた、私のたった一人の兄。
「希望も、絶望も。兄さんを構成するもの全部引っ括めて兄さんなんだから」
 むしろやっと見せてくれたと言いたいくらいだ。絶対に言わないけれども。
「なあ、風花。こっちに来ないか?」
「無理」
 即答かと苦笑いをする。
「絶望することは楽。でも私は生きてるの。生きて、前に進むの。その道は明るくて、兄さんにとって痛いかもしれない。──それでも来る?」
 悔しかっただろう、悲しかっただろう。同情も共感もできる。だって兄さんと一緒に生きてきたから。
 でも完全には理解できない。
 私と兄さんはまったく違う生き物。似ているとは言え、違う道を歩く人間。私にとって快適なところが兄さんにとっては不快なところかもしれない。どれだけこちらが相手のことを思っても、それが相手のためにならないことがある。
 それが人間だ。
「……お前はそういう奴だよな」
 差し伸べた手をじっと見つめて、兄さんは首を横に振る。
「行かない」
 昔、諭されたときと同じ声、同じトーンで告げられる。
「お前といたら焼け焦げて死ぬ」
「そう」
 残念とは言わず潔く手を引っ込める。だって私はその声にとても弱くて何も言えないから。
「風花みたいな妹がいてくれてよかったよ」
「光栄ね」
 私も貴方みたいな兄がいてくれて本当によかった。あんな家でも腐らずにいられたのは兄さんという光があったからだ。
「兄さんに会えてよかった」
 目はない。でもとても眩しそうに兄さんはこちらを見つめていた。
「「またいつか」」
 声が二つ重なる。打ち合わせもしていないのにまったく同じリズムで出たそれにふたりで顔を見合わせて笑う。
 またいつか。
 前に兄さんの墓へ告げたときに感じなかった温かさに、この言葉はふたりで言うのが相応しいのだと気づいた。
 流れ星が夜空に傷を残していく。その傷は引っ掻いたもののようにすぐに消えてしまうだろうが、それでいい。
 私たち兄妹にはこのくらいが丁度いいのである。