「なまえは、結局誰も信じてないんだよ。」

怒りの感情も悲しみの感情も含まれていない、ただただ諭すような声色で義丸さんは言う。

「誰も信じていないし、1番信じないといけない自分自身の事も信じてないんだ。」

私はその言葉に何も返事を返す事が出来なかった。
頭に置かれていた手が離れて、私の手を取る。

「網問はな、今までいろんなところを転々としてきたから人間不信に陥ってた。なまえの場合はそうだな……、 自分を卑下しすぎてて、信じる事を迷惑だと思ってる。」
「……。」
「俺たちはなまえの事を迷惑だって思うほど心が狭いと思うか?」
「思わ、ない……です。」

水軍の皆さんは、本当に海のように心が広くて大らかで、心が狭いなんて事ないって事は分かっている。
それでもなんて答えて良いか分からずに、言葉尻が小さくなる。

「ま、あまり遅くなると鬼蜘蛛丸たちが怒るし、水軍館に帰ろうぜ」









水軍館に帰るために浜辺を歩く。
波の音とサクサクと砂を踏む音が心地よい。

「俺がいくらなまえはかわいいって言ったって信じていないだろ?」
「でも私こんなだし、かわいくなんて……」
「見目の話じゃないぞ。見目は個人の好みだからなんとも言えないが……いや、俺は可愛いと思っているけれどな」

義丸さんは女の子には、みんなかわいいって言うんだろうなぁと思う。
えっと、こういうのなんて言うんだっけ?
ジゴロ?……違うかな。

「……義丸さんは、カッコいいですよね」
「おっ、よくわかってるじゃないか」

繋いだ手を引いて前を歩く義丸さんの表情は見えない。






「なまえーーー!!」

水軍館に近づくと、航くんが走ってきた。
その後ろに東南風くんもいる。

「義丸のアニキと出かけたって聞いて、大丈夫か??何もされてないか?」
「おい、航。そんなに俺は信用ないか?」
「はいっ!」
「即答!?」

義丸さんの問いに即答した航くんは、義丸さんに頭をグリグリとされている。
痛い痛いと呻き声を上げて抵抗しているものの楽しそうだ。
東南風くんは私の頭につけられた髪飾りと義丸さんを見て、ああ、と1人納得した声をあげた。

「髪飾り、買ってもらったんだな。」
「は、はい……でも私なんかに勿体無い――」
「よく似合ってる。義丸のアニキはなまえを恐縮させるためにそれを買ったんじゃない。喜んでもらうために買ったんだ」

私の言葉を遮って東南風くんが言葉を紡ぐ。
それからなまえは押しに弱いから、好みじゃなくても受け取りそうだけど、と続けた。

「アニキは乙女子の小物を選ばせるのだけは水軍で右に出るものはいないし、おれもその髪飾りはなまえに似合っていると思う。」
「だけって、ほかに俺のいいところはないのか?」
「……。」
「おいコラ、東南風黙るな」

その言葉に、義丸さんは航くんを解放して東南風さんを追っかけ回す。
ああ言っているけれど、本当は義丸さんの事をとても尊敬しているのは何度も聞いて知っていた。

尊敬して、ふざけあって、笑って、そんな関係は素敵だと思う。
水軍のみんなは優しいから、出自のわからない怪しい私のことを邪険に扱わないどころか妹分だと言って可愛がってくれる。
けれど、差し伸べられた優しい手を掴めない臆病者の私がいる。


「なまえ?」


義丸さんから解放された航くんが黙ったままの私の顔を覗き込む。


「ちょ、なんで泣いて!?」

気がついたら涙が溢れていた。
泣くつもりなんてなかったのに、どうして。
涙を拭っても、どんどんと溢れてくる。
オロオロとしている航くんを尻目に義丸さんが私の頭を撫でた。

「俺たちの前でずっと泣かなかった妹分がやっと泣いたな」


(20200412)
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