私はZONEが作ったヒューマノイドで、この世界を救うために生まれてきた。
私には私の元になった人間の記憶がない。
最初こそ戸惑っていたものの、記憶なんてない方がいいとアポリアが悲痛な顔をして言うので、そういうものなのか、と何となく納得してそれからは別段記憶が無いことは気にしていない。
他のみんなと違ってどうして記憶がないのか、パラドックス曰く、記憶を転移させる際に脳の保存状態が悪くニューロンやらシナプスやらに異常が生じて云々。
正直聞いてもよくわからなかったが、記憶がないだけで現在の思考回路や記録媒体には支障がないので特に問題はないらしい。
とりあえず私があまり賢くないのはわかった。
私の元になった人間はずっと日記をつけていた。
その日記は“私”の棺桶の中にこっそり仕舞ってあった。多分ZONEが一緒に入れてくれたんだと思う。
日記を読むと、どうやら“私”は生前ずっと恋をしていたらしい。
しかし肝心の相手は誰か書いていなかったので、片思いの心情がつらつらと綴られていた。
それと申し訳程度に世界の現状が少し。
そちらは凄惨なもので読んでて気分がいいものではなかった。
きっと“私”は世界の現状を書き記すことが苦痛だったに違いない。
頑張って世界を救わないと……!
「何をそんなに真剣に読んでいるんだい?」
「ん、これ?」
うんうんと唸りながら本を読む私が気になったらしいアンチノミーが大きな体を縮こめて覗き込む。
そんなアンチノミーに色々と説明するのが面倒くさいと日記を渡した。
読んでもらった方が早い。
「…ってこれ日記じゃないか」
「そうだよ」
私の横に座って今では珍しい紙の媒体の1ページ目を読み始めたところでアンチノミーは即座に本を閉じた。
「そうだよって……これは読んでもいいものなのか?」
「いいよ。“私”の日記だけど、私のじゃ無いし」
「……ややこしいな」
この世界を憂う気持ちと、片思いの乙女の心情。
“私”は若いうちに死んでしまったようで、その日記はブツリと途切れてはいるが、“私”を知るのにはいい資料だと思う。
アンチノミーはページをめくる度に眉間に皺を寄せ複雑な顔をしていった。
「アンチノミー、すごい眉間のシワ」
「……君のせいだよ」
「あ、もしかして、“私”の片思いの相手、書いていないけどわかったの?」
「わかったも何も――……いや、いいや」
ヒューマノイドってこんなに表情豊かなんだなぁ、と思いながらアンチノミーの眉間の皺を指でなぞる。
そんなに眉間に皺をよせてたら跡になっちゃうぞ。
「君、本当にこの日記を読んで片思いの相手わからないのかい?」
「“私”を助けてくれた、紫色のDホイールの人でしょ?」
「……僕のDホイールの色は?」
「紫色?それがどうかしたの?」
「……ハァ」
アンチノミーは深いため息をついて、日記を私に返した。
「ため息は幸せが逃げるって言うよね」
「君のせいだよ」
「えっ、なんで??」
(20200229)
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