「はい、あーん」
私はどういうわけか久々知くんの隣に座って雛鳥のように久々知くんにお弁当一口ずつ与えられている。
(最初は膝の上に座らさせられそうだったけれど丁重にお断りした)
ここが保健室の一角で、ほかの生徒がいなくて本当に良かった。
尾浜くんは3個目のパンを頬張りながら呆れた顔をしていた。机にはあと2個未開封のパンが乗っている。
「どうだなまえ美味しいか?」
「う、うん。美味しいよ」
久々知くんの作るお豆腐ハンバーグはふわふわでとても美味し……じゃなくて、このままだと私にお弁当を与えるだけで久々知くんがお弁当を食べる時間がなくなってしまう。
その事を伝えようと口を開くと次のおかずが運ばれてくる。ニコニコといい笑顔で箸を持つ久々知くんの圧力に負けそれを食べる。
甘辛いタレのかかった豆腐ステーキは、お豆腐の美味しさを殺さない程度に(しかし飽きのこない)タレの味付けが絶妙でまるでプロが作ったかような出来栄えだった。
「……美味しい」
「よかった!!」
久々知くんは満面の笑みを浮かべた。犬の尻尾が生えてたらブンブンと振っていたと思うほど嬉しそうにしている。
犬というよりどちらかと言えば猫のような気がしないでもないけれど。
傍観を決め込んでいた尾浜くんは豆腐ステーキに興味をそそられたらしく次のパンの袋を開けるのをやめ、私とは反対の久々知くんの隣に腰を下ろした。
「兵助〜俺にも豆腐ステーキ頂戴」
「ダメだ!」
「ケチ!……なまえちゃぁん」
尾浜くんは弱々しくクゥーンと鳴く小型犬のように甘えた声を出す。
一部の女子に小悪魔って呼ばれている理由がわかったかもしれない。
でもこの豆腐ステーキはとても美味しかったからこの感動をシェアしたいし、久々知くん手ずからお弁当を与えられている状況を打破したい。
「えっと、とっても美味しかったから私だけ独り占めするのもなぁ……なんて」
「……仕方ないな、一個だけだぞ!」
「やった!」
久々知くんはどこからか別の箸を取り出して尾浜くんに渡した。
そして、地を這うようなドスの効いた低い声で
「なまえとの間接キスとか絶対に許さないからな」
と、尾浜くんを脅すように言った。
私は別にあまり気にしないんだけどなぁ……。
肝が据わっているのか、ただ単純に慣れているのか尾浜くんは然程気にした様子もなく受け取った箸でお弁当に手をつける。
「うわなにこれ、めちゃくちゃ美味しい!」
「なまえに不味いものは食べさせられないからな!研究に研究を重ね、大豆の産地から水の配合まで全てにこだわったんだ!!」
「もう一個頂戴」
「なまえの分がなくなるだろ!」
久々知くんの長い話を右から左に受け流し、最後の豆腐ステーキに手をつけようとする尾浜くんを久々知くんが止める。
何だかんだ言って2人とも仲良しだよね。
じゃれ合う2人を見ながらお茶を飲む。(これも久々知くんが持ってきてくれた。なんでも今日のお弁当に合うお茶を淹れてきたらしい)
お茶を飲んでいる間にも尾浜くん久々知くんの攻防戦は続いていて、実力は拮抗している。
そろそろ勝敗が出るかな、と思っていると保健室の外から廊下は走るな!という先生の声とスパンと保健室の扉が開く音が聞こえた。
「匿ってくれ!!」
「ど、どうしたの竹谷くん!?」
「隙あり!!」
「あぁぁああ!!」
扉を開けたのは竹谷くんで、全員が扉に注目した隙に尾浜くんが豆腐ステーキに手をつけた。
竹谷くんは私の疑問には答えず切羽詰まった顔で保健室のベットの下に逃げ込んだ。
唖然としていると、いけいけどんどん!とお馴染みのフレーズを言いながら七松先輩が保健室にズカズカと入ってきた。
竹谷くん七松先輩から逃げてたんだ……。
チラリとベット下を見ると必死の形相で俺はいないと言えとジェスチャーしていて、久々知くんと尾浜くんは七松先輩の方を頑なに見ようとしない。
七松先輩が怖いっていうのは話には聞いていたけど、みんな態度が露骨だよ……。
「竹谷ーっ!!なあ、竹谷ここに来なかったか!?」
「えっと……」
「おっ、丁度いい!尾浜も久々知もいるじゃないか!バレーしよう!!!!!」
ビリビリと鼓膜が揺れるほどの元気な声に、ビクリと尾浜くんと久々知くんの肩が大きく揺れる。
よっぽど七松先輩が怖いんだ……。
確かに七松先輩は威勢が良くて少し怖いけれど、ここは保健委員として言わなくちゃいけない事がある!
「あっあのっ……!!」
「天使ィ!!!危ないっ!!!!」
「やめろ兵助死にたいのか!?」
立ち上がって七松先輩の元へ向かう。
その途中で久々知くんが止めに入る。そして止めに入った久々知くんを尾浜くんが必死の形相で止めるというよくわからない事になったけれど、たとえ相手が怖い先輩でもこれだけは言わないと。
「ん?どうした??」
「あの、ここは保健室なので、静かにしてください」
ピシャリとそう言うと七松先輩は、一瞬だけ驚いた顔をした。そしてすぐに我に返って「あっ!そうか!スマン!!」と豪快に頭を下げた。
「や、あの、そこまで謝らなくても…」
「えっと、君は?」
「…大木です」
「伊作が言ってた子か!!騒いで済まなかった!!竹谷が見つかったら教えてくれ!!」
そう言って嵐のように七松先輩は去って行った。
廊下からは先生の廊下は走るな!!と言う声が聞こえて、保健室は静まり返った。
「こっっっっっっっわ!!!!」
「死ぬかと思った……」
「なまえ大丈夫か!?!?怪我は!?!?!?」
「う、うん」
尾浜くんは自身を抱きしめて震え、竹谷くんは死にそうな顔でベット下から這い出て、久々知くんは私の肩に触れ安否を確認してくる。
「八左ヱ門なにしたの?」
「何もしてない!食堂にいたら捕まったんだ!」
「最近部活できなくてフラストレーションが溜まってるんだろ」
「こっわ!的にされるの回避できて良かった……」
「俺追いかけ回されたんだけど……」
「八左ヱ門はそう言う運命だから諦めろ」
「まじかよー……」
尾浜くんの言葉に竹谷くんはがっくりと肩を落とした。
「今日助かったのはなまえのおかげだな!さすが俺の天使……何もできなかった俺を許してくれ……」
「いつもなら兵助頭沸いてるって言うけど今日は助かったぁ…ありがとうなまえちゃん」
「ほんと助かった!」
「なんだかわからないけれど、役に立てたならよかったよ……?」
(20180728)
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