湿り気の無い空気を裂くように、日の光が男を照らしていた。昨日雪が降ったからだろうか。普段よりも少し強い日差しを浴びながら、男は雪を踏み締める。手には、役に立たなくなった地図が握られていた。
 もうこの山を歩いて暫く経ったというのに、目的の道は見えない。これは道に迷ってしまったなと他人事のように考えて、男は辺りを見渡した。道らしきものは当然なく、人の姿もない。
 兎にも角にも下へ降りようと一歩を踏み出したとき、ふと、視界の隅に切り株が写った。人が住む場所に近い証拠だ。
 ゆっくりと上っていくと、家が一軒、建っているのが見えた。日はまだ高いから厄介になる事は無いだろうが、道を教えて貰いたかった。
 足音を鳴らし家へと近付く。炭焼小屋なのだろう。外には沢山の薪が積まれ、炉が建っていた。そのどれもに、雪が深く積もっている。
 扉は半開きだった。生活感の少ない一帯の中でそれだけが少し不気味さを醸していた。酷く不安定な空気は、肺に入るそばから男に不快感を感じさせる。

「誰か居らっしゃいますか」

 返事は無かった。心臓の音が嫌に大きく感じる。どこと無い不快感が全身を這っていた。
 扉に手を置いて、隙間から中を覗く。硬直。

家の中は、血でどす黒く汚れていた。


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