水死体拾いました


 目に入るのは青い空に白い雲。
澄んだ湖に映り込むのは鮮やかな森の緑色。
 そんな気持ちの良い景色の中でなによりも目立つものがひとつ。

 湖に浮かぶ、黒い水死体。


「……」


 気晴らしに出てきただけなのに、なぜこんな面倒に恵まれてしまったのだろうか。

 思わず頭を抱える、ある日の休日だった。



◆    ◆    ◆




 私は自他ともに認める世話焼きである。困っている人がいればそれが貴族だろうと市民だろうと、旅人だろうと浮浪者だろうと、とりあえず放ってはおけない性格をしている。要は見て見ぬふり、ができない偽善者だ。それが原因か、昔からいろいろな面倒に巻き込まれて大変な思いをすることも多々あるが、これもまた人生。ということで、あまり気にしてはいない。
 まあそのせいで少し前に彼氏と別れた件については、ちょっと思うところがあるけれど。


「まだ熱いわね…」


 今、自宅のベッドに寝かせているのは、ハイラル湖に浮かんでいた黒い水死体、もとい青年だ。面倒だとわかっていながらもやはり見過ごすことができず、恥も外見もかなぐり捨て、湖に飛び込んで引き上げた。
 そこまでは良かったのだが、この青年、触れただけですぐわかるくらいに高熱を出していた。それが分かった瞬間、生きていたことへの安心よりも厄介の上乗せでさらに面倒だという気持ちが勝った。

 勝ったところでやれることをやろうとするのは変わらない。

 トビーに一時的に小屋に寝かせてほしいと頼もうと声をかけるも、青年の顔を見るなり拒否されて。たまたま降りてきていたラッカに説得を頼んだら、まさかの同じ反応で拒否されて。
 仕方がないので乗ってきた馬に青年を括り付け、2人を馬で蹴飛ばしてから城下町へと駆け出した。


「確かにあの2人は偏屈だけれど、あんなに嫌われるなんて。貴方は一体何をしたのかしら」


 熱に侵されながら眠り続ける青年に、疑問を投げかける。

 結局、城下町に到着したのは夜分遅くのこと。診療所は今日もしっかり定時でその扉を固く閉めてしまっていたため、仕方なしに自宅へと連れてきた。
 残念ながら私には医療技術はもちろん知識もほとんどない。常備薬はあるけれどそれは飲み薬。目を覚ましてもらわなければ意味がない。


「…早く、良くなると良いわね」


 眠る青年の頭を撫でる。
 ランプの暖かい光すら吸収する褪せたグレーの髪。発熱で赤みを帯びているのになお青白い肌は、全身ブラックコーデなせいでより不健康さを増して見せる。
 苦痛を浮かべる顔は好みとは違うけれど、とても整っていて好ましい。


「やっと世界が平和になったのに、厄介ごとは起こさないでよね」


 この青年がハイリア湖に浮かんでいた理由はなんだろうか。
体調不良で倒れたとかであってほしい。魔物に襲われて足を滑らせて、だとかでもいい。不穏な理由じゃなければなんだって。青年が回復さえすれば、私は人助けの快感を得られるし青年は元気になれるしでwin-winの関係で気持ちよく終われる。
 でももし、例えば自殺が目的だとしたら。何か罪を犯して脱走中だったりしたら。ああ困る。とても困る。そんなことがあったら、枕元のナイフでは心許ない。


「さあて、気合入れて看病しなきゃ。今夜は徹夜で、朝一に診療所に行かなくちゃ!」


 そんなことはないように、と願いながら青年に乗せていた濡れタオルを取り換える。

 放っておけない性格は考えものだと思いながら、夜明けと青年の目覚めを待つことにした。