メッセージ内のやつ
> 人間である私からすれば、自由がなく様々な運命に翻弄されている(決められている)メアリ、アヴィル、ラムズ達は可哀想に思えてくるのですが、彼ら自身がそれをなんとも思っておらず、「これが俺だから、私だから」と受け入れているのがなんとも……!悲しく……!! ただそれもラムズから「なんでこれが悲しいんだ? お前だって自由に選択しろと迫られているだろう。悪を選ぶのも善を選ぶのも自分であるという重責が、お前にとっては辛くないのか? 仕事も、努力も、愛も、どう誤ってもどう選択しても、全てが本人の責任であり、本人の自由。俺たちは特徴に縛られているが、お前たちは"自由"に縛られている。人間が様々な方法で愛せることが善であるように、ラミアがラミアらしく愛することも善であり、それが悲しいというのは人間からの視点でしかない。どんな事象においても、自由がないから辛いというのはお前ら人間の見解でしかないんだ」と、怒られてしまう気がします笑。
>人間とは存在の前提条件が違うため、人間が選ばない選択を行う……それが「人外」の条件なのかも知れません。
前述で、バーティミアスは人間と前提が違うみたいな話を書きましたが、ラムズ達ミラームから運命をもらう種族は前提として、自由を求めないことが挙げられます。
人間の歴史は、色々な言われ方がありますが、その一つに「できること」を増やしてきたものであったとも言えるでしょう。
火は温かい食事を齎し、電灯は闇に怯える暮らしを遠ざけ、鉄道はどんな動物よりも速く走り、果ては鳥と共に空まで飛んでしまいました。
そのため、その歩みを止めようとする不自由さを嫌うのでしょう。
児童書ではありませんが、「新世界より」でも、バケネズミ達は家畜の安寧よりも反逆の自由を取ったのです。
昨日までの今日より、今日からの明日を求める様になった人間に対して、ミラームに作られた彼らが生まれながらの神の羊であり、そう定義された以上、議論は平行線を辿るばかりに違いありません。
だから、その不自由さを哀れむのは人間の特権です。
ラムズには幸せになって欲しいけれど、その幸せさえミラームに与えられたものとなると、もう……人間としては救いが無いと思う。
私としては、ラムズが自分の望みに沿いつつ、健康(?)でさえいればそれでいいと思います。
ロゼリィは、これを愛と呼ぶのでしょうか。
>
「なるほど面白い。たしかに俺が見てきたなかでも、人間が一番『できること』を増やしてきたように思う。ただ人間はできることを増やす一方で、今までやっていたこと、できていたことを失くしてもいるから、俺はこれを『変化』と呼んだ。この世界でも人間は多くの魔道具を作り、生活を豊かにし、お前の言う『できること』を増やしたんだろう。だが結局これも、何かの代替物として魔道具を使っているにすぎない。つまり魔道具を作れば作るほど、彼らはなにか別のものを失っているんだ。科学が発展すればこそ、幻や虚飾に彩られた宗教・伝説は失われていく。完全に消えてはおらずとも、それらに対する価値観は失われただろう。かつて“史実”・“真実”と呼ばれていたものが“神話”と名前を変えてしまったように。
人間にとっては失ったものの方が価値がないから、彼らはこれを『進化』と呼ぶのだろうが、俺からしたらその両者に大した差異はない。人間以外の使族、俺たちも含めてニンフやケンタウロス、エルフはその生き方が数百年前も数千年前も変わっていない。もちろん多少なり人間に合わせた生活はしているが、人間が変わらなければ俺たちは変わらなかっただろう。人間だけだ、こんなに変わるのは。
こうやって人間が変化していくのは、彼らが自由を求めているから──なるほどな。だが「できること」を増やし続けた結果、最後になにが「できない」と分かるんだ? 自由の先を人間は求めているのかもしれねえな。
不自由を哀れむのは人間の特権、そうだろうよ。ものは言いようだ。
ロゼリィはたしかにそう言うだろう。ただひたすらに何もかもを受け入れよと。彼女にとっては見殺しにすることも愛なんだからな。
