誰かに呼ばれている気がする。
お前の所為だと責め立てる声がする。
声のする方へ誘われるがまま足を進める。
どうして私を呼ぶの?どうして私を責めるの?
冷たい、寒い、でも行かなきゃ。
私は許されない、私は悪い子だから。
息が苦しい、痛い、でも行かなきゃ。
暗くて、深い
――あの、海へ。
「なまえ!!!!!!!」
名前を呼ばれ、バシャバシャと水を掻き分ける音がして、腕を引っ張り上げられた。
口の中に酸素と海水が入り込んで、むせる。
状況が飲み込めないまま担ぎ上げられて浜辺まで連れていかれた。
「……大丈夫?」
腕を引っ張り上げてくれたのは重くんだった。
咳き込んでいてまともに話せない私の背中をさすって落ち着かせようとしてくれている。
「どうして海に?」
「え、海……?」
……あれ?私は、どうして海に?
誰かに呼ばれたような……?
でも、海に人を呼ぶ人なんて……。
「……覚えてない?」
「誰かに呼ばれたような気はするんですが」
「誰かに呼ばれたって……」
重くんと話して落ち着きを取り戻してきたら、自分が海でしようとしていた事の意味に気がついて、血の気が引く。
「冷えるし、とりあえず屋敷に戻ろう」
重くんに手を差し出されて立とうとするものの、腰は抜けてるし足が震えてまともに立つことすらできない。
寒さと恐怖で震えた手を、温かい重くんの手ががっしりと掴む。
温かくて、安心する。
重くんは立てない私をおんぶして運ぶと言い、なんだか私は担がれてばかりだなぁと場違いな事を思った。
「水で濡れてるから、それなりに重いはずなんだけどなまえはガリガリだな」
「ごはんは食べてるんですけど……」
「あれは食べたに入らないよ、少なすぎ」
私の意識が海に行かないようにと、重くんは屋敷に着くまでずっと話しかけてくれた。
どうして水軍の人はこんなに優しいんだろう。
私なんて素性もわからないし、何にもできなくて役に立たないし、
それに今だって、夜中によくわからないまま海に入ってしまって、重くんに迷惑をかけてる最中で、優しくしてもらう価値なんかないのに……。
「寝ずの番で屋敷を見回ってたらなまえが海に入っていくのが見えて肝が冷えたよ」
「ご、ごめんなさい……」
「まあ助かったからいいけどさ……多分、航が真っ先に叱りに来るな」
覚悟しときなよ、と重くんはくつくつと笑った。
「いつも俺たちに危ない事があると鬼蜘蛛丸の兄貴が俺たちを心配して怒ってさ、で、それを義丸の兄貴が『生きてたんだからいいじゃないか』って宥めるんだ。本当にヤバイ時と鬼蜘蛛丸の兄貴がいない時は勿論怒るんだけど……」
サクサクと浜辺を歩く1人分の足音がする。
重くんの背中は思ったよりも大きくて暖かい。
ゆらゆらと揺れて、暖かくて、まるで親におんぶされた子供みたいに眠くなる。
「まぁ、だから、航が怒る係なら俺は宥めようかなって」
「重くんは、鬼蜘蛛丸さんと義丸さんが大好きなんですね」
「大好きっていうか、憧れっていうか……1番は舳丸の兄貴なんだけどさ」
そう重くんは照れ臭そうに言う。
憧れや尊敬できる関係って素敵だと思う。
「うわ、なんだお前らビショビショじゃないか!」
水軍館に着くと、疾風さんが起きていてすぐに手拭いを持ってきてくれた。
重くんが事のあらましを説明すると、疾風さんが大袈裟に体を震わせる。
「誰かに呼ばれたって、それって船幽霊か濡女子じゃ……」
「え、じゃあ妖怪に海に連れられたってこと!?」
疾風さんにつられて重くんも妖怪の仕業だと青褪める。
妖怪なんて(勿論いないとは言い切れないけれど)いないと思うけれど……でも、私が海にいた理由がわからないし……。
わからないことは全部妖怪のせいにしてしまうのが1番いいかもしれない。
だって、あれは……入水自殺だ。
現実から目を背けていたけれど、言葉にするとなんと恐ろしい。
助けてもらって、こんなに優しくしてもらっているのに、どうして。
「1番怖いのはなまえだよな……っていうか2人とも着替えたほうがいいな。もう夜が明けるとはいえまだ冷える。」
「そう、ですね。なまえ、平気?」
「……は、はい」
思考の海に身を投げれば、あっという間に暗闇に引き込まれてしまう。
考えないようにすればするほど、思考がこびり付いて離れない。
着替えに行かなければいけないのに、足が張り付いたみたいにその場から動けない。
固まっていると、疾風さんがポンと私の頭の上に手を置いた。
「よし、重、お前なまえを部屋まで送れ。そんで着替えは見るなよ。で、重も着替えて2人で戻ってこい。」
「見ませんって!!」
茶化された重くんが顔を赤くして抗議する。
「どうせなら、朝飯の支度を手伝え。内緒で美味いもん食わせてやるから」
そう言って、ニカッと疾風さんは笑った。
(20190715)
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