竈門家と私の家は、家族のような繋がりを持っていた。私の母と葵枝さんが、とても仲が良い友だったからだ。昔は近所に住んでいたらしい二人は、第一子が同じ年と言うこともあり、大人になって、葵枝さんが竈門家に嫁いだ後もずっと仲が良かった。だから当然、その第一子の私と炭治郎も、とても仲のいい幼馴染みになった。

 炭を売りに来る炭十郎さんに引っ付いてる炭治郎は、炭十郎さんが炭を売りに行っている間、よく私の家に来ていたそうだ。私もその頃は幼かったので覚えていないけれど、兎に角、昔から私達は仲が良かったらしい。一緒に泥だらけになって遊んでいたと、母は思い返すように私によく語った。最近の私には何となくそれが面映ゆい。もうそんな年頃かなと笑う母に対して、やめてくれと頼んだのは一度や二度ではない。

 まあ、そんな竈門家との交流は、唐突に終わってしまったのだけれど。

 二年。最後に、炭治郎が一人で炭を売りに降りてきてから、もう二年の月日が流れた。あの日を境にぱったりと来なくなってしまった炭治郎を心配したのは私達だけじゃあない。彼を知るいろんな人が、彼が来なくなって一月もすると、竈門家の人達を心配していた。…死んでしまったんじゃないかと言う噂を、何度聞いたことか。

 私はそんなことを信じたくなかったし、信じなかった。…あの旅人の話を、聞くまではだ。

 あの旅人は、いつも炭治郎が降りてくる山の道を、ひっそりと降りてきたらしい。最初に見かけたのは三郎爺さんだ。皆、自分達の生活があるから、何かあったのだろうと思っていても、実際に竈門家を訪ねる人は居なかった。だから竈門家に行っていたのかもしれないと、三郎爺さんが旅人の男に聞いたのだそうだ。「この山の小高いところにある家を訪ねたか」「もしそうなら、そこに住む人達がどうしていたかを教えてほしい」と。

 答えは、想定しうる最悪のものだった。

 竈門家の人々は、全員亡くなってしまったのだと、すぐに町中に広がった。皆、悲しんだ。皆、あの優しい一家が大好きだったから。

 私も、泣いた。あの山の上に、葵枝さんも炭治郎も、禰豆子ちゃんも、竹雄君も花子ちゃんも茂君も六太君ももう居ないのだと、死んでしまったのだと思うと、涙が止まらなかった。彼らは唐突に消えてしまったのに、私の悲しみはいつまでも消えてくれない。

 だから、私は、炭治郎達がまだ生きていることを、まだずっと信じていた。そうしないと、私はまた俯いてしまうからだ。元気に人生を送って、いつか、あいつに元気な姿で会いたいと、願えるからだ。


 そんなある日のことだ。父方の親戚が亡くなったとかで、家族総出で幾つか先の町まで葬式のため出ることになった。昔私も抱いてもらったことがあるらしいけれど、もう、覚えはない。そんな関係の人だ。
 普段あまり帰ってこない父が帰って来て少し嬉しかった。それだけの思い出になるだろうなぁと葬式の最中にぼんやりと考えていた。喪に服したかった人は葬式も行われずに100日過ぎてしまったから、あまり、よく知りもしない親戚のそれに集中もしたくなかった。

 後は、帰るだけ。父と母は挨拶に行くとかで暇になった私は、ぶらぶらと町の外れの方を歩いた。何をするわけでもない。暇を潰すだけだ。目新しいものも何もない、大して自分の住む所と変わらない町。ただ歩くことだけで時間が無くなっていった。
 そろそろ帰ろう。もと来た道を引き返そうと首を回したとき、道の奥に、長い棒を支えに歩く人が見えた。見るからにふらふら、満身創痍といった風体で、一歩歩くのもやっとと言う感じだった。

 助けてあげようと思ったのは、きっと気紛れだ。

 その人と私の距離がどんどん縮まっていった。浅葱色の羽織が見えるようになり、鞄が写る。そして、私は、どんな人なのだろうと顔を見て、すぐに走りだした。

 炭治郎だ。

 人違いかもしれないなんて思わなかった。あんな優しさが滲み出た人なんて他に知らない。炭治郎は怪我をしていたけど、私の姿を見て、棒を捨てて走ってきてくれた。

「炭治郎!」
「……名前」

本物。本物だ。本物の炭治郎。私は炭治郎に抱きついたまま、声をあげて泣いた。だって、生きていたんだ。今日ぐらい恥を捨ててもいいだろう。

 炭治郎もまた、泣いていた。ふんわりと藤の香りに包まれた炭治郎の表情は見えなかったけど、笑っているのは分かった。

「生きてて…良かった」

「ごめんな…ごめん」

「なんの音沙汰もなく居なくなってさ…」

 涙でぐちゃぐちゃの顔のまま腕を離せば、炭治郎はまたごめんなと謝りながら涙を拭ってくれた。

 それでやっと、私は幼馴染みと再会できた事を実感できた。止まらない涙で、もう彼の顔は録に見られなかった。


 暫くして落ち着いてから、炭治郎を連れて、私は世話になっている家へ彼をつれていった。最初は上がらせて貰うつもりだったけれど、炭治郎が

「早く帰って、安心させてあげたい人ざ居るんだ」

と言うから、私はせめてこれだけでもと水と父がくれたビスケットを炭治郎に渡して軒下に座り込んだ。
 安心させてあげたい人って誰なの、とか、今まで何してたの、とか、聞きたいことはたくさんあったけど、私は、上手く言葉を出せなくて、彼がビスケットをかじる音を聞きながら、言葉を待った。

「俺、鬼殺隊ってところに入ったんだ」

「鬼殺隊は、鬼を殺すんだ。人を喰う、鬼を」

「…うん」

 私は静かに、炭治郎の話を聞いていた。あの旅人の男の人が見た光景は、きっとその、“鬼“の手によって作られたんだろう、と、漠然と理解した。そして、炭治郎以外は、もうきっと、生きては居ないんだろうことも。

「今までずっと、修行していたんだ。鬼殺隊になるために。…禰豆子を、守るために」

「…そっか。禰豆子ちゃんは、無事だったんだね」

それから、炭治郎は喋らなかった。だから私は、私の近況や、町の人たちの事を話そうかとも思ったけれど、結局、言葉に出来ないまま、時間が過ぎてしまった。

「そろそろ、行くよ」

会って一時間経った頃に、炭治郎はそう切り出して立ち上がった。安心させてあげたい人…の元へ、行くんだろう。それが禰豆子ちゃんなのか、他の誰かなのか、聞いていいのか分からなくて、黙ったままでいたら、

「師匠が居るんだ」

と言ってくれた。「そうなんだ」と私が返すと、また、炭治郎は謝った。

 行ってしまう事に対して謝っているのだろうか。それならば、お門違いだ。私が口を開こうとしたとき、彼は先手をとるように、私に手を差し出した。

「鬼が嫌う、藤の香りのお守りだ。…持っていてくれ」

 結局、私は何も言えなかった。去り際に後ろから「ありがとう」と大きく叫んだら、彼は手を振り返した。私は、浅葱の色が見えなくなるまで、そこに立ち尽くしていた。

 あっと言うまの邂逅は、ついぞ現実味が伴わないまま、終わりを告げてしまった。


戻る