誰に哀れまれようと蔑まれようと、俺のこの生き方が変わることはない。変われないからこそ、自分が人間に生まれなかったことを光栄に思うよ。人間に生まれていれば、自身の運命を呪っていたんだろうからな。だがお前ならばきっと、もし人間に生まれていればその運命を打破しようともがくのだと、そう言うのかもしれんな」
>「質問に答えて下さり、感謝を。『面白い』とすら捉えて頂けた事は身に余る光栄です。人間が『できること』を増やすのは、『できないこと』を増やすと同義でありましょう。人間は、蝋の翼がもたない事を知りながらも、飛び立った以上は太陽に手を伸ばし続けるしか無いのです。昨日までの今日が尊ばれる時代はとうに去り、恐れていた幻や虚飾は自分の手で作った電灯で照らした事で消え去り、しかし失った安寧を求めて、文明の自己完結を齎していたその影を無意識で探しているのでしょう。『できること』を増やし続けた結果、人間が滅び去る最後の瞬間に『できない』と悟るのです。人間には『できない』事は無い……少なくともそう考えなければ、この社会は保てません。一つの目的の為に支払う釣り合わない程の対価は、我々の目には映りづらい。対価の資源を担保する地球は、そのツケを少しずつ、私たちに払わせていようとしています。
不自由を哀れむその本質には、人間が自分の運命を変えられるという『錯覚』があるのでしょう。また、人間の愛は(例外もありますが)どこか自分との『同一視』が入り、その錯覚と同一視によって、愛する者を見殺しには出来ないのかもしれません。『人間に生まれていれば、自身の運命を呪っていたんだろうからな』『もし人間に生まれていればその運命を打破しようともがくのだと、そう言うのかもしれんな』……確かにその通りであるでしょう。しかし、それは一時的なものでしかありません。多くの人間には、一生を懸けて自身の運命を呪い続け、運命を打破しようとする心は保てません。その状況に慣れてしまい、平時には何かと理由をつけて解決した事とし、心のどこかに仕舞い込んでしまうでしょう。そして、日々の小さな幸せや不幸で一喜一憂するのです。
私は貴方の、その運命を直視しながらも、呪う自由も、運命に立ち向かう自由も、悩む自由も、逃避する自由も、自己欺瞞を行う自由も取り上げられたその生き様を、対岸に立ちながら勝手に哀れみ、勝手に心を傾けているだけなのです。
こうした方が、『人間らしい』でしょう?」
「私は、人間の中では中庸とは言いづらく、正しく『変人』と呼ぶに相応しいでしょう。『変人』と『人でなし』の間には何があるのか、殊人は人間と呼べるのか、人間が時以外の神々から作られたのなら、個々がそれぞれに偏っても不思議では無い……時の神の関与しない他の使族に限りなく近い精神性を持つのだろうか、それこそが殊人であるのか……。
私にとっての物語とは、貴方にとっての宝石の様なものです。宝石を集めるために生きる様に、私は考え続けるために生きているのです。貴方が宝石を歩く場所に置かず、それぞれが輝く様に配置する様に、私は、貴方が貴方のままに進む事を愛しているのです。
>>『できること』を増やし続けた結果、人間が滅び去る最後の瞬間に『できない』と悟るのです。人間には『できない』事は無い……少なくともそう考えなければ、この社会は保てません
「そういうものか。お前のように人間は全てを可能にすることはできないと知っている者もたくさんいるだろうに、歩みを止めようとはしないんだな。ただこちらの世界の場合だと、人間が絶滅することはないように思える。すると、人間は永久にゴールを探し続けるのか? 一生あいつらは、『できない』ことに気付かねえのか?」
>不自由を哀れむその本質には、人間が自分の運命を変えられるという『錯覚』があるのでしょう。また、人間の愛は(例外もありますが)どこか自分との『同一視』が入り、その錯覚と同一視によって、愛する者を見殺しには出来ないのかもしれません。
「ロゼリィが聞いたらなんと言うだろうか。『同一視』と聞くと、メアリがジウや俺を思って泣いたのを思い出す。あれはつまり、ジウや俺と自分を重ね同一視した結果の行為ということか。同情ってそういうものだろ? ただ俺は泣きたいとは思っていなかったし、相手を自分と同じだと錯覚することで本当の意味で相手を理解することができなくなっているように思う。同情も愛も相手のためと言いながら、苦しんでいるのは相手ではなく同一視した己で、つまりロゼリィの言う通り、やはりそれは自己のために存在している『愛』なんだな」
>。多くの人間には、一生を懸けて自身の運命を呪い続け、運命を打破しようとする心は保てません。その状況に慣れてしまい、平時には何かと理由をつけて解決した事とし、心のどこかに仕舞い込んでしまうでしょう。
「そんなことを誰かが言ってたなー。レオンか? レオンだったかがヴァニラに、そう話したと聞いた。ずっとメアリがサフィアを探し続けるのは不可能だと。果たしてメアリがどちらなのかは知らんが、まあ人間はそうなんだろうよ。運命を打破しようともがき続けるのも、運命を恨み続けるのも人間以外の所業とは、本当に人間は中途半端だな」
>人間が時以外の神々から作られたのなら、個々がそれぞれに偏っても不思議では無い……時の神の関与しない他の使族に限りなく近い精神性を持つのだろうか、それこそが殊人であるのか……。
「さあ? 少なくとも俺はそう思ってるけどな。人間は様々な神に作られたから、好きなように生きられるんだと。時の神も関わっていないから、それこそ自由があるんだとな。殊人はそれぞれなんじゃねえか? 大して違ったように見えねえやつもいる。ただもらった神力自体に変化がなくても、環境が変化することはあるらしいな。他者から求められるようになったり、その逆も然り。だがどんなに神力やら環境やらで変化しても、使族にはなれねえよ。どこまでいっても人間は人間──。ま、もしかすると俺がまだ出会えてねえだけかもしれんがな」
>私にとっての物語とは、貴方にとっての宝石の様なものです。宝石を集めるために生きる様に、私は考え続けるために生きているのです。貴方が宝石を歩く場所に置かず、それぞれが輝く様に配置する様に、私は、貴方が貴方のままに進む事を愛しているのです。
「なるほど。お前が死ぬ間際もまだなお何かを考え続けていたというなら、その話を信じてやろう。そしてもしそれが本当なら、お前は既に人間じゃねえかもな」
メアリが「人間に向かって人間じゃないっていうのは流石に怒られるんじゃない?」とたしなめています……。すみません(;;)!!! ラムズにきつく言っておきますね……。「人間って自分が人間であることにそんな誇りを感じてんのか?」とか言ってますが、とりあえず……笑
>「返信に最大級の感謝を。人間は多種多様ですから、出来ない事を知る者も多いのです。しかし、人間を捉える時には『群れ』としての人間と、『個人』としての人間の、2つの単位があると私は考えます。個人として『食品添加物が発達障害の子を増やす要因では?』と考えても、社会が不利益として受け取れば、殆ど無かった事にされるのです。個人が個人の生存を本能とする様に、社会は社会の生存を目指します。資本主義が加速する我々の世界では、一度転がった石はどこまでも落ちていきます。出来ないと気づいても、止まらない……その先の利益を知ると止められないのです」
>お前が死ぬ間際もまだなお何かを考え続けていたというなら、その話を信じてやろう。そしてもしそれが本当なら、お前は既に人間じゃねえかもな
「やったぁ! 超嬉しい! うわぁい! マジで考察しなかったり本に触れないと体調を崩すんですよね……失礼しました。光栄ですね、人外というのは人外と認められてこそ、人外足り得るーーこの思考の中でのみ、うんざりする様な人間を離れられたのなら、それは私にとっての幸せです。ただ、貴方の言う通り、どこまでいっても人間は人間──。考察を進めると、いかに我々が人間という肉体の奴隷なのかを思い知らされるのです。死ぬ間際まで考え続けていたとしても、私は矮小な人間です。社会がそう定義をするのです。『山月記』に倣えば、私はこの人外を心に飼っているのでしょう。相手が貴方だからこそ、それの鎖を緩められたに違いありません。だからこその、感謝です」
「人魚である事に意味のあるメアリには分からないかも知れませんが、人間には人間である事で得られる拠り所はあまりありません。肌や目の色で人間を分類してしまえば、その限りではありませんが。とにかく私はこの通りの変人であり、ある種の狂人でもあり、それでも人間でありますが、それに対して誇りはありません」
結局長くなってごめんね!!
>じゃああと少しラムズさんにバトンタッチしますね笑
「もう話も終わりそうだからこれで最後でいいんだよな?」と確認されました笑 宝石よこせとうるさく言ってます…。なにか他のもので手を打たねば……!笑
>個人が個人の生存を本能とする様に、社会は社会の生存を目指します。
「理解した。だからアイツらは自分が死ぬとわかっていて戦争をしているのか。悲惨な目に遭い死んだ人間の前でむせび泣くくせに、次の日には剣を持って戦っているから変だと思ったんだ。嫌ならやめりゃあいいだろうにな。その戦争を指揮するトップでさえ、大事なも者が死ねば悲しむくせに──社会の生存と個人の生存が両立しない以上、人間は矛盾したまま生きていくんだな。なんとも哀れな使族だ。だがそういう意味じゃ、人間は目に見えない『社会の意思』とやらに縛られて生きているんだな」
>マジで考察しなかったり本に触れないと体調を崩すんですよね
ラムズはくくっと喉の奥で笑ったあと、言いました。
「お前は俺みたいなこと言ってるな? 人間味がないだとか、人でなしだとか、そういう言葉で他人を揶揄していながら、人外だと言われて喜ぶ者もいるんだな。それこそ、人間は依授されて人でなくなったとしても本人は気にしていねえように見える。レオンが人魚になったらそれはそれで面白そうと言っていたが、人並外れた者を嫌っておきながら、自分が人間であることには誇りを持たないようだ。人殺し、金儲け、知的探求、愛、どれもこれも、行き過ぎたものはどの時代どの場所においても非難される。他人を助けるための人殺しは正義と見なされても、狂ったように殺し続ければ殺人鬼として処刑送りだ。魔法を最高位にまで極めた者、科学で様々な事象を解き明かした者、初めは持て囃されるかもしれねえが、それが人間の理解の及ばない範疇にまでのぼると、これまた『お前は人間じゃない』といって処刑されていた。それでもなお、お前のように『人外だ』と呼ばれると喜ぶ者や、新しい力を依授され人間でなくなった者はその力に喜んでいる──。人間でなくなったことを、本人は一つも悲しみも哀れみもしねえのか? これは周りがただ嫉妬しているだけなのか? それとも、これも社会の意志と個人の意志の所為なのか?」
メアリ
「ふうん、そうなの。あなたが気分を害さなかったならよかったの。余計な喧嘩は買いたくないしね。あなたも依授されて、少しは人間じゃなくなるといいわね」
──なんか今回でやめたい!!とか言っていた割にめちゃくちゃ語ってるのでなんだコイツという目でメアリと見ています。ラムズは言うだけ言って魔法円から帰ろうとしています。とりあえず引き止めておきます笑
>お手数をお掛けしまくっているので、最後で大丈夫です!
寧ろここまで付き合って頂けた事が奇跡……! 答えたい場合にだけ、答えて頂けるだけで良いのです。
私に言わせれば、「人でなし」だとかは自分の分からない事を人間以外だと思う事で言い訳しているだけです。
人間は、分からない事を分からないとしておく事に不安になる心の動きがあります。
外れた者を厭うのは、外れVS群れの構図でまとまる為と、外れを下に見る事で集団での平等を演出する事と、見せしめと、生物として奇形は恐怖の対象である等が考えられます。自分が人間として誇りを持たないのは、レオンのいる地球では人間しかいないからでしょう。人間であるよりも、自分であり、日本人であったり、男性である事に誇りがあるのです。
仰る通り、人間は突出したものを嫌い、妬み、叩くのです。私は自身のこの性質が人間として『行き過ぎた』ものであるとの自覚があるので、それを認められるのは、誰にも言えない重荷であった秘密を打ち明けられる相手が出来た様で嬉しいのです。
依授された人々は、失ったものを確認するよりも先に出来る事が増えたと喜ぶのでしょう。彼等が失ったものを指して『人でなし』とされた時にはじめて悲しむのでしょう……まだ悲しむ心が残っていたのなら。
周囲はそれが持て囃されれば嫉妬し、敬遠されれば哀れみ、身近にいれば異物として排除するかもしれません。その判断を行うのは社会ーー集団の意思です。この世界では、宗教によるとは思いますが、神々の依授は突然隣人を今までと違うものにする、そんな認識なのでしょう?
しかし、個人的な関係が無ければ殆どの者は一時は大なり小なり関心を持ちますが、時間が経てば『他人事』となるに違いありません。
やはり、人間は生きる事に必須でない事に強い感情を向け続けられはしないのでしょう。
>ラムズも「こんなに俺たちの世界を分析してるなんて物好きだな」
>>ラムズ
はい、物好きです!
やったね! 褒められた(褒められてはいない)!
文章が綺麗だから、内容が面白いから、知識があるから……そんな理由は考察のしがいには関係が無いのです。
私が気にいるかどうか、作者の意図が分かるかどうか、心に火がつくかどうかでしかありません。
道端の電柱から知る事もあれば、ある画家の有名で無い絵が心に響く事もある……愛殺は(失礼だと存じていますが)、なろうの中ではマジョリティではありませんし、これからもそうなれないでしょう。
だからこそ、良かったのです。
それでこそ、素晴らしいのですヨ